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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
二章 出立
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41、秘密の場所

「僕のせいだ。ごめんなさい……」


 ブロルは打ち沈んだ声で言って、俯いた。南3区の街中にある診療所。ジヤギスの煙で意識を失った隊員たちは一旦そこに運ばれ、今は全員が目を覚ましていた。

 日は完全に沈み、窓の外には夕闇が広がっている。知らずに経過した時間が、カイたちの行方を案じる隊員たちを更に不安にさせた。


「心配すんな。カイは逃げ足が早いから、今頃どっかに上手く隠れてるぜ」


 オーサンがわざと明るく言って、ブロルの肩を叩いた。 


「寒さで震えているかもしれないな。さて、動けるなら探しに行こうか」


 エスカが言ったその時だった。診療所の入口が、にわかに騒がしくなる。


「急患です! 先生、早く!」


 看護官がそう叫ぶのが聞こえる。隊員たちは何事かと顔を見合わせ、入口に向かった。

 ドアを蹴破る勢いで運ばれてきた担架には、臙脂色の制服を着た人物が横たわっていた。


「エディト団長……!」


 ルースが思わず声を上げる。エディトは苦しげな顔を彼に向け、僅かに口を動かした。腹部には血が赤黒く滲んでいる。医務官が飛んできて、彼女をすぐに処置室へ運んだ。

 後から近衛団員二人が診療所に駆け込んで来る。


「何があったんですか?」


 エスカがその二人に尋ねた。


「君たちを救出した際に、団長はエイロンを発見して彼を追った。一度は捕らえたが、同盟の人間に撃たれた隙に逃げられたようだ。我々もまだ、詳しくは聞けていない」


「カイとセルマは」


「エイロンが連れている様子は無かったらしい。支部の隊員から、彼らは北側の林に逃げ込んだかもしれないとの情報があった。今、隊員たちが探している。俺たちは団長の回復を祈るしかない」


 それからしばらくしてエディトの処置は終わった。驚いたことに、彼女は誰の助けも借りずに歩いて処置室から出てきたのだった。いくら魔術で治療したと言っても、銃撃を受ければ数日は寝込むのが普通だ。


「団長! 歩いたりしたら――」


「静かに。私は彼らに伝えなければならないことがあります」


 エディトは団員を制止してエスカたちに向き直った。顔は青白いが、目に宿る力は強い。


「一度は捕縛したのに、私はエイロンを取り逃がしました。そしてあの場には……ロットの姿もありました」


「ロット隊長がいたんですか」


 ルースが前のめりになる。エディトは頷いた。


「ええ。君たちの予想通り、ロットはその手でエイロンを殺そうとしていました。最早、言葉では説得出来ないほどに強固な意志で。

 私はロットと戦い、その最中に同盟の人間に撃たれました。そして同盟の人間はエイロンと共に消えた。運び屋もいたようです。

 ロットは倒れた私を森の外まで運んで、『絶対に死ぬな』と言葉を残し、逃走しました。彼は完全に良心を捨てたわけではないのでしょう。……それだけは救いです」





 カイとセルマは水位の下がるままに、井戸の底まで辿り着いていた。最初よりも更に出口から遠ざかり、地上に出るのは絶望的に思える。

 井戸の底は細かな鉄格子(グレーチング)になっていた。ここから水が出ていったのだろう。更に下があるらしく、鉄格子の向こうには揺れる水面が見えた。


「……あ!」


 後ろを見たセルマが言った。つられてカイが振り向くと、井戸の壁にぽっかりと開いた空間がある。通路のようだ。入口は人の背丈ほどの高さがあり、暗闇はかなり奥まで続いている。


「なんだこれ……」


 カイが呟くと、セルマははっとしたように言った。


「これが地上に繋がっているのかも。ほら、さっき石に書いてあっただろ、『沈めば、地上へ』って」


「何かの罠かもしれないけど、迷っている暇はなさそうだな」


 カイは足元を見る。鉄格子を越えて、じわじわと水位が上がり始めていた。もたもたしていれば通路は水で満たされてしまう。


「行こう」


 二人は通路へと踏み出した。

 周囲を漂う羽虫の光のおかげで、数メートル先までは見通せる。通路の壁は灰色の石を積み上げたもので、明らかに人工物だ。


「何のために作られた通路なんだろう」


 セルマが言った。


「井戸を塞ぐ魔術が生きていたのを考えると、目的は分からないけど、今も使われている通路かもしれない」


 カイはそう言って、注意深く先へ進んでいく。しばらく進んだところで、階段が現れた。10段ほど登ると、その先にまた真っ直ぐな通路が続いている。


「確実に上へは向かっているみたいだな」


「カイ、急ごう。水が上がってきてる」


 振り向けば、階段の二段目辺りまで水位が上がって来ていた。

 二人は狭い通路を走った。途中で二回ほど階段を登る。かなりの距離を走って息も絶え絶えになった頃、恐らくは地上に繋がっているであろう長い階段が見えてきた。上から薄明かりが射し込んでいるのが分かる。


「もう少しだ」


 その階段を駆け上がる。倒れ込むように外に出た二人が見たのは、眼下に広がる一面の花畑だった。鮮やかな黄色い花弁が、月光を受けながら静かに揺れている。

 二人がいるのは小高い崖の上らしい。右手に、その花畑へと続く荒削りな階段があった。


「綺麗……」


 セルマは思わず呟いて、カイの顔を見た。だが、彼の顔は花畑を見つめたまま強張っている。


「カイ?」


「綺麗なわけないだろ、セルマ。……あれはメニそうだ」


「えっ……。ごめん、咲いているところは見たことがなくて」


 セルマは自分の口を縫い付けてしまいたくなった。カイの母親、パトリーはメニ草のせいで彼を殺しかけ、今も病院の精神棟にいる。カイにとっては恐らく、この世で一番憎い植物に違いないのだ。


「いや、こんな言い方して悪かった」


 カイは息を吐いて、弱々しく笑った。


「確かに綺麗な景色ではあるよ。メニ草自体はただの植物なんだから。問題なのは、これを悪用する人間だ」


「メニ草の栽培は禁止されてるんだろ? じゃあここって、秘密の場所なのか」


「そういうことだな。……セルマ、こっちだ」


 カイは突然、セルマの腕を引いて低木の陰に身を隠した。


「どうした?」


 セルマが小声で尋ねると、カイも声を落として答えた。


「人がいる。たぶん、これから収穫を始めるんだ。メニ草は日が落ちている間に収穫するらしいから」


「小さいな……子供じゃないか、あれ」


 二人は枝の隙間から花畑に視線を凝らす。背丈のあるメニ草の間を縫うように進む、十数人の子供たちが見えた。片手に鎌を持ち、背中には大きな編み籠を背負っている。年齢は7、8歳くらいに見えた。


「あの子達、自分が何を収穫しているか分かっているのかな」


 セルマが言った。


「分かっていてもいなくても、無理やり働かされているのは間違いない。大体は親がメニ草の中毒になった子供たちだ。親の治療費のためだと騙されて、無一文で働かされている。……俺は運が良かっただけなんだ」


 カイは怒りに震えながら拳を握る。その気持ちは、セルマにも痛いほど分かっていた。


「全員保護する。俺は自警団の魔導師として、やるべきことをやる」

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