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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
一章 思惑
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31、大切な人

 ガベリアへ行くというルースの発言を聞いて、カイとエーゼルは当然のように自分たちも一緒に行くと口を揃えた。だが、ルースは首を振って拒否した。


「これ以上、部下を危険に晒すような真似はしたくない。何のために僕がエイロンの拷問に耐えたのか、考えてくれ。お前たちを守るためなんだ」


 崇拝しているルースにそう言われれば、エーゼルは返す言葉がない。だが、カイはそれくらいで黙るはずがなかった。


「副隊長、俺だって何も出来ないわけじゃ――」


「俺たちは新人だぞ、カイ。足手まといだ」


 今までずっと黙っていたオーサンが、急に口を挟んだ。


「それにお前のへっぽこ剣術と魔術じゃ、戦力にならない。第一隊だからっておごるなよ」


 やけに突っ掛かる言い方だが、オーサンは喧嘩をしたいわけではなかった。本心では引き止めたいと思っているが、素直に言うのだけはプライドが許さないのだ。


「黙れよ、お前よりはましだ」


 カイは気色ばんでオーサンの胸倉を掴み、すぐエスカに引き離された。


「やめろ、若造。冷静さを欠く奴に危険な任務は任せられない。……とうちの隊長は常々言っているが」


 そう言って、セルマを見た。


「誰を連れていくかは、君が決めていい。近衛団の人間がいいならそれでも構わない。そろそろ彼らにも全ての情報が伝わっている頃だろう」


 そしてまた、カイに向き直る。


「忘れないで欲しい。ガベリアへの道は命懸けだ。同盟の奴らがあとどのくらいいるのかも不明だし、エイロンがいつ襲ってくるかも分からない。それにガベリアの中は完全に未知の世界だ。何しろ、悪夢以降は誰も入ったことがないからな。

 仲間を失うのは辛い。それがどんな使命でも、信念でも。俺も魔導師をやって十数年だが、永遠に慣れることなんてないよ、カイ。……大切な人を失う辛さを、君はよく分かっているだろう。ルースの気持ちもんでやるといい」


「……」


 カイは唇を噛み、その目が微かに涙で曇った。幼き日に憧れた父の姿が脳裏をかすめ、急に胸が苦しくなる。

 彼は背を向け、何も言わず皆から離れていく。セルマがその後を追っていった。


「人間は、いかなる時も感情の下で生きているのですね……」


 そう呟き、イプタも静かに去っていった。


「……あの子の父親のことを出すのは、反則では?」


 カイの姿がオルデンの樹の向こうへ消えてから、ルースが非難めいた口調で言った。エスカはそれに、不服そうに答える。


「俺は父親のことなんて一言も言ってない。だが反則だろうと何だろうと、大事な新人を死地におもむかせるよりはましだ。自分が悪者になろうと構わない。だろう、カイの友人」


 そう言ってオーサンに目を遣った。本心を見抜かれた彼は決まりが悪そうに顔をしかめ、無言だった。


「君は、カイの父親のことを?」


 ルースが尋ねる。


「……知っています。本人からちょっとだけ聞きました。近衛団だったんですよね。殉職したって」


「そのことについて、話しておきたいことがある。特別に上長会議の様子を見せよう」


 エスカがすっと手を差し出すと、掌から青白く光る球体が浮かび上がった。人の頭くらいの大きさがある。エーゼルが不思議そうに目を細めて訊いた。


「追跡の魔術ですか?」


 それにしては、大きな球体だ。エスカは首を横に振った。


「その応用で、自分の記憶を他者と共有出来る。第二隊は情報が武器だから」


「へえ……」


 追跡が大の苦手である彼は、渋い顔をするしかなかった。


「さ、この球体に触れて。少々衝撃的な事実だが、自警団として知る必要がある」


 三人は覚悟を決め、手を伸ばした。



 カイは地面に腰を下ろし、オルデンの樹に背中を預けて天を仰いだ。黒水晶の枝葉が頭上高くに繁り、天井から注ぐ淡い光に煌めいている。

 父さんも、この樹を見たのだろうか――彼はそんなことを考えた。父から仕事の内容について詳しく教えて貰ったことはない。秘密にされるほど気になったが、近衛団には機密事項も沢山あるのだろうと、何となく理解はしていた。

 だが誇りを持って働くその姿に、幼いカイはどれほど憧れたか分からない。5歳のときにようやく魔力が発現したときは、「絶対に魔導師になる」と言って父を困惑させた。

 ベイジルは過去に「せめて7歳まで普通の子でいてくれたらな」とぼやいたことがある。リスカスでは7歳まで魔力が発現しなければ、完全に魔力は無いということになるからだ。

 我が子をわざわざ危険の中に放り込みたい親はいない。魔導師の危険さを身をもって知っているベイジルにとって、許可するわけにはいかない話だった。

 それでもカイは諦めなかった。一年のほとんどをキペルで過ごす父が家に帰って来る度に、覚えたての簡単な魔術を披露して「こんなに出来るようになったのに!」と食い下がった。

 ただ、ベイジルも同じくらいに頑固だった。彼は魔術を使う色々な職場にカイを連れ出しては、魔導師よりこっちの仕事の方がいいぞとしつこく言い聞かせる。端で見ていた母のパトリーは、似た者親子だと言って笑うのだった。

 だがついに、ベイジルの方が折れる出来事があった。彼の不在中、家に強盗が入り、襲われそうになったパトリーをカイが魔術で守ったのだ。

 余程怖かったのだろう、カイは泣きべそをかきながら、それでも「僕は魔導師だから」と言った。「大切な人を守るんだ」と――。



「カイ……」


 セルマに声を掛けられ、カイは思い出の中から現実に戻ってくる。彼は微かに赤くなった目で彼女を見返した。


「なんだよ。同情ならいらない」


 そう強がりを言った。今誰かに優しくされたら、涙がこぼれるかもしれない。もう二度と、そんな恥ずかしいところは見せたくなかった。


「そんなふうに言わなくたって」


 セルマは困ったように笑い、カイの隣に腰を下ろした。


「カイは誰か、大切な人を失くしたのか?」


「……ああ。俺の父さんだ。近衛団の魔導師だった」


「そっか」


 セルマはおもむろに目を閉じ、首飾りに手を当てて深呼吸した。それからしばらくして目を開け、カイの方を向く。


「名前は、ベイジル?」


「分かるのか?」


 驚くカイに、セルマは頷いてみせた。


「うん。ちゃんと記憶が残ってる。タユラは会ったことがあるみたいだ。カイのお父さんのことも、信頼していたらしい」


「そうか……。父さんが話した言葉、分かるなら教えてほしい。何でもいいんだ。俺は、魔導師としての父さんを詳しく知らないから」


 セルマはもう一度、首飾りに手を当てた。


「『十年後、二十年後に、リスカスが平和であってほしい』って。『僕の息子がいつか魔導師になったとき、命だけは失くして欲しくないから』……」


 不意に彼女の目から涙が溢れた。自分の意思ではない。その時のタユラの心に共鳴したのだ。

 セルマは涙を拭い、言った。


「カイが優しい人に育った理由が分かる気がする。同じくらい、愛されてたんだな」


「俺は優しくなんてない」


 カイは目を逸らし、ぐっと拳を握った。


「でも、大切な人はこの手で守りたいんだ。そのために魔導師になった。まだまだ力不足なのは分かってるけど、俺はセルマのことだって守りたい」


 その言葉に、セルマはどきりとした。それは自分が巫女だから守りたいのか、それとも。

 尋ねることは出来なかった。はっきりとした答えを知るのは怖い。知り合って数日の人間に、未だかつて得たことのない愛情を求めてしまう自分を、セルマは恐ろしく感じていた。下手をすれば、それがリスカスを滅ぼす一因になるかもしれない。

 巫女として正しくあれ――耳元で、そんなタユラのいましめを聞いた気がした。

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