表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
四章 闇の果て
212/230

71、審判 三

 セレスタ・ガイルスがエイロンに『タユラを殺さねばならない』という思考を植え付け、彼女の元に送り込んでいた。その事実に審理官たちはざわめき、1番が思わず声を上げた。


「まさかそれを怪しまれないために、他の団員からエイロン・ダイスを遠ざけていたということですか」


「はい。ガイルスはそのように供述しています」


 11番はそう答え、淡々と続けた。


「ガイルスが魔術で思考を植え付け始めたのは、エイロン・ダイスが同盟への潜入を終えてからです。彼が健全な頃に魔術を掛けるのは容易ではなかったため、精神的に衰弱している時を狙いました。

 巫女タユラは近衛団の中でも、エイロン・ダイスを特に信頼していたようです。故にセルマの存在も彼だけに伝えていた。その関係性に、セレスタは気付いていたそうです。気付いていたからこそ、ダイスの手でタユラを殺させたかったと……。

 ガイルスはエイロン・ダイス本人に気付かれぬよう、二年の歳月をかけて少しずつ彼に思考操作の魔術を仕込んでいきました。そして悪夢の起きたあの日、更に彼を動揺させる言葉を吹き込んでから洞窟に向かわせたのです。『お前が人を殺したりしなければ、ベイジルが死ぬこともなかったのにな。恨むならエヴァンズを恨め』と。ダイスは同盟への潜入を終え通常任務に復帰した後、我を失って犯罪人を斬り捨てていますから。

 そしてその動揺が、思考操作の魔術を完成させてしまったのです。エイロン・ダイスは洞窟で、自身の意に反してタユラの心臓を刺し貫いた。悪夢が起き、ガベリアは消えた」


 痛いほどの沈黙が部屋に流れた。非道、卑劣、畜生……どのような言葉を並べても、セレスタの罪を言い表すことが出来ない。

 11番は深呼吸した後、言葉を続けた。


「エイロン・ダイスが洞窟へ向かったその直後、ガイルスは同じく近衛団員のチェルス・レンダーを自警団ガベリア支部へ向かわせています。支部からの資料の受け取りという理由です。彼女は監禁後に入院していたダイスの担当看護官、メグ・コーシャと接触を図っていました。ガイルスは過去にメグ・コーシャのことも脅迫しています。故に、真相が明らかになることを危惧したガイルスは、これを機会にチェルス・レンダーの口を封じようとしたのです。以上が、私が尋問で得た事実になります」


「……よろしい。諸君、エイロン・ダイスの遺体の取り扱いについては再考の余地があるだろう」


 アークは努めて冷静に言った。今までの審理では常に冷静沈着であった審理官たちが、大きく動揺しているのを分かっていたからだ。


「セレスタ・ガイルスの魔術によって操られていたとはいえ、彼が悪夢の直接の原因であるが故、火葬は免れないと私は考える。しかし、その後の処置については検討せねばなるまい」


 本来であればエイロンの遺骨は獄所台にて葬られ、墓にも名前を残すことは許されないはずだった。ブロルが最も苦痛に感じていたのはその部分だが、それが再考されることになりそうだ。


「異存はありません」


 一人の審理官がそう言い、他の者たちも頷いて同意を示した。


「では、これで最後になる。パーティーで起きた火災の件と、ガイルスの屋敷で栽培されていたメニ草について。15番」


「はい。パーティーでは大広間の扉が魔術で施錠された上で、巨大なシャンデリアが落下し炎上しました。その事件が起きた瞬間、セレスタ・ガイルスは既に近衛団に確保され意識のない状態でしたから、実行したのはそれに気付いたマーク・ドーシュです。招待客の中にはガイルスの悪事に荷担している者、例えばメニ草の売買に関わるイアン・レット……医務官ガミック・レットの弟などもいたため、口封じのためにやったと本人が認めています。

 メニ草の件ですが、セレスタ・ガイルスの屋敷の屋上にはメニ草畑があり、栽培されていたのは売人の間で『大輪たいりん』と呼ばれる、最も効果の高いメニ草でした。通常の半分の量で同じ効果が得られると。

 ガイルスはその大輪の売買で得た金を、同盟の活動資金として提供していました。売買に関わったのは主にランブル社ですが、彼らは大輪がガイルスの屋敷で栽培されていることは全く知りませんでした。ガイルス自身、誰も自分を疑わないだろうという自信があったから、あの屋敷で大輪を栽培していたそうです。以上になります」


 アークは頷き、言った。


「では、セレスタ・ガイルスの罪について纏めよう」


 彼が片手を上げると、発光する文字がその頭上高くから下へと羅列されていく。


 1、過去から現在に至るまで反魔力同盟との繋がりを持ち、資金を与える。また、それらの犯罪の手引きをする。


 2、近衛団長という立場にありながら王族に対するクーデターを企て、同盟に実行の指示を与える。


 3、猟銃スター・グリスの『危険物等盗難届』の隠蔽。また、これに関わる魔導師を恣意しい的に獄所台へ異動させる。


 4、クーデターの実行犯を思考操作の魔術で自害させる。


 5、エイロン・ダイスの監禁。


 6、エイロン・ダイスを担当していた看護官メグ・コーシャへの脅迫。


 7、パウラ・ヘミンの誘拐・軟禁。


 8、同盟との連絡役31名を思考操作の魔術で自害させる。


 9、エイロン・ダイスに思考操作の魔術を使用し、ガベリアの巫女タユラを殺害させる。


 10、悪夢が起きることを知った上でチェルス・レンダーをガベリアへ送り、意図的に悪夢に巻き込む。


 11、屋敷でメニ草を栽培し、その流通に関与する。


 溜め息のような声が審理官たちの口から漏れた。罪の数よりも、その内容の悪質さに気が遠くなってくる。自分の手は決して汚さない。セレスタ自身はその手で誰も殺していないのだ。そしてやはり彼らには、それらに相応しい刑罰が現在のリスカスには存在しないように思えた。


「諸君らも知ってはいるだろう。およそ200年前、リスカスの法から消えた『死刑』というものを」


 誰もが口にするのをはばかっていた言葉を、アークはさらりと言った。部屋の空気がぴんと張り詰める。暗闇の中で審理官たちはじっと、彼に視線を注いでいた。


「残酷で非人道的、そして刑を執行する者が負う責任の重さ……その他諸々の理由で、死刑はこの国から消えた。それまで死刑を執行していたのは、この獄所台の魔導師たちだった。とてつもない矛盾を抱えながらな。『魔導師は人をあやめてはならない』。魔導師の掟に最も反する行為を、長年に渡り続けてきたわけだ。

 我々は法にのっとり人を裁くが、その法を定めるのは我々ではない。国法院と国王だ。判決に関していくら強大な権限を持とうとも、我々は法には従わなくてはならない。もしも現在の法に死刑があるならば、あるいは」


 アークは言葉を切り、審理官たちを見回した。


「……特例として死刑が認められたのだとすれば。獄所台の誰かが、魔導師の掟を破り人の命を奪わねばならない。安心しろ。その誰かとは、私だ」


「総監……!」


 審理官たちが思わず声を上げた。


「我々でセレスタ・ガイルスの判決を下す前に、国法院に掛け合うということですか?」


「それが必要だと諸君らが判断するのであれば。このまま、現行の法でセレスタ・ガイルスを罰することに賛成であるなら掛け合う必要などない。通常通り審理を終えて判決を下す。

 私のことを考慮する必要はない。諸君らは審理官として、諸君らの使命を果たすべきだ。決を取ろう。セレスタ・ガイルスの刑罰について、国法院に掛け合うか否か」


 部屋が緊張と沈黙で満ちた。ややあって、審理官たちの頭上に文字が浮かぶ。全て『可』であった。


「よろしい。では、この審理は一時中断とし、国法院からの返答があり次第、判決に移ることとする」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ