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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
二章 出立
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23、地下室の光

「ふざけてやがる!」


 第二隊の隊長室にフィズの怒声が響いた。その場にいた全員が思わず肩をすくめる程の大きさだった。

 部屋にはイーラ、第四隊長代理のブライアン、そして第一隊の副隊長補佐、ライラック・グルーが集まっていた。隊長も副隊長も不在の今、彼を含む第一隊の隊員には特別に全ての情報が与えられている。

 雰囲気に怯えたように、部屋の隅で縮こまっているナシルンがいた。それが運んできたのは、本部に囚われている同盟の人間を解放しろというメッセージに加え、カイが無惨に痛め付けられる映像だ。


「私らの出番でしょうかね」


 ライラックは冷静に、しかし目の奥に怒りをたぎらせながら言った。はしばみ色の髪は今にも逆立ちそうだ。がっしりした体躯の彼が怒りを滲ませると、それだけでかなりの迫力がある。


「大事な部下をこんな目に遭わされて、黙っているわけにはいきません」


「落ち着け、ライラック」


 イーラは逃げようとするナシルンを引っ付かんで、もう一度映像を再生した。やはり痛め付けられているのはカイに間違いはない。ただ、よく見ると映像の隅には別の人物が映っている。


「レフ……!」


 ブライアンが目を見開いた。


「お前の隊の人間か?」


「ええ。新人のレフ・エイド。療養の為にスタミシアの実家に帰していたのですが……なぜ」


「そんなもん、一緒に誘拐されたか同盟の仲間かどっちかに決まってんだろ、くそったれ!」


 フィズが唾を飛ばして吠える中、ブライアンは映像を見つめながら呟いた。


「まずいですね」


「何がだ」


「カイの身も勿論心配ですが、レフは咳き込んでいるように見える。極度のストレスが原因です。発作が酷くなれば呼吸困難に陥る。命に関わります」


「だったら尚更、急いで――」


 フィズの言葉を遮るように、別のナシルンが部屋に飛び込んで来た。イーラはメッセージを聞き取り、こう言った。


「……エスカたちが、カイが囚われている場所を特定したらしい。これから救出に向かうそうだ。それからレフの家族を探して保護するようにと」


「レフの?」


「家族を人質に取られて同盟にくみしている可能性がある。任せていいか、ブライアン」


「分かりました、すぐに」


 ブライアンは頷き、足早に部屋を出ていった。





 箱の外で機械的な金属音が響いている。何の音かは分からないが、オーサンたちは無事に西8区に到着したようだ。

 こつこつと箱がノックされる。先に外に出たエスカから、出ても問題ないという合図だ。オーサンは蓋を持ち上げて外を覗いた。


「製粉工場の倉庫らしい。都合が良かったな」


 エスカはそう言って、彼が箱から出るのを手伝った。

 巨大な倉庫に小麦粉の入った袋がずらりと積み上げられた景色は壮観だった。国民の食料のほとんどを供給するスタミシアでは、農業に関しての規模がキペルとは違う。


「これを。外は冷える」


 エスカは全員に外套を投げて寄越した。ベロニカが持たせてくれたらしい。普段から着慣れている隊員たちは事も無げにそれをまとったが、セルマは一人、もたついていた。


「こうするんだ」


 見かねて手を貸したオーサンは気付いた。彼女の手が小さく震えている。カイのことを考えているであろうことは、想像に難くなかった。

 認識票に付いた血を見せたのが悪かっただろうか。彼女は最悪の想像をしているのかもしれない。


「……大丈夫だって。あいつはそんなに弱い奴じゃないぜ」


 オーサンは優しくセルマの肩を叩く。セルマは固い表情のまま、言った。


「でも同盟の奴ら、何するか分からないだろ」


「だとしても、俺たちがやることは一つだ。カイを助ける。それだけ考えとけ。な?」


 真っ直ぐな彼の視線を受け止めて、セルマは頷いた。そうだ、ここで立ち止まっている時間などない、と。


「よし、行こうか」


 そう声を掛けたエスカの肩には、いつの間にか追跡の魔術による青白いつばめが止まっていた。


「あまり待たせるのは良くない。カイは短気だからな」





 目の前でいたぶられるカイを見ながら、レフは手の震えが止まらなかった。咳の発作は酷くなるばかりで、床に膝を着いたまま動くことすら出来ない。

 彼を鞭打つ男の目には恍惚の色が浮かんでいる。人を傷付け、苦しめることに快感を得る人間。心の弱いレフが最も恐れる種類の人間だ。

 カイは既に声を上げることもなく、項垂うなだれ、男に打たれるがまま右に左に揺れている。天井とロープを繋いだ金具が軋んだ音を立て、床には点々と血が滴っていた。


「カ……カイ……」


 絞り出した声は余りに小さく、鞭の音に掻き消されていった。

 胸が苦しいのは発作のせいだけではない。自分の弱さと、情けなさのせいだ。学生時代に何度も助けて貰った友人が残忍な目に遭っているのに、家族を人質にされて、何も出来ずにいる。

 男は突然手を止め、レフの方に顔を向けた。


「おい、お前。こいつが逃げないように見張っていろ。大事な交渉材料だ。まあ、逃げるのは無理だと思うけどな」


 男は小馬鹿にしたように笑った。物のように天井から吊るされているカイは、ぴくりとも動かない。


「逃がそうなんて思うなよ。ふざけた真似をするなら、お前のママを同じ目に遭わせてやってもいいんだぞ」


 そう言ってレフに蹴りを食らわせ、部屋を出ていった。レフは床を這うようにして、必死でカイに近付いた。


「カイ、カイ!」


 声を振り絞って呼び掛ける。すると彼は項垂れたまま、うっすらと目を開けた。


「カイ! ご、ごめんね……こほっ……僕のせいで……」


「……落ち着け。俺は大丈夫だ」


 その痛々しい見た目とは裏腹に、冷静な声が返ってきた。


「とりあえず、何も考えないで深呼吸しろ」


「う、うん……」


 レフは戸惑いながらも、言われた通りに深呼吸をした。会話が出来るくらいにカイが無事だったこともあり、少しだが心が落ち着いてくる。

 しばらくしてレフの咳が治まると、カイは顔を上げて言った。


「お前、家族を人質に取られてるんだな?」


 レフは立ち上がり、青い顔で頷いた。


「映像を見せられた。ママと、妹が縛られてた」


 目に涙を浮かべてそう言った。レフは早くに父親を亡くした分、誰よりも家族を大切にしている。気の弱い彼が分不相応な魔導師を目指したのも、家族を守りたいという一心からだ。

 カイにはその気持ちが痛いほど分かっている。だから、レフを責める気にはなれなかった。


「で、でも、やられっぱなしじゃない。支部に手掛かりは残してきたんだ」


「手掛かり?」


「うん。カイの認識票。それに、僕の血を付けて落としてきた。誰かが追跡してくれるかもしれないと思って」


「それで俺の認識票が無かったのか。考えたな」


 もしかすると、いや確実に、オーサンたちはそれに気付いているはずだ。それなら希望がある。

 カイがそう思った時だった。ドアをすり抜けて、青白く光る何かが地下室に入り込んできた。

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