38、合流
スタミシア支部にブライスを引き渡したエスカたちは、再び南3区に向かいながら本部に報告のナシルンを送った。
「手広いですよね、同盟も。あちこちに内通者がいる」
飛び去っていくナシルンの姿を見送りながら、エーゼルが溜め息混じりに言った。時刻は正午を過ぎ、日は傾き出している。予定では既に南1区辺りにいるはずだったが、予想外の事態で遅れを取ってしまった。
「ブライスに窃盗を依頼したのが同盟の人間とは決まっていないけどな。俺たちも、今まで同盟は存在しないものとして扱ってきたから分からなかっただけで、内通者は意外といるのかもしれない。まあ、何人いたとしても粛々と立ち向かうだけだ」
エスカは飄々としていた。
「あの」
今まで硬い表情で押し黙っていたオーサンが、口を開いた。
「ん?」
「ユフィさんの所で聞いた話……スター・グリスの威力とか、ゴシップ紙の記者の話とか、そういうの、カイには絶対に言わないでもらえますか」
「もちろん言わない。あんな話を聞いたら、……俺でも耐えられないさ」
父親の頭蓋が弾け飛んでいたかもしれないなど。想像するだけで、エスカは口の中が苦くなったような気がした。
「知らない方が幸せなこともある。カイがいくら真実を知りたいとしてもだ。魔導師とはいえ、まだ子供なんだから」
それから三人は南3区に着くまで、重苦しい空気の中で黙り込んでいた。
眩しい西日に建物の影が伸びる。『丘屋敷』はその名の通り、小高い丘の上に建つ宿だった。丘の上は全体が小さな宿場街のようで、二十件ほどの宿と、間に数件のバルもある。
「ルースたちはまだ着いてないだろうし、バルで一杯引っ掛けるか」
「俺、未成年なんで」
「この時間はまだやっていないですよ」
エスカの冗談に、オーサンとエーゼルは真顔で返したのだった。生真面目な奴らめ、とエスカは密かに嘆息する。思えばルースもカイも真面目で、楽観的になれるのはエスカだけだった。
(若いのに、人生損してるんじゃないか?)
自分が十代の頃は、もっとやりたい放題に生きていたような気がした。この容姿にも関わらず、最初に第三隊に配属されたのはその結果だ。
(まあ、ガベリアの悪夢の前と後じゃ、同じとはいかないか……)
貴重な青春時代を悪夢の暗い影の中で生きている彼らに、エスカは少し同情するのだった。
三人は『丘屋敷』に入った。昨夜の『干し林檎』よりは綺麗な造りで、一階にある食堂は広々としている。その隅に、見慣れた顔の集団がいた。
「ルース」
エスカが言って、目をしばたいた。席にはルース、カイ、セルマに加えて、彼が知らない少年が一人いる。
「俺たちより早く着いているのにも驚いたが、……なんか人数増えてないか?」
「説明します。こちらへ」
それから、ルースは少年が山の民族のブロルであること、彼がエイロンと共に暮らしていたこと、そしてオルデンの瞳のことをかいつまんで説明した。
エスカたちは驚きながらも、口を挟まずに最後まで聞いた。主張の激しい隊長たちを相手にして、ルースが上長会議で倒れたのを見ているからだ。
「質問です」
ルースが話し終えると、オーサンがすっと挙手した。
「セルマとブロルの見た目が似ているのは、何か関係があるんですか?」
セルマの月光のような銀色の髪、ブロルほどではないが蒼い瞳。確かに、似ていると言われれば似ているのだ。
「それはね」
ブロルが言った。
「たぶんだけど、セルマにも僕らと同じ民族の血が流れているんじゃないかと思うんだ。過去には山を抜け出した仲間もいるって、父さんが言ってたから」
「山の民族に、黒く染まる前のオルデンの樹、セルマ、それとオルデンの瞳……。ガベリアへ行けば謎は解けるんだろうか」
エスカが思案顔で呟いた。
「問題は、どうやってガベリアへ入るかです」
ルースが言った。
「かつて使われていた唯一の交通路は、獄所台によって封鎖されています。そこを突破しようとすれば、必ず彼らに捕まる。そして尋問されれば、悪夢の原因がエイロンであることもあちらに知られてしまう」
ブロルの表情が翳った。彼にとっても、真相を知る前にエイロンが獄所台に捕まるのは避けたい事態なのだ。
「他の道といったら、山を越えるしかないな」
エスカが言うと、ブロルはぱっと得意気に顔を輝かせた。
「山のことなら詳しいよ。ガベリアの山にも入ったことがある」
ブロルとエスカの視線が、不意に数秒絡み合う。次の瞬間、エスカは弾かれたように立ち上がってブロルの左腕を掴んだ。
「えっ」
ジュっと何かが焦げるような音と共に、ブロルの腕に赤く鷲の印が浮かび上がった。魔力の封印だ。
「まずいな。追跡の魔術を使われていた。エイロンが来るかもしれない」
エスカが言うと、ブロル以外の全員が立ち上がった。
「行きましょう。エイロンは銃は使わないまでも、ここにいれば他の人間を巻き込むかもしれない」
ルースが言ったが、ブロルは動こうとしない。
「僕はエイロンに会いたい」
「何言ってる。今のエイロンはお前の知っているエイロンじゃないって、話しただろ! お前にだって手を出すかもしれない」
カイが語気を強めた。
「絶対にそんなことない」
「いいから立てって――」
二人が押し問答しているその時だった。宿のドアをすり抜けて、青白く光る隼が中へと入ってきた。