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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
一章 思惑
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3、冷静

 第一隊の隊長室は自警団本部の奥に存在する。堅牢な鉄扉の向こうで、ルースは隊長であるロット・エンバーと向き合っていた。


「ついに見付けたか、ルース」


 ロットはため息と共に椅子の背にもたれた。よわい四十を超えた彼の表情には疲労の色が濃く、眼鏡の奥にある目は半ば閉じかけている。手入れをされる暇もなく肩の辺りまで伸びた黒髪は、無造作に後ろで束ねてあった。


「体があと三体欲しい。給料はいらないから、休みをくれ」


 第三隊の隊長が負傷したことにより、一時的にロットが隊長を兼任していたのが疲労の原因だった。普段とは違う、気性の荒い隊をまとめるのは相当骨が折れるらしい。


「冗談を」


 ルースが大真面目に答えると、ロットも身を起こして表情を引き締めた。


「無論、冗談だ。しかし今頃になって、これが出てくるとは」


 ロットは机上に置かれていた物を手に取り、目の前に掲げた。少女が持っていた、あの黒い宝石の首飾りだ。


「間違いなく、ガベリアの巫女タユラの首飾りだろう。宝石は黒水晶、それに、このつたが絡んだような装飾。過去に近衛団として巫女に会ったとき、確かに見たことがある」


 巫女に謁見えっけんできるのは、近衛団の中でも一部の精鋭だけだった。そしてロットは過去、その一部に入っていた。ただ、彼の実力は残念ながら第一隊では十分に発揮されていない。ルースを初めとした隊員たちが優秀なので、あまり彼の出る幕が無いのだ。


「お前が俺の話を信用してくれていて良かったよ。タユラの首飾りが今も何処かにあるなんて話は、大抵の人間には『ありえない』と鼻で笑われるからな。ガベリアの悪夢で滅びただろうって」


「僕もこの目で見るまで信じてはいませんでしたよ。でもあの時確かに、その首飾りに意志を感じました。そうでなければ気付きもしなかった。温情で少女を見逃して、それを売って金に換えろとでも言っていたかもしれません」


「お前ならやりかねんが、カイは絶対に許さないだろうな。……ああ、第三隊の報告では、少女を襲った奴らはただのごろつきで、単に首飾りが金目の物だから奪おうとしたって話だ」


 ふんと鼻を鳴らし、ロットは手を下ろした。


「面倒事が増えなくて幸いだよ。いいかルース、首飾りのことは他言無用だ。カイにも黙っていろ」


「しかし、巫女の首飾りですよ。どうするつもりですか? 団長に話すべきでは」


 首飾りに何かしらの力が宿っているとすれば、危険を伴うかもしれない。巫女の呪いは今もガベリアを支配しているのだ。

 ロットは構わず、首飾りを手に立ち上がった。


「言いたくはないがな、ルース。団長は近衛団が嫌いだ。故に、近衛団下がりの俺のこともずいぶん可愛がってくれる。平穏を乱すようなことを言えば、喜んで長期休暇を取らせてくれるかもしれない」


「お聞きしたいんですが、そもそも、首飾りがまだ存在するという情報はどこから?」


 都合の悪い質問は無視するのがロットのお決まりだったが、ルースの据わった目に見つめられるとそうもいかなかった。


「勘弁してくれ。話せば俺の首が飛ぶ」


「分かりました」


 あっさり引き下がる彼に肩透かしを食らいつつ、ロットは言った。


「これはキペルか、スタミシアの巫女に預けるのが得策だろう。それが一番安全だからな。……その少女はまだ医務室か?」


「ええ、ちょっと強く眠らせすぎたので。会うんですか?」


 ロットは眉間に皺を寄せた。


「会わずに済むなら会いたくない。反抗期の娘を思い出して辛くなる。最近は『パパが使ったタオルは使いたくない!』だとさ。泣けてくるぞ」


 そうですか、とルースは素っ気なく返した。


「先に言っておきますが、あの少女は我々に敵意を持っています。どうやって首飾りを手に入れたのか、事情を聞くには時間が掛かるかもしれません。最悪、尋問という手段を」


「待て、ちょっと待て。そこまでしなくてもいいだろう」


 ロットはたしなめる口調になった。魔術で精神的に相手を追い詰める尋問は、かなり手荒な手段だ。そう簡単にしていいものではない。


「ガベリアの悪夢に関することとなると、お前は冷静さを欠く。……俺も事情は知っている。だから、冷静になれ」


「すみません。では、この件は隊長にお任せします」


 ルースはロットに背を向け、静かに部屋を出ていった。





「あ、隊長。お疲れ様です」


 医務室に現れたロットに、備品の整理を手伝っていたカイが駆け寄った。


「詳しい話はルースに聞いた。その少女はどこに?」


「あっちです。でもまだ、寝てますよ」


 カイは少女の眠るベッドを指差した。少女は相変わらず、穏やかな寝息を立てている。


「ひっぱたいても、起きないか?」


「まさか。いくらなんでも、そんなことは出来ません」


 カイは眉間に皺を寄せた。真面目な奴だ、とロットは少しおかしく思う。


「副隊長、いつもならちゃんと説得してから連行するのに。あの首飾り、何だったんですか?」


 やはりな、とロットは思った。行動が冷静さを欠いている。だが、その辺の事情をカイに話すわけにはいかない。


「捜索願いの出ている、重要な盗品かと思ったんだろう。確認したところ違ったがな。……お前はもう上がりの時間だろう。部屋に帰って休め」


「え、はい」


 カイはあまり納得のいかない様子だった。


「何か不満でも?」


「いえ。ただ、一つ伝えておきたいことが」


「なんだ」


「あいつ……あの少女、ほんの少しだけ目を覚まして、何か呟いたんです」


 そして、あの呪文のような言葉を伝えた。ロットも意味を捉えかねて、怪訝な顔をするだけだった。


「まったく分からんな。ただの寝言じゃないのか」


「それならいいんですが。では、失礼します」


 行きかけたカイを、ロットは呼び止めた。


「少女の名前は?」


「分かりません。起きないので」


「その子を見付けたのはスラム街と言ったな」


「はい」


 ロットはしばし考え込んだ。あの街には窃盗犯も多い。少女がその一味で、どこかの宝石商から首飾りを盗んだか……。しかしそれなら、もっと価値の有りそうな、ダイヤやサファイアなんかを盗みそうなものだ。黒水晶の価値はそれほど高くはない――巫女の首飾りを除いては。

 穏やかに眠る少女の顔を眺めながら、ロットは胸のざわつくような感覚に襲われたのだった。

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