28、裏表
「以前の反魔力同盟は、魔力を持たざる者で構成されていました。でも、新たな同盟には魔力を持っている者もいる。魔導師と同等の人間もいます。名を借りた、全くの別物なんです」
「なるほど、興味深い」
エドマーの説明を聞きながら、レナはさほど興味がなさそうに言う。ミネが尋ねた。
「医長は知っていたんですか?」
「ロットの話を聞いた時からおかしいとは思っていたんだ。魔導師を憎む同盟が、元魔導師と組むはずがないってな。エイロンが脅した可能性もあるが、奴が魔力の無い人間を当てにするとも思えない。だろ?」
エドマーに話を振ると、彼は頷いた。
「ガベリアの悪夢以降、魔術で殺人や傷害を犯している連中がいますよね。未だに捕まっていない者もいますが……あれが、実は新たな同盟なんです。すべて個々人の犯行に思えますけど、彼らは一つの信念に基づいて行動しています」
「ほう。信念?」
いらついた様子を隠しもせずに、レナは言った。エドマーの言う通りだとすれば、彼女が中央病院で治療している患者たちは同盟の被害者ということになる。数名は意識不明のままで、回復の兆しも無い。
どんな立派な信念があれば、そんなことをしても許されると言うのか。彼女は歯噛みし、怒鳴り散らしたいのを我慢した。エドマーに当たっても仕方ないことだ。
「ええ。リスカスを、自分たちの理想郷にするということです」
「馬鹿馬鹿しい!」
レナは思わず吐き捨てた。
「要するに秩序を無視して好き勝手したいだけだろ。国民を魔力で支配したい。反魔力じゃなく、むしろ魔力同盟だな」
「でも」
ミネが口を挟む。
「それじゃ、エイロンと組む理由がないのでは。彼はリスカスそのものを滅ぼそうとしているのに」
えっ、と声を上げ、エドマーが目を見開いた。
「本当に、そんなことを?」
「……まぁ、知っていたならお前も目が覚めていただろうな。流石に、国を滅ぼす手助けはしたくないだろう」
エドマーはやや呆然としながらも、こう言った。
「エイロンは、ガベリアを甦らせるつもりだと。そして同盟は、そこを拠点にする。だからこそ、利害が一致した同盟と組んでいるのだと」
ミネとレナは顔を見合わせた。同盟を利用するための方便なのか、それとも、それがエイロンの本心なのか。
レナは眉間に皺を寄せ、ぐしゃぐしゃと髪を掻き回した。
「それだと……あー、分からなくなってきたぞ。ロットは、エイロンはセルマの命を狙っていると言った。巫女が増えれば、国を滅ぼす邪魔になると。
しかしエイロンは、理由は分からないがガベリアを甦らせたい。セルマを殺す必要はないどころか、むしろ必要……」
「いつでも殺せたのに、セルマを今まで生かしていたのは……巫女の力が高まるのを待っていたからでしょうか。行動としては、ガベリアを甦らせたいようにも思えます」
何せ、エイロンはセルマが生まれたときからその存在を知っているのだ。必要ないのなら、簡単に殺せたはずだった。
「単純に、ガベリアの悪夢で傷を負ってから、まともに動けるようになったのが最近、とも考えられますけど」
「二重人格」
エドマーが呟いた。
「え?」
「僕がエイロンと話してみて、感じたことです。同盟とのことを話すときは冷酷無比に感じたんですが、セルマの話になると……声も雰囲気も穏やかになる。まるで別人のようでした」
レナは思案顔で、しばらく部屋の中を歩き回った。
「なるほどな。二重人格……有り得るかもしれない」
元々の高潔なエイロンと、同盟への潜入で変貌してしまった彼と考えれば、納得がいく。
「簡単な話、悪いエイロンは国を滅ぼし、良いエイロンはガベリアを甦らせる。結局奴の狙いはなんだ? 何がしたい。次にどう動く……」
どちらにせよセルマは狙われるだろう。彼女の保護が、自警団にとっては喫緊の課題となる。レナは小さく息を吐き、こう言った。
「とにかく我々は、医務官としてやるべきことをやる。戦闘だの捜索だのは、監察部の奴らに任せよう。エドマー、お前は……」
レナは急に血相を変え、彼の右腕を掴んだ。そして彼が着ていたシャツの袖を捲り、腕の内側に指を添える。何かを感じ取ったエドマーは困惑の表情を見せた。
「医長、何を――」
「ちょっと痛いが、我慢しろ」
ジュッ、と肉の焦げるような音が聞こえた。エドマーは小さく呻き、顔を歪める。レナが指を離すと、彼の腕に赤く、自警団のシンボルである鷲の印が刻まれていた。
それを見たミネが呟いた。
「医長、それ……」
「魔力の封印だ。間一髪だった」
レナは白衣のポケットから包帯を取り出すと、それを手際よく印の上に巻きつけた。
「お前には魔術が掛けられている。恐らくは同盟の奴だ。作戦に失敗したら、殺すつもりだったんだろう。気付いて良かったよ」
魔力を封印するということは、その人に掛けられていた魔術も無効になるということだ。レナが封印しなければ、エドマーは死んでいたかもしれない。
「そんな」
青ざめるミネを見て、エドマーは冷静に言った。
「これも自業自得です、ミネさん。同盟は危険な人間の集まりなんですから。そんな奴らに加担したなら、死ぬことも覚悟しないといけない」
「そうだな。死んだことにしておく」
レナはあっけらかんとしていた。
「同盟の奴らも死んだと思っているだろ。狙われなくなるなら、都合がいい。いいか、エドマー。お前を今から遺体としてスタミシアの支部に送る。地元だろ? あっちでしばらく安置してもらえ。時期が来たら生き返らせてやる」
「でも、獄所台へは――」
「生憎、そっちへは内密で動くことになっている。心配しなくても、全て終わった後に熨斗を付けて送ってやるさ」
目の奥にさっと浮かんだ悲しみを隠すように、レナは顔を逸らした。
「医長、エドマーの事情を考慮すれば、獄所台へは送らなくても」
言い掛けたミネに、レナは鋭い視線を送る。
「お前は魔導師だろう、ミネ。冷静に判断しろ。どんな事情があろうとも、他人を魔術で傷付けてはならないし、その手引きをしてもいけない。そんなことはエドマーが一番分かっているはずだ」
泣き濡れた顔を魔術で元に戻し、ミネは臨時の医務室へと戻った。8年近く共に頑張ってきた仲間が、獄所台送りになるとは。必要なことだと頭で理解していても、感情は付いていかなかった。
カーテンの無い窓の向こうで、空が既に白み始めていた。何も知らぬ患者たちは、皆静かに寝息を立てている。一人、窓際に立って外を眺めている人物がいた。
「……クロエ」
ミネが声を掛けると、彼女はびくりと肩を竦めて振り返る。
「ミネさん。どこにいたんですか?」
エドマーとの件を知らないクロエは、そう問い掛けた。眠っていないのか、顔色はあまり良くない。
「ちょっと、用事があって。クロエはちゃんと休めた?」
「あんまり……」
何か言いたそうに唇が動くが、言葉は出てこなかった。襲撃犯との戦闘について話したいことがあるのだろう、とミネは考える。
「クロエ、ちょっとこっちに」
ミネは彼女を隣の部屋へと連れていく。しっかりドアを閉めたことを確認して、口を開いた。
「しつこいようだけど、あなたの口から聞かせて欲しいの。襲撃があったとき、あなたが何をしたのか」
実は、その事に関して既にエドマーの証言を得ていた。それでも、本人の口から聞く必要があると思ったのだ。
エドマーは言った。『クロエは僕と同じ境遇なのかもしれない』と。
「……」
クロエは両手をきつく握りしめ、黙っている。ミネは青ざめた彼女の顔をまっすぐに見つめながら、言った。
「言いたくないことかもしれない。でも、エドマーがあの時、あなたの言葉を聞いていたの。『犯罪者は死ね』、『穢らわしい血を残すな』、それに『私の人生を返せ』って」