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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
一章 思惑
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9、目的

「巫女を殺す?」


 物騒では済まされないような話に、カイは眉根を寄せて声を落とした。巫女が死ぬ、つまりは魔力の秩序が乱れるということだ。

 ガベリアの悪夢で巫女のタユラが消え、秩序は既に乱れ始めている。『魔術で人の身体を傷付けたり、命を奪うことは出来ない』という大きな秩序だ。今までは存在しなかった魔術による殺人事件が、その頃から発生するようになっていた。

 秩序は大きく分けて二つ。もう一つは『魔術でゼロから物を作り出すことはできない』だ。それが乱れたらどうなるか――。


「おっと、そろそろ先輩たちも来るぞ。早く行け。絡まれたら面倒臭いことになる。最近殺気立ってるからな……」


 第三隊は常に殺気立っていると言ってもいいくらいだが、それ以上にということだろうか。オーサンは何食わぬ顔で、森の出口の方を顎でしゃくった。それからセルマを一瞥いちべつして言う。


「その子がどういう理由で参考人になっているのか知らないが、カイ、お前がちゃんと守ってやれよ。自警団の中は絶対に安全ってわけじゃないぜ」





 意味深長なオーサンの発言を繰り返し考えながら、カイは本部に向かって屋根の上を走っていた。彼に背負われているセルマは、不服そうな顔で呟く。


「重いだろ。自分で走れるから、下ろせ」


「何のための魔術だと思ってんだ。別に重くない。それに足(くじ)いてるんだから、無理だって」


 ぴしゃりと言われて、セルマは口を閉じる。誰かに背負われるなど彼女にとっては屈辱でしかなかったが、助けてもらった恩もあり、今は言うことを聞くしかなかった。


「そういえばお前、さっき逃げたわけじゃないって言ってたけどさ。だったらどうして医務室から出ていったんだ?」


 カイが尋ねるが、セルマは無言だ。


「おい、正直に答えないと副隊長に尋問されるぞ」


 無論、ただの憶測だが、セルマのこととなるとルースは尋問でも何でもやりかねない雰囲気だった。


「……尋問って何だよ」


「本当のことを喋るまで、魔術で精神的に追い詰めるんだ。耐えられる奴なんていない」


 カイも入隊当初、経験を積むために被験者となったことがある。手始めにメモを渡され、何を聞かれてもそこに書かれた言葉を絶対に明かさないように、と指示された。

 しかし、尋問が始まると実に呆気なく吐いてしまった。魔術による精神操作によって、恐怖、焦燥、絶望、ありとあらゆる負の感情に心が支配され、真実を話して解放されることしか考えられなかったのだ。


「俺は脅してるんじゃない。心配してるんだ」


 なおも無言を貫くセルマに、カイはそう付け加えた。


「お前が本部に連行された理由とか、あの首飾りのこととか……俺は正直、何が起こっているのか分からない。一応新人だから、知らされていないことも多いと思うし。今は上から言われた通りに行動してるだけだ。でも」


 不意に足を止める。明かりもまばらな闇の中、遠くに本部の建物が見え始めていた。


「お前が何か酷い目に遭わされるのを黙って見てろって言われたら、それは出来ないと思う」


 それを聞いて、セルマは微かに心を揺さぶられた。小さく息を吐き、つぐんでいた口を開いた。


「優しい奴なんだな、あんた。私は友達でも何でもないのに。……分かったよ、話す。とりあえず下ろせ」


 カイが背中からセルマを下ろすと、彼女はこう話し始めた。


「約束があったんだ。今日、あの墓地で、人と会う約束をしていた」


「誰と?」


「クリシュターっていう男。黒いローブで、フードをすっぽり被ってて。だから顔は分からない。ただ、凄くがさついた声をしてた。ぞわっとするような。

 そいつは一週間くらい前にスラム街に来て、『生き別れた子供を探している夫婦がいる』って、私に写真を見せたんだ。写真の女の人は私と同じ髪色で、そいつは、もしかしたら君がこの人の娘なんじゃないかって言った。生まれてすぐに誘拐されたって」


 カイは怪訝な顔をして聞いていた。どう考えても、その黒いローブの男は怪しい人物だ。シルバーブロンドの髪は確かにキペルでは珍しいが、スタミシアにはそれなりにいるし、ガベリアにも多かった。髪色だけで親子かどうか確定は出来ない。


「お前、それを信じたのか?」


「最初は信じなかった。でも、日が経つにつれて、もしかしたらって……。写真も、ちょっと顔が似てたから」


 そう思いたくなる気持ちも、カイは分からなくはなかった。一人きりで苦しい生活をしているところに、突然、家族がいて自分を探していると言われたら、希望を抱いてしまっても仕方がない。だからそれ以上、追及しなかった。

 ただ、その男は危険だ。目ぼしい少女を連れ去って娼館に売る、闇商人の可能性が高い。家族が探しているというのはよくある連れ去りの口実だ。


「それで、そいつに会ったか?」


 セルマは首を横に振った。


「その前に、あの山賊に森へ引きずり込まれた」


 良かった、と言いそうになって、カイは慌てて口をつぐんだ。闇商人に連れ去られはしなかったが、山賊には怪我を負わされている。全然良くはないのだ。


「そういうことだったのか……。はっきり言っておくけど、もうその男とは会おうとしない方がいい。きっと、お前を拉致して売るつもりだ」


「そんなの分かってる。馬鹿だなって自分でも思うよ。けど、少し信じてみたかったんだ……」


 セルマは俯き、その瞳が微かに光ったように見えた。

 冷たい風が吹き、外套をセルマに貸していたカイは寒さで思わずくしゃみをする。すると、セルマは顔を上げてふっと笑ったのだった。


「寒がりなんだな」


「うるさい。さっさと行くぞ」


 カイはふてくされたように言って、またセルマを背負った。

 ふと、北の空を見上げてナシルンの姿を探した。ルースに送ったナシルンが、未だに返事を持ってきていないのだ。


(返事を送るほどでもないってことか……?)


 セルマに関しては何か執着がありそうだったのに、と不安に思いつつ、カイは本部へと向かった。





「また会えて嬉しかったよ、ルース・ヘルマー」


 轟々(ごうごう)と鳴る砂嵐のようにしわがれた声が響き、男の黒いローブが風にはためく。

 キペルを縦断して流れるカムス川のほとり。街外れのこの場所に人の気配はなく、流れの速い川面に月光が冷たく光っている。

 ルースは男の前で、力なく地面に伏していた。背には深々とナイフが突き刺さり、周りの雪をじわりと赤く染めていく。彼は苦悶の表情で男を見上げるが、フード下の顔は陰になっていた。

 切れ切れの息で、ルースは言った。


「お前は……誰だ」


「分からないだろうな。ガベリアの悪夢で、私の顔も声も、変わり果ててしまった。だが、知らない方が幸せだ」


 男はルースの横に屈み、ナイフにすっと手を伸ばす。


「やめろ……」


「こんな真似はしたくないが、お前がいると、私の目的を達する邪魔になりそうだから。お前が優秀であるが故だ。悪く思うな」


 そう言って、躊躇なく背中のナイフを引き抜いた。

 呻き声と共に、血潮が弧を描いて飛んだ。男はもはや抗う気力もないルースの首元を掴むと、そのまま川の方へと引きずって行く。


「魔術で殺しても良いが、魔導師がそれで殺されたとなると沽券に関わるだろう? それに痕跡も残る。私は()()()()()()()


 朦朧とした意識の中で、川の流れる音がルースの耳に迫る。


「さようなら、ルース。ああ、冥土の土産に教えてあげよう。……私の次の目的は、スタミシアの巫女を殺すことだ」

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