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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
二章 出立
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9、帰らぬ者

 ガベリアへ向かう一行とイーラは、本部最上階にある会議室に集まっていた。本来なら、隊長以外は入ることの出来ない場所だ。

 天井から一つだけ吊るされたシャンデリアの明かりは薄暗く、中央の長机と、それを囲む13の席をぼんやりと浮かび上がらせている。窓も無く、部屋の四隅は暗闇に飲まれて、広さは判然としない。


「こんな場所で会議してたら、気分が沈みませんか?」


 長机の表面を指でなぞりながら、エスカが口を開いた。なぞった跡がくっきりと残るほど、机には埃が積もっている。それを見た彼は少し顔をしかめて、ぱちんと指を鳴らした。


「清掃すらされていなかったようですし」


 机の埃は消えていた。部屋にいた隊員たちは、心なしか空気も綺麗になったように感じる。エスカの魔術だ。


「団長が死んでから何年も使われていない部屋だ」


 イーラが短く答え、部屋の入り口に目を遣った。自分達が入ってきたはずの扉も、今は闇に飲まれている。

 不意にそこから光が漏れ、またすぐに暗くなった。誰かが扉を開けたようだ。足音が二人分、部屋の中に入ってくる。


「待たせましたね」


 ぼんやりとした明かりの中に現れたのは、臙脂色の制服を着た男女だ。近衛団長のエディトと、副団長のレンドルだった。

 エディトは端から、一人一人の顔に視線を移していく。彼女は他の人よりも数秒、カイに長く視線を留めていた。


「近衛団長、エディト・ユーブレアです。彼は、副団長のレンドル・チェス」


「わざわざお越し頂いて、恐縮です」


 全員が緊張の面持ちの中、イーラが頭を下げる。エディトは困ったように笑った。


「もう少し砕けた接し方で構いません。席に着きましょうか」


 彼女は颯爽と部屋の奥へ歩いていき、上座の団長席に腰を下ろした。レンドルは彼女の少し後ろに立つ。


「役職のある者は私から見て右側に、それ以外は左側に座って下さい」


 言われた通り、机の右辺にイーラとエスカ、ルース、左辺にカイとセルマ、オーサンとエーゼルが着席する。


「名を聞かせて貰えますか。あ、もちろんあなたは存じていますよ、イーラ・テンダル。大変な役目をよく引き受けてくれました」


「いえ、大変などとは……」


 思っていない、とは言えなかった。自警団の全隊員に事の顛末を洗いざらい話してしまえれば、これほど楽なことはない。しかし、実際はエイロンのこともロットのことも、そしてセルマのことも、開示する情報を吟味しなければ、ここにいる全員を危険に晒すことになる。


「今回のことで、ずいぶん頭を捻ったことでしょう」


「第二隊の基本は頭脳労働です。戦闘が得意ではない以上、これくらいはしなければ」


「隊長は努力家ですから」


 エスカが言葉を添える。


「あ、私は副隊長のエスカ・ソレイシアです」


 エディトは微笑み、彼の顔を物珍しそうに眺める。


「歳が分からない顔をしていますね。おいくつですか」


「団長」


 レンドルが口を挟んだ。


「それは聞かなくてもよろしいのでは」


「そうですね、失礼。では、君」


 エディトはルースに視線を移す。


「第一隊の副隊長、ルース・ヘルマーです」


「君も苦労人ですね。ロットの行方は未だに?」


「はい。今のところ手掛かりはありません。恐らくはエイロンを追って、スタミシアに向かっているであろうということくらいです」


「スタミシア。エイロンが巫女パトイを狙っているからですね」


 ルースは頷く。


「彼は僕に、自分の次なる目的はスタミシアの巫女を殺すことだと話しました」


「どうしようもない人間です」


 エディトは溜め息を吐き、視線を落とした。


「かつての仲間……私にとっては上官でもありましたが、そこまで身を落とすとは。巫女を守るべき近衛団の魔導師が巫女を殺す。いや、既に一人殺した。魔力の秩序は乱れて、リスカスは混沌に片足を突っ込んでいます。ですが」


 そう言って、もう一度視線を上げた。


「我々は屈するわけにはいかない。故に、こうして集まっているわけです。さあ、続けましょう。君」


 エディトは左側に顔を向ける。カイと視線がぶつかり、彼女の胸は微かに掻き乱された。あまりにも、彼に良く似ている。


「第一隊の、カイ・ロートリアンです」


 カイはおずおずと答えた。


「……存じていますよ、カイ。君の父上を」


 エディトは平静を装いながら話した。彼女の動揺に気付いているのは、レンドルだけだ。


「父さんを?」


「ええ。私に、ハニー・シュープスを教えてくれました」


 これにはルースもぴくりと反応した。過去に、バル(飲み屋)でベイジルに奢ってもらった飲み物だ。


「あの、変な味のですか」


 カイは複雑な表情をした。


「君は嫌いですか? あれ」


「あんまり好きじゃないです」


 彼が正直に答えると、エディトは声を上げて笑った。緊張に満ちていた場の雰囲気が、少し和やかになる。


「なるほど。確かに好みは分かれるでしょうね。私は結構、好きな飲み物です。話が逸れました。君……いえ、あなた」


 エディトは表情を引き締め、セルマを見た。セルマはごくりと唾を飲む。


「新たなガベリアの巫女。セルマ、と言いましたね」


「はい……」


「我々は今度こそ、あなたを守るつもりでいます。ただ、共にガベリアに入ることは出来ません。ガベリアへ入ることが出来るのは――」


 エディトは全員を見回す。


「巫女に選ばれた諸君らだけでしょう。その他の者があそこへ入れば、一瞬で霧のように消えてしまう。過去に一度、自警団による調査が入りましたが、帰ってきた者は一人もいない。オルデンの樹の力を甘く見てはいけません。……怖くなりましたか、君。顔色が良くないですよ」


 彼女はエーゼルに目を遣った。彼はやや俯き加減で、青い顔をしている。


「大丈夫か、エーゼル」


 ルースが心配そうに尋ねると、彼は顔を上げた。


「すみません、副隊長。……その、調査に行って帰って来なかった人間には、俺の兄も入っているんです」

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