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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
一章 思惑
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4、黒い煙

 カイとルースが少女を確保してから一夜明け、昼を通り越して夕闇の迫る頃、医務室にはルースの姿があった。彼はあの少女が眠るベッドの傍らに立ち、無表情にその顔を見下ろしている。

 少女の件はロットに任せると言ったが、やはりじっとしていることは出来なかった。真実を、自分で確かめたいと思ったのだ。

 医務官がぱちんと指を鳴らすと、部屋のランプに明かりが灯った。少女の髪が艶やかに、その光を反射してみせる。

 雑に切り取られたその短い髪を見て、おそらく売ったのだろう、とルースは思った。シルバーブロンドの髪はキペルでは珍しく、売ればそれなりの金額になる。生きていくためには見た目になど構っていられなかったのだろう。


「怖い顔だね。未だに起きないのは、ルースの魔術のせいだよ」


 ミネが側へ来て声を掛けた。冗談めかして言ったのは、本人が気にしているかもしれないと思ったからだ。ルースは顔を上げ、薄く笑ってみせた。


「怖い顔なんてしてないよ。それに、この子は起きている」


「本当?」


 ミネは急いで少女を見る。一見眠っているようだが、まぶたの下にある眼球が微かに揺れているのが分かる。口元も、緊張したように強張っていた。


「本当だ。おはよう、お寝坊さん。気分はどう?」


 ミネの優しい声に少女は目を開き、自分を覗き込む二人に素早く視線を走らせた。

 一人は白衣を着た知らない女、もう一人は自分を気絶させた怖い男。これから何をされるのか考えると、少女の胸は不安で潰れそうになる。今まで眠ったふりをして耳を澄ませ、得られた情報は、ここが自警団の本部ということだった。


「私は殺される……?」


 捕まる前の威勢はどこへやら、少女は弱々しい声で言った。今は逃げようにも、体が重く動かせそうにない。なされるがまま、諦めるしかないと思ったのだろう。


「話が聞きたいだけだよ。怖がらなくていい」


 ルースが言った。


「手荒な真似をしてすまなかったね。君が怪我をしていたから、あまり暴れて欲しくなかったんだ」


 それは半分が嘘で、半分が本当のことだった。少女は少し驚いたように目をしばたいた。


「私のため?」


「ああ。もう、怪我も治っているだろう」


 はっとしたように、少女は自分の顔に触れる。殴られた頬の腫れが引いていて、痛みもなかった。


「本当だ……」


 ルースは微笑み、言った。


「分かってくれた?」


 じっと彼を見つめていた少女は、やがてゆっくりと頷いた。完全に信用したわけではない。ただ、相手に敵意が無いことは分かったようだ。


「名前を聞かせてくれないかな。話をするのに不便だから。僕はルース・ヘルマー、こっちはミネ・フロイス。ここは自警団の本部で、僕たちは魔導師だ」


「セルマ。姓は、知らない」


 ぼそりと少女は言った。


「歳はいくつ?」


「たぶん、16。スラム街で生まれた人間は、自分の歳なんて正確に分からないから」


「そう。カイと同じくらいか。ありがとう」


「カイ?」


「僕と一緒にいた、聞き分けの無い少年だよ」


 そう言いつつも、ルースの言葉には上官としての温かさがあった。


「あいつ……」


 あのとき腕を捻り上げられたことを思い出して、セルマは顔をしかめる。


「カイと君、案外、仲良くなれると思うけどね。……それよりも、僕は君に聞きたいことがある」


 ルースの表情がすっと冷たくなった。セルマはごくりと唾を飲み、ミネもその雰囲気を察して、いざとなれば止めに入ろうと身構える。


「あの首飾りのことだ。あれは、どこで手に入れた?」


「拾ったって、言っただろ。絶対、盗んだんじゃない。キペルの街中に鉄屑を集めに行ったときに拾った。カムス川の橋の辺りだよ」


「それはどんなふうに落ちていた。何かに入って? そのまま?」


 矢継ぎ早に質問され、セルマの顔はどんどん青ざめていく。やはり殺されるのかもしれない、そんな恐怖心が湧いてくる。それほど、ルースの目は冷たかった。


「そ、そのまま。雪に埋もれるみたいにして。他に誰も気付いてなかったけど、私は……」


 彼女の声が震える。恐怖はその瞳から、涙となって流れ出ていた。


「私は、拾わなくちゃいけない気がして。本当なんだ。盗んで売ろうとか、絶対に思ってない」


「ルース、もうやめて。怪我人なんだよ」


 ミネが険しい声を出した。


「その首飾りが一体どうしたっていうの?」


「大事なことなんだ。黙っててくれ」


 尋常ではない雰囲気のルースにそう言われ、ミネは黙るしかなかった。ルースは続ける。


「首飾りを拾ったときに、何か感じたか?」


 怯えた様子で、セルマはぶんぶんと頷いた。


「な、なんだか、手放しちゃいけないような気になった。だからあの男たちに取られそうになったときも、必死で守ったんだ」


「他には?」


「変な光景が、目に浮かんだ。何処かの街が、真っ黒な煙みたいなのに包まれて……消えた」


 今度はミネが青ざめる番だった。街が消える、黒い煙――彼女はその目で見た。7年前の、ガベリアの悪夢で。

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