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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
二章 出立
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37、オルデンの瞳

「詳しく聞かせて貰えるかな。僕らも、エイロンの行方を知りたいんだ」


 ルースが促すと、ブロルは現在に至るまでのことを滔々(とうとう)と話し始めた。

 7年前に山の中でエイロンを助け、それ以降、二人は共に暮らしてきた。初めの二年ほど、エイロンは満足に動けない状態だった。顔の傷も声も一向に良くなる様子は無く、時折、全身の激しい痛みに襲われていた。

 ブロルは甲斐甲斐しくエイロンの世話をするかたわら、彼からリスカスの言葉や生活について教わった。今こうしてカイたちと会話が出来るのは、そのおかげだ。

 三年が経つ頃になると、エイロンは外を歩けるくらいに回復した。無くなったと思っていた魔力も回復し、簡単な魔術は使えるようになっていた。

 四年が経った。エイロンは月に何度か、街に降りるようになった。情報を集めていると言っていたが、詳しく話して貰ったことはない。その頃から、ブロルはエイロンが街から調達してきた服を着るようになった。「いずれは街に下りるのだから」と、エイロンに勧められたのだ。

 自分がもし山を下りたら、エイロンは一緒に暮らせるのかとブロルは訊いた。エイロンは否定した。「俺には俺の使命がある。お前を巻き込むことは出来ない」と。


「使命って?」


 カイが口を挟んだ。


「ガベリアを甦らせること」


 ブロルははっきりと言った。


「エイロンは、自分が巫女を殺したせいでガベリアが消えたって、ずっと後悔してたんだ。罪のない人々を消し去ってしまったって」


 カイとルースは顔を見合わせた。ブロルの話が本当だとすれば、彼と暮らしていた頃のエイロンは間違いなく元の高潔なエイロンだ。かつての教え子を容赦なく拷問するような人間ではない。


「エイロンは、君に暴力を振るったりしたことはない?」


 ルースが確認する。


「一度も、ないよ。エイロンはそんなことはしない。どうして?」


 ブロルは不思議そうだった。


「……君は驚くかもしれないけど」


 ルースはそう前置きして、話し出した。


「エイロンは君の元を去ってから、いくつか人の道に外れるようなことをしている。でも、僕らは彼の人格が二つあると思っているんだ。一つは君の知る彼、もう一つは、心が壊れてしまった彼」


「心が壊れた……?」


「ああ。君が出会う以前に、そうなる理由があったんだ。エイロンからは何も聞いていない?」


「うん。僕と出会う前の、数年間の記憶がぼんやりしているって言ってたから。それと、自分が巫女を殺してしまった理由が、どうしても思い出せないって」


 それを聞いて、ルースは考えた。エイロンは同盟に潜入していたときの辛い記憶を、全て消してしまったのではないだろうか。だからこそ苦痛も憎しみも忘れて、ブロルと穏やかに暮らすことが出来たのだ。タユラを殺したのは、潜入で心が壊れた末の凶行。だから思い出せないのだろう。


「あっ!」


 ブロルがはっとしたように言った。


「エイロンはよく、僕に歳を尋ねてた。何歳になったって。16だよって言ったら、『もう少しだ』って呟いてたんだ。何か手掛かりにならないかな?」


「もう少し……」


 ルースは考えながら、カイに視線を移す。彼も16歳、ブロルと同い年だ。そして、セルマを見た。彼女も恐らく16歳。


「……イプタは、巫女の力が最も高まるのは17歳と言っていた。たぶん、そのことだ。だからエイロンは、セルマが17歳に近付いた今になって山を下りた。ガベリアを甦らせるために」


 ルースの言葉に、ブロルは一人だけきょとんとしていた。まだセルマが巫女と知らない彼にとっては、何のことだか分からないのだろう。


「ハルディ・キ・アルク・イサ」


 突然セルマが話し出したのは、古代ガベリア語だ。ただ、その声は間違いなくセルマの口から発せられているのに、誰か別の人物の言葉に聞こえた。

 ルースとカイが驚く中、ブロルはぱっと表情を輝かせて言った。


「ヘル・エタナ・オル・タディヒ?」


 セルマは頷き、それからしばらく、二人は古代語で会話を続けた。ブロルの表情は忙しなく変わり、最終的には、頬に涙を伝わせていた。

 舟はいつの間にか切り立った崖の間を抜け、青々と繁る森の中を進んでいく。二人の会話が途切れたところで、カイが声を掛けた。


「一体、何の話をしてたんだ?」


「……え?」


 セルマの表情はどこかぼんやりとしている。


「え、って。今、ブロルと話してたんだろ? 俺たちには分からない言葉で」


「私が?」


「僕が話していたのはセルマじゃないよ」


 混乱するカイに、ブロルが言った。


「タユラって言ってた。エイロンが殺したのは、彼女なんでしょ? タユラは、セルマがガベリアへ辿り着くのを、助けて欲しいって。それがエイロンを救うことにもなるから」


「どうして、タユラと喋れたんだ?」


「僕にも分からないけど、これのおかげかな」


 ブロルは自分の首元から紐を引っ張り出した。その先に、小さな石が付いている。何の曇りも無い、艶のある透明な石だ。


「僕らの先祖が、ガベリアの巫女から預かったんだって。オルデンの樹の欠片らしい」


「それ……」


 セルマも自分の首飾りを引っ張り出す。漆黒に染まった水晶が、太陽に鈍く光った。


「オルデンの樹が黒く染まる前の欠片だ。……ブロルの民族と巫女って、どんな関係が?」


「僕も詳しくは分からないんだ。この石と『オルデンの瞳』について、両親に聞かされていただけだから」


「オルデンの瞳?」


 三人とも、初めて聞く言葉だった。樹ではなく、瞳。何のことを指しているのか、想像がつかない。


「僕らの民族は、皆同じ瑠璃色の目をしている。この目と同じ色の湖が、ガベリアの何処かにあるらしいんだ。それをオルデンの瞳って呼んでいた。樹と関係があるのかどうかは分からない」


「僕はガベリアで育ったけど、オルデンの瞳という湖は聞いたことがないな」


 ルースが首を傾げた。


「僕も、何処にあるとかは全然知らない。でも特徴はあるよ。色だけじゃなくて、形。オルデンの瞳は、三日月の形をしているらしいんだ」


「三日月……あ」


 ルースは唐突に、上着のポケットを探り始めた。そしてすぐに、一枚の金貨を取り出す。学生時代に、ミネからお礼として貰った古いコインだ。お守りとしていつも持ち歩いていた。

 コインの表面には葉を繁らせた大木と文字が刻印されている。恐らくはオルデンの樹だ。

 そして裏面には、外辺の一部が凹んだ三日月が刻印されている。


「ずっと月だと思っていたけど、これって」


 ルースはコインをブロルに差し出した。ブロルはそれを受け取り、目を見開いた。


「そう、これ! 父さんが絵に描いて見せてくれたことがある。オルデンの瞳だよ」

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