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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
二章 出立
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36、運

「スタミシアで起こった事件は、支部の担当ですよ。俺たちが首突っ込んで大丈夫ですか?」


 店を出たオーサンは開口一番にそう言った。猟銃の窃盗犯を捕まえるなど、どうにも、エスカが安請やすうけ合いしたように思えてならなかったのだ。


「むしろ突っ込むべきだろう。同盟への糸口かもしれない」


 エスカはすっと屈み込んで、指先で地面に触れる。エーゼルが怪訝な顔をした。


「何してるんですか?」


「俺たちがこの街に入ってから、ずっと後をつけていた奴がいた。ここに足跡が残っている。……西5区だ、行くぞ」


 そう言って足早に歩き始める。


「追跡の魔術ですか。エスカ副隊長って、結構、強引ですよね」


「同感だ。とりあえず行こう」


 オーサンとエーゼルは諦めたように笑い、彼の後を追った。



 運び屋を使って西5区に到着した。林業が盛んなこの地区には街全体にかぐわしい木の匂いが漂い、店の居並ぶ通りの向こうに、うず高く積まれた材木がちらりと見えた。


「こっちだ」


 エスカは迷うことなく歩いていく。通りを抜けた場所には、綺麗に区画された巨大な資材置き場が広がっていた。見渡す限り、材木の山だ。恐らくは市民の居住地よりも広い敷地だろう。

 それぞれの区画には管理者の名を記した看板が立てられていて、加工されたものから、切り出した丸太の状態のものまで、様々な材木が積まれていた。


「おい、そこ、どいてくれ」


 作業員たちは肩に軽々と材木を担いで、広い通路を行ったり来たりしている。恐らくは魔術で軽くしてあるのだろう。それをするのが、魔力を持つ管理者の仕事だ。

 エスカは更に奥へと進んでいく。そして、とある区画の前で立ち止まった。加工する前の丸太が積まれた場所だ。管理者は『ブライス・ホーリー』、女性の名だった。


「あの、何か……」


 作業員の一人が遠慮がちに声を掛けてくる。魔導師がこんなところに来るのは珍しいことだからだ。


「突然失礼します。管理者の方はいらっしゃいますか?」


 エスカの言葉は丁寧だが、有無を言わせぬ威圧感がある。作業員は頷き、おずおずと区画の隅にある小屋を指差した。


「あっちに。ついさっき、戻ってきたところです」


 やはりな、とエスカは思う。彼女は自分達をつけていて、ユフィとの会話も聞いていた。自分たちが店の外に出る前に、慌てて戻ってきたのだろう。


「手は出さなくていい。逃げようとしたら捕らえてくれ」


 オーサンたちにそう言うと、エスカは颯爽と歩いていき、小屋のドアをノックした。

 ややあって顔を出したのは、そばかす顔の若い女性だった。ユフィと同じくらいの年齢に見える。


「管理者のブライス・ホーリーさんですね?」


「そう……ですけど」


 心なしかブライスの顔は青ざめている。そんな彼女に、エスカは微笑んでみせた。


「スター・マニリスを何処に隠しましたか。素直に従って頂ければ、こちらも女性相手に手荒な真似はしませんよ」


 彼の指先がサーベルの柄を撫でる。ブライスはひっと短い悲鳴を上げ、すぐに事の次第を白状した。

 エスカたちは彼女の証言を元に、材木の山の中を捜索した。スター・マニリスは、くりぬいて蓋をした丸太の中に上手く隠してあった。


「ユフィは初等学校の同級生です。仲は良かった。だから、店の鍵を持ち出して猟銃を盗むのも簡単だったし、疑われもしなかった」


 ブライスは項垂れたまま、そう話した。


「誰に頼まれて? あの材木はキペルに運ばれる予定のものだろう。そしてそれを、向こうで誰かが受け取る手筈になっていた。違うか」


 エスカの視線は冷ややかだった。


「分かりません。全く知らない人間です。お金を積まれて、依頼されただけなんです。猟銃を盗んで、事件のほとぼりが冷めた頃に材木に隠してキペルに送れと。本当です」


 必死で訴えるブライスの目には涙が浮かぶ。そこに嘘は窺えなかった。


「……俺が許せないと思うのは」


 エスカは動じることもなく言った。


「あなたが友情を利用したということです。反省する気があるなら、自由の身になった後、ユフィさんに心から謝ることですね」


 ブライスはそれを聞いて、張り詰めた糸が切れたように泣き崩れたのだった。





「山菜採りでもしてたのか?」


 ブロルが山から下りてきたと聞いて、カイがそう尋ねた。


「違うよ。僕は山に住んでいる。山の民族だ」


 ブロルはそう答えた。


「えっ。本当に?」


 カイはまじまじと彼を見つめた。あくまで噂だと思っていた存在が、目の前にいる。それに、山の民族がこんなふうに現代的な服装をしているとは思わなかった。


「民族って言っても、もう、僕しかいないけどね」


 ブロルが悲しげに笑うと、セルマが遠慮がちに尋ねた。


「他の仲間は……?」


「何年も前に死んじゃった。落雷でね。悲しいけど、自然の力だから仕方ない。僕らはずっと、自然と共に生きてきたから」


 ブロルの言葉は強がりなどではなく、本心からそう思っているように聞こえた。


「じゃあ、誰を探していたんだい?」


 今度はルースが尋ねる。


「僕の大切な人。あなたたちと同じ『新しい人々』。ずっと一緒に暮らしていたんだけど、急に居なくなって……」


「いつ、居なくなった?」


「ひと月くらい前。僕には何も言わなかったから、何処へ行ったのかも分からない」


「どんな人だ? 年齢とか、特徴とか」


 カイが言った。支部の人間に頼めば、案外簡単に見付かるかもしれない。


「男の人。年齢は、ちょっと分からない。顔は……半分が黒くただれている」


「え?」


 カイは思わず聞き返した。


「もしかして、声はしわがれてたりするか?」


 ブロルは大きく頷く。


「うん、そう。知っているの? エイロンのこと」


 その名に三人は驚き、顔を見合わせた。山の民族に遭遇しただけでなく、彼はエイロンと一緒に暮らしていた。ただの強運なのか必然なのかは分からないが、無駄な出会いでないことは確かだった。

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