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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
二章 出立
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13、調査結果

 完全に日が沈んだ頃、キペルの中央病院にはレナの姿があった。


「医長、お疲れ様です」


 玄関で彼女を出迎えた医務官の手には、カルテが抱えられていた。


「遅くなってすまないな。変わりないか?」


 そう尋ねるが、レナの心はそこになかった。ロットの家族が既にこの世にないかもしれない――その仮定が重く、胸にのしかかっている。イーラがすぐに調査すると言ったが、結果はまだ出ていなかった。


「新患が一名。また、魔術による負傷です」


 医務官が険しい顔でそう言うと、レナは瞬時に現実に戻って来た。


「なんだと。一般市民か」


「はい。12、3歳くらいの少年なんですが、スタミシアとの境界辺りの森で発見されて。こちらです」


 医務官はカルテをレナに渡し、早足に歩きはじめる。


「酷い状況でしたよ。可哀想に、両手が無くなっていました。意識はありますが、あまりのことに放心していて、話せる状態ではありません」


「同盟の仕業か」


「え?」


「いや、何でもない。ここか」


 レナは突き当たりの病室に入った。重病者の個室だ。ベッドに寝かされた少年は、天井を見つめたままぴくりとも動かない。布団の上に出された両の腕は、包帯が巻かれて痛々しい状態になっている。


「気分はどうだ」


 話し掛けてみても、当然返事はない。レナは医務官を下がらせ、そっと少年の包帯に触れる。本来手があるはずの場所には、何もなかった。

 非常に強い魔術で傷付けられたようだ。もしかするとミネの片脚のように、治療をしても再生しないかもしれない。そんな思いがレナの頭によぎった。

 だが自分もキペルで一、二を争う医務官だ。諦めることだけは出来ない。


「少し痛いかもしれないが、頑張れよ」


 レナは包帯を解き、その切断面に触れる。すると少年が呻き声を上げ、激しく身をよじり始めた。


「我慢しろ、もう少しだ」


 少年にのしかかるようにして身体を押さえ付け、レナは治療を続ける。数分経って、額に汗を浮かべたレナは手を離した。少年の手は、元通りになっていた。


「どうだ。ちょっと動かしてみろ」


 少年は呆然としたまま、手を顔の前に持ってきて、ゆっくりと指先を動かした。


「あ……」


 彼の口から掠れた声が出る。ようやく、感情を取り戻したようだ。


「治ってる……」


「当然だ。それより名前は。お前はどこの誰だ? 誰にやられた」


 少年は視線をレナに移し、恐る恐る口を開いた。


「殺さないで」


「馬鹿か。どういう理由で殺す必要がある」


「だって、だって……」


 少年は鼻をすすり上げながら言った。


「あいつは手加減なんて、全然しなかった。俺が同盟の人間だから。自警団の魔導師って、みんな怖い奴なんだ」


「おい」


 レナは目を見開き、相手が怪我人であることも忘れて少年の胸倉を掴んだ。


「あいつって誰のことだ」


「ロ、ロット・エンバーだよ。あいつが、俺の手を銃ごと吹っ飛ばしたんだ」





 イーラの元に返信を持ったナシルンが到着した。スタミシア支部の、住民を管理する部署に送っていたものだ。


『遅くなり申し訳ありません、イーラ隊長。多少、手間取りまして。お伝え致します。ロット・エンバーの家族に関する情報ですが、こちらには該当するものがありませんでした。

 ですが、あくまでエンバーの姓で調べた場合です。婚姻関係を結んでいなかった場合の事も考えまして、子供の父親から辿ってみました。認知していれば名前が残りますから。当たりでしたよ。彼の名前、ありました。

 妻の名はミケル・ジェア、娘はマーガレット・ジェア。娘の出生は13年前となっていますね。その時点では確かにスタミシアに住んでいました。で、7年前の9月、ガベリアへ引っ越しています。娘が6歳の頃です』


 イーラは頭を殴られたような衝撃を受けた。7年前の9月。それは、ガベリアの悪夢の一ヶ月前だ。


『……非常に申し上げにくいのですが、それ以上の情報がありません。二人はガベリアの悪夢で消えてしまったものと考えられます』


「まさか……」


 イーラはロットの口から何度か、娘について聞いたことがあった。思春期になったのか、近寄ると避けられるから悲しいと。

 嘘を吐いているとは思えなかった。しかし、娘は6歳の時点でこの世にいないことが判明している。とすれば、彼は周りを騙していたことになる。

 何のために、とイーラは考えた。家族を失ったことを認めたくなかった、いや、認められなかったのだろうか。それほど深く愛していたに違いない。

 彼の中で家族の姿は、未だに妄想と現実の間をさ迷っている。その妄想が、口を突いて出たのかもしれない。


「ロットの家族は悪夢で消えた……。悪夢の原因はエイロン……、エイロンをおかしくさせたのは、エヴァンズ」


 イーラの中で、ばらばらだった全ての事実が繋がっていった。

 つまりロットは、自分の家族を失う原因になった人物に復讐をしているのだ。諸悪の根源であるエヴァンズを殺し、今、更にエイロンを殺そうとしている。そのために自警団の身分を捨て、姿を消した。


「そういうことか」


 イーラは新たに数羽のナシルンを呼び寄せ、判明した事実を吹き込んで各方面に飛ばした。





 ベロニカはトレーに載せた食事を手に、スタミシア支部の地下室へと向かっていた。階段を降り、二重扉を抜けた薄暗い通路の奥に、堅牢な鉄扉がある。


「よっ……と」


 ベロニカはトレーを片手に持ち、空いた方の手で扉に触れる。かちりと錠が回り、扉はゆっくりと開いた。


「食事の時間だよ」


 部屋の中は質素ではあるが、閉塞感はなかった。クリーム色の壁は温かみがあり、窓も一つだけ付いている。磨りガラスの向こうは闇だ。

 無論、ここは地下だから、偽物の窓だった。体内時計が狂わないように、魔術で朝は日が射したように明るく、夜は暗くなるようになっている。

 壁際のベッドで、エドマーが眠っていた。ベロニカが枕元の机に食事を置くと、その匂いにつられてうっすら目を開ける。


「何時……ですか?」


「夕方6時。ちょうどいいでしょ?」


 ベロニカは笑うと、近くにあった椅子を引き寄せて座った。すぐに出ていくつもりはないようだ。

 エドマーも起き出し、ベッドの端に腰掛けた。


「ありがとうございます、ベロニカさん」


「まだ魔力の封印は解けてない? 見せてみて」


 エドマーは右腕の袖を捲り、彼女に差し出した。内側に焼印のように刻まれた鷲の印は、まだくっきりと残っている。


「全然だね。流石は医長。医長の本気の魔術が見れるなんて、ぞくぞくしちゃう」


 ベロニカは惚けた表情で感嘆の息を漏らし、はっとして真顔に戻った。


「あ、ごめんね。どうぞ、ご飯食べて」


「あの、外はどうなっていますか?」


 エドマーは尋ねた。


「ん? 平常通りだよ。本部はどうだか知らないけど。あと、ガベリアへ向かう人たちがこっちに来てる。恐ろしいね、あっちの隊員って」


「何かあったんですか」


「聞いてくれる? あのね、エスカ副隊長って人、私を懐柔して色々聞き出そうとするんだ。流石は第二隊。私もつい喋っちゃうところだったけど、ぐっと堪えた。だって、ね。私が知ってることって、ほとんどがレナ医長の秘密だから。自警団が、ひっくり返るような」

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