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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
二章 出立
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10、同じ間違い

 エディト以外、全員が驚きの表情でエーゼルを見た。彼は目を伏せて、噛み締めるようにこう話す。


「調査が行われたのは6年前、俺がまだ魔術学院の学生だった頃です。兄はとても優しい人でした。ちょっとだけ、ルース副隊長に似てて」


(副隊長に似てる……)


 カイはそこで、エーゼルのルースに対する異常な執着の理由が分かった気がした。心のどこかで、ルースに消えた兄を重ねていたのだろう。


「調査員の名簿に、パシモンの名は無かったように思うが」


 イーラが呟いた。第二隊にはその当時の記録が残っていて、彼女も一度、目を通した事があった。


「腹違いの兄なので、姓が違います。知っている人もほとんどいないでしょう。でも俺にとっては、大切な家族に違いないんです。

 だから、自分がガベリアへ向かう一員に選ばれたときは嬉しかった。これで兄が消えた場所に近付けると思って。でも現実を前にしたら、急に恐ろしくなってしまったんです」


「抜けるなら今の内ですよ、エーゼル」


 エディトは容赦のない言葉を投げ掛ける。彼の恐怖心を彼女なりに理解しているからだ。しかしエーゼルは、顔を上げて挑むような視線をエディトに向けた。


「俺は逃げません。ここにいることが偶然ではない以上、その運命に従います」


「……なるほど」


 エディトは頷いた。思っていた以上に、この若い隊員たちは肝が据わっているらしい、と。それとも、彼らに希望を持たせる()()が存在するのだろうか。

 彼女の視線は自然と、セルマに向けられた。緊張で強張った顔をしながらも、セルマの蒼い目に宿る光は揺らぐことがない。


「『抗う者は光の下に集い、追う者は闇に堕ちる』。……予言は当たっているようですね」


 その言葉を聞いたオーサンの喉仏が、ごくりと小さく動いた。エディトの言う予言とは、自分がラシュカから聞かされた、謎の占い師の言葉と一致する。

 エディトの視線が、素早く彼に向けられた。


「それほど驚くことでもありませんよ、オーサン・メイ。私もラシュカからこの話を聞きました。街で出会った占い師の予言……諸君らにも教えておきしょう」


 彼女は立ち上がると同時に指を鳴らす。ふっとシャンデリアの明かりが消え、暗闇の中、彼女の頭上に青白く光る文字が浮かんだ。


 一つ、それは巫女を殺した。

 二つ、それは未だ死せず、再びかつての仲間とまみえる。

 三つ、悪夢は繰り返す。

 そして四つ、あらがう者は光の下に集い、追う者は闇に堕ちる。


「覚えましたね」


 数秒経ってから、エディトはまた指を鳴らした。文字は消え、シャンデリアに再び明かりが灯る。


「それ、とはエイロンのことですか」


 まず、ルースが口を開いた。


「ええ。察しが良くて助かります。一つ目と二つ目の予言は、正に彼のことを指している。そして三つ目。悪夢は繰り返す。これに関しては、絶対に実現させてはならない予言です」


 小さく息を吐いて、エディトは椅子に腰を下ろす。


「そうさせないための、四つ目の予言だと私は考えています。抗う者とは諸君ら、追う者とは」


「ロット隊長のことですよね。隊長は今、エイロンを追っています」


 急き立ったようにカイが口を挟んだ。不穏な言葉を聞かされ、黙ってはいられなかったのだ。


「闇に堕ちるって、隊長はどうなるんですか?」


「どうなる……ですか。私は既に、彼は闇に堕ちたものと考えている。そうでなければ殺人など犯せない」


「でもそれはきっと、エヴァンズ隊長が俺の父さんの死に関わって――」


「魔導師が人を殺していい理由など存在しない」


 エディトは被せるように言って、カイを黙らせた。彼の過酷な境遇を思えば、本当は優しい言葉の一つも掛けてやりたいところだ。だが、今はその時ではない。

 私情に流されず、敵に立ち向かう術を身に付けなければならない。カイがどれほどロットを慕っていようと、向こうは容赦などしないかもしれないのだ。


「現実を見なさい、カイ。掟を破り、自警団の身分を捨てて姿を消したロットは、もはや我々の敵です。彼は人の心など捨てたと思った方がいい。

 そうなった人間は恐ろしいことを平気でやってのけます。エイロンがいい例でしょう。かつての教え子を魔術で拷問するなど、心ある人間なら不可能です」


 ルースが静かに唇を噛んだ。エディトは続ける。


「ただエイロンにもロットにも、人の心を捨てるだけの理由があったことは確かです。ロットの場合はまだ判然としませんが……」


 そう話す彼女の頭には、かつて耳にしたイプタの言葉があった。

 人間は常に感情の下で生きている。それがこの世界の希望にもなれば、絶望にもなる、と。





 オルデンの樹はまるで嵐の中にあるように、激しく枝葉を揺らしていた。ぶつかり合った黒水晶の葉は砕けて、矢のように鋭く地面に降り注ぐ。

 やがて嵐は収まり、その黒く染まった地面に、横たわるイプタの姿があった。


「……人に干渉するなということか」


 イプタは呟き、ゆっくりと体を起こした。顔色はいつにも増して青白く、目の焦点は合っていない。

 彼女はふらふらと立ち上がり、樹の幹まで歩いていく。そして、そこに手を添えて言った。


「私を終わらせるのなら好きにすればいい。滅びる覚悟は出来ています。ただ、セルマがガベリアの洞窟へ辿り着くまでは」


 イプタの目に、再び力が宿る。


「絶対に終わらせない。これが私の、最後の役目です」


 地面に落ちた葉が一斉に光を放ち、次の瞬間には跡形もなく消えていた。オルデンの樹は何事も無かったかのように、再び葉を繁らせて鎮座している。

 イプタは乱れた呼吸を整えてから、洞窟の奥にある泉へと向かった。水面は凪ぎ、底知れない暗闇が続いているのが見える。

 そこに映り込んだ彼女の顔が、徐々にぼやけて別の顔になった。


「……タユラ、私は貴女(あなた)と同じ間違いを犯してしまったようだ」


 イプタはそう言ったが、返事はない。水面に映るタユラの顔は、ただじっと彼女を見返していた。


「見届けてくれますか。貴女と同じように、一人の魔導師に許されぬ想いを抱いた、私の末路を」

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