27、冤罪
エドマーは困惑の色を浮かべるミネの顔を見つめながら、言葉を続けた。
「僕はずっと、隠し通してきたんです。……両親が反魔力同盟の人間だということを」
彼が言っていた『生まれながら同盟の人間』とはこういうことか。ミネは僅かに目を見開いたが、それ以上の動揺は見せなかった。
「それは、今も?」
エドマーは首を振って否定した。
「彼らは既にこの世にはいません。両親は、僕がまだ2歳だった頃にガベリアの監獄へ。22年も前のことです。罪状は殺人、終身刑」
つまり、二人はガベリアの悪夢で監獄もろとも消えたということだ。彼は小さく息を吐き、少し長くなりますが、と言って続けた。
「両親と引き離された僕は、スタミシアの善良な孤児院に引き取られました。犯罪人の子供だからと虐められることもなかった。そもそも、僕自身が両親の正体を知りませんでしたから。
病気がちで、病院の医務官には何度もお世話になりました。だから、自分に魔力があると分かってからは、ひたすら医務官を目指していたんです。
無事に魔術学院に入って、医療科に進級出来た頃、両親のことを知りました。学院を訪れていた獄所台の魔導師と、教官が話しているのを聞いてしまって。内容は、2年生の授業に組み込まれているガベリア監獄の見学についてです。
獄所台の魔導師は僕の名前を出し、見学させるべきではないと言った。実の両親が投獄されているのだからと。反魔力同盟のグレンダリー夫妻……その名を聞いた瞬間、もう、全てが終わってしまったような気がしました」
「うそ……」
ミネは思わず呟いた。グレンダリー夫妻は、同盟の中でも群を抜いて凶悪な人間だった。彼らは当時、バルで出会ったとある医務官を凄惨な方法で殺害している。
医務官は行方不明になった翌日、街外れの井戸の中で見付かった。個人の判別もつかないほどに解体された状態で。二十年近く経った今でも、魔導師でその事件を知らない者は無い。
その凶悪犯の子供が、目の前にいるエドマーなのか。信じられない思いで、ミネは彼を見つめていた。
「……そうなりますよね。僕もそのときまでは、医務官を殺した彼らを心の底から憎んでいました。終身刑など生温い、この国に死刑がありさえすれば、と。それがまさか、自分の親だったなんて。こんなに笑えない冗談はない。医務官を殺した親を持ちながら、僕は――」
瞬いたエドマーの目から、雫が落ちていった。
「僕は一体どういうつもりで医務官になるというのか。そう思い、すぐに学院を去ろうとしました。でも、それを知った教官に止められました。教官は『お前に罪は無い。人として正しくありたいなら、両親と反対側に居続ければいい』と」
「両親と反対側……」
「はい。医務官として人を救う側にいろということです。だから僕は、やめなかった。両親とは反対側にいようと心に決めたんです」
「それなのに、どうして」
いつの間にか、ミネの頬にも涙が伝っていた。
「そんなに強い意思で医務官に……魔導師になったのに、裏切ったりしたの?」
「僕はミネさんほど強くはない」
エドマーは目を伏せた。
「両親は冤罪だったと囁かれたら、今までどれだけ憎んでいようと、信じてしまいたくなるんです。ひと月ほど前に僕に接触してきた同盟の人間は、こう言いました。自警団の監察部は両親を拷問して、無理やり罪を認めさせたと」
「まさか」
「絶対に無いと言えますか?」
顔を上げ、エドマーは挑むような視線をミネにぶつけた。
「僕は監察部の魔導師を信用していない。僕ら医務官を下に見て、重要なことはいつも事後報告。そのくせ、戦闘で怪我を負えば素知らぬ顔で治療を求めてくる。そんないい加減な奴らが、裏で何をしていようと不思議じゃない」
そう思わされていました、と彼は決まりが悪そうに視線を逸らした。
「同盟の接触を受けてから、監察部への不信感は日に日に増していきました。誰も彼も敵に見えてきた。僕は真実を知りたくて、自分から同盟に接触したんです。魔力を持つ者を敵としている彼らが、なぜ僕に近付いたか考えもせずに。
彼らが僕を甘い言葉で懐柔してきた頃には、もはや片足以上突っ込んでしまっていた。僕の中で両親が冤罪であることは真実で、後戻りしようとも思わなかった。だから、同盟からセルマ誘拐に手を貸せと言われて、簡単に自警団を裏切ったんです。
でも、ミネさんを拷問したときに目が覚めました。気付いたんです。僕は、僕が最も憎む人間と同じことをしていると」
また一つ、二つと彼の目から雫が落ちていく。
「例え両親が冤罪だったとしても、僕に、他人を魔術で傷付けることが許されるわけじゃない。そんな簡単なことも分からなくなっていたんです。魔導師失格です」
「エドマー……」
ミネが肩に手を伸ばしたそのときだ。蹴破られたような勢いで、地下室の扉が開いた。
「やっと反省したか。それなら、私も殴ったことを謝ってやる」
そこに立っていたのはレナだった。彼女が手を一振りすると、エドマーを縛っていたロープはするりと解けて床に落ちていった。
「医長……」
「お前の努力を8年間も見てきた身としては、裏切りの理由が謎だったが……、話を聞いて納得だ」
そう言って、レナはエドマーの前に立つ。
「はっきりさせておこう。グレンダリー夫妻、奴らは冤罪なんかじゃない。これは確実だ。確保の現場に、私もいたからな」
ミネとエドマーは驚きの表情でレナを見た。現場にいたことに加え、年齢不詳な彼女が、22年も前から自警団にいたことへの驚きもある。
「医長が?」
「ああ。私がまだ若手だった頃だ。あの日、監察部は数々の証拠からグレンダリー夫妻を犯人と断定し、確保に踏み切った。そのとき怪我人が出るかもしれないと、同伴させられた医務官が私だ。
グレンダリーは逃げも隠れもしなかった。奴ら、高笑いして『生きたまま刻んでやった。魔力を持っている奴の、恐怖に怯える顔が最高だった』と言ったよ。冤罪なんてあり得ない。傍らに小さな子供がいたが……あれがお前だったか」
レナはしみじみとエドマーの顔を眺めた。涙に濡れ、助けを求めるように見返すその顔は、あの時と同じようにも見えた。
「お前の生まれには同情する。だが言い訳は聞かない。お前が犯した罪は罪として、償う必要がある。だから」
彼の両肩を掴み、レナはずいと顔を寄せて凄んだ。
「知っていることは全て話せ。誤魔化せば今すぐ獄所台に送る」
「……はい」
レナの迫力にごくりと唾を呑みつつ、エドマーは話し始めた。
「最初の頃、同盟は僕を引き入れる気で、事実上、組織のトップであるエイロンにも会わせてくれました。彼に聞いて分かったのは……今の同盟は、ガベリアの悪夢で消えた以前の同盟とは別物ということです」