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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
二章 出立
54/230

19、信頼(+登場人物まとめ2)

※後書きに登場人物のまとめ2があります。

「そうですか。無事に」


 ハニー・シュープスの香りが漂う団長室で、エディトはレンドルからの報告を受けていた。セルマが無事にスタミシアの洞窟から戻った、というものだ。


「心配はしていませんでしたよ」


 エディトは手にしていたカップをゆっくりと机に置き、視線だけをレンドルに向ける。彼の表情は、その良い報告とは裏腹に暗く曇っていた。


「それで、君はなぜそんなに浮かない顔をしているんですか」


「カイ・ロートリアンのことです」


「彼が何か?」


「ベイジルのことについて、尋ねられました。あのクーデターの日、銃弾が彼に当たったのは、彼自身が魔術でそうしたからではないかと」


 エディトの頬が、痙攣したようにひくりと動いた。


「……何と答えたのですか」


「可能性はあるが、私はその瞬間を見ていないので分からない。団長は見ていた、と」


 小さく舌打ちが聞こえた。他でもないエディトのものだ。眉間に皺を寄せ、彼女はレンドルを睨み付けた。


「レンドル、君はそんなに口が軽い人でしたか?」


「カイには真実を知る権利があります」


 レンドルはたじろぐこともなく言った。


「あの子はもう、誰かの庇護を受けるべき子供ではない。一人の立派な魔導師です」


「君には想像力が足りない」


 エディトは弾かれたように椅子から立ち上がり、レンドルに詰め寄った。怒りか、それとも何か他の感情のせいなのか、レンドルを見上げる彼女の目は微かに充血していた。


「私があの日何を見たか、本当のことをカイが知ったところでどうなる。あんな姿を……」


 彼女の記憶の奥で、錠を下ろしたはずの扉が嫌な音を立てて開いていく。



 ――キペルの中央にある広場は祝福の空気に包まれていた。半円形の舞台は豪華に飾り付けられ、金糸や銀糸の刺繍がふんだんにあしらわれた紅いビロードの幕が、初夏の陽射しに煌めいていた。

 集まった人々の気分は高揚し、これから舞台上に登場するであろう人物を今か今かと待ちわびている。

 国王の誕生記念祝典。この日は一年に一度だけ、飲めや歌えや、国中が夜通し騒ぐことの許される祭日だ。

 王族を乗せた馬車が三台、煉瓦(レンガ)敷きの路地を広場へと向かっていた。それぞれの馬車を、前方に二人、後方に二人、馬に乗った近衛団員が警護している。祝福の空気にはそぐわないほど、彼らの目は鋭く辺りを警戒していた。

 やがて馬車は舞台に横付けして止まる。広場からは既に、耳をつんざくほどの歓声が聞こえる。王族はここから、舞台に上がっていく予定だ。


「各自、持ち場へ!」


 団長セレスタ・ガイルスの指示で、舞台下に待機していた近衛団員たちは素早く壇上へ移動する。その中にベイジルもいた。中央の演壇から見て、左前方の位置だ。そしてそこから三、四歩下がった位置に、エディトがいた。


(……昨日までは後方に着く予定だったのに、どうして急に?)


 エディトはベイジルの背中を見ながら考えた。前日まで、彼の配置はここではなかったはずだ。「適材適所ってことですよ、きっと」という彼の言葉が、嫌なふうに頭に残っていた。

 たが、深く考える暇は無かった。既に王族は馬車から降り、団員に警護されながら舞台に上がってきている。人垣が波打ち、一際高まる歓声。団員に緊張が走る。


「ありがとう、ありがとう」


 中央の演壇に辿り着いた国王は、にこやかに手を振る。今のところ、周囲に不審な動きはない。


「愛すべき国民よ、本日の多大なる祝福に感謝します。私からも、贈り物を!」


 国王は大きく手を広げ、前方の空に視線を遣った。人々は不思議そうに後ろを振り返る。その次の瞬間だった。

 ひゅう、と何かが風を切る音。次いで快晴の空にぱっと光の華が咲き、爆発音が轟いた。わっと歓声が上がり、拍手が鳴り響く。打ち上げられた花火は、途切れることなく次々と華を咲かせていった。

 昼日中でもこれほど鮮やかに見えるとは、よほど花火師の魔術の腕が良いのだろう。その花火に沸く人々を横目に、団員たちは絶えず警戒を続ける。人目が逸れている今、王族が襲撃される可能性は最も高いのだ。

 53、54、55……花火は国王の歳の数だけ打ち上げられると聞いていた。とすれば、あと2発。エディトはごくりと唾を飲んだ。どうか、このまま何事も起こりませんよう。

 56。エディトは何かを感じた。離れた場所、だが、ここから見える範囲。誰かがこちらを()()()()()。幼い頃から魔導師として英才教育を受けた彼女の、直感だった。

 57。一際大きな花火が上がり、余韻を残して消えていく。その刹那。


 乾いた銃声が、最高潮に達した歓声を押し退けて広場に響いた。


 エディトの眼前で赤い何かが弾けるのと、ベイジルがゆっくりと後ろへ倒れるのは同時だった。


「……っ!」


 エディトの右肩に衝撃があった。次いで、そこに猛烈な痛みと熱を感じる。制服にじわりと血が滲む。

 誰かが叫んでいた。「退避しろ!」「銃撃だ!」。団員たちがすぐさまベイジルとエディトに駆け寄って来る。

 そして彼女は見た。

 目の前に、為されるがままに投げ出されたベイジルの手足。ごろりと横を向いた頭、その額に開いた孔、既に何も映していない目。

 彼の頭を貫いた銃弾が、自分の肩に当たった。それだけは分かった。

 舞台に敷かれた紅いビロードの上に、更に赤いものが広がっていく。彼の後頭部は、ぽっかりと空洞になっている――



 エディトの頬を涙が滑り落ちた。彼女は慌ててそれを拭い、レンドルに背を向ける。


「……以降、余計な口は慎むようにお願いします」


「もう少し私を信頼してくれてもいいのでは?」


 レンドルは言った。


「あなたが団長になってからの6年、いえ、あなたが近衛団に入ってからの19年、共に過ごしてきたんです。少なくとも私は、命を預けてもいいと思えるくらいにはあなたを信頼しています。

 もちろん全てを明け透けに話せとは言いませんが……この間、言いかけたことを教えてくれませんか」


「言いかけたこと?」


 エディトは背を向けたままそう呟いた。


「はい。『君にだけは話しておこうかな』と、言っていました」


「ああ、あれですか……」


 彼女は呆れたような笑いを漏らして、振り向いた。目は赤く、頬には涙の跡が残っている。彼女がこれほど無防備な姿を晒すのはレンドルが初めてだ。


「今更、聞きたいですか?」


「ええ」


 レンドルが真剣な表情で頷くと、エディトはふっと微笑んだ。


「いいでしょう。私も君の信頼に応えます。……私はずっと、ベイジルのことが好きでした」





《自警団》


〇ナンネル・ローズ


第二隊の隊員。自警団の隊員の処罰・処遇を担当している。エスカの恋人。



〇ブライアン・タング


第四隊の副隊長。エスカよりも若いが心労で総白髪。



〇ベロニカ・アーシュ


スタミシア支部の医務官。レナに憧れて青い髪を真似している。



《近衛団》


〇エディト・ユーブレア


近衛団の団長。代々近衛団を率いる一族の一つ、ユーブレア家の人間。



〇レンドル・チェス


近衛団の副団長。神経質そうな見た目で、常に白手袋をはめている。



《その他》


〇バジス・レッケン


キペル中央病院の医務官。学生時代、レナの一つ上の先輩だった。



〇パトイ


スタミシアの巫女。

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