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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
四章 闇の果て
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70、審判 二

 セレスタ・ガイルスのあまりにも大きな罪に、審理官たちは内心、動揺していた。現在のリスカスには存在しない刑罰が必要……監獄での終身刑よりももっと、重いもの。そんなものは一つしかない。しかし――


「諸君、審理を続けよう。我々には悠長に構えている暇などない。慎重であることと、臆病になって立ち止まることは違う。後者はただの時間の浪費だ」


 彼らの思考を遮るように、アークは喝を入れた。全員が一斉に姿勢を正した。


「……よろしい。次に、セレスタ・ガイルスとエヴァンズ・ラリーの関係について述べてもらおう。先ほど中断させたベイジル・ロートリアンの死についても頼む。9番」


「はい。自警団第四隊長エヴァンズ・ラリーは、ご存知の通り元近衛団副団長という立場にありました。セレスタ・ガイルスとは浅からぬ接点があるわけです。

 しかしながらラリーは既に死亡しているため、主としてセレスタ・ガイルス、ロット・エンバーの自供にります。物的証拠としては、自警団、近衛団より証拠品の提出がありました。

 まずラリーはガイルスの正体、つまり彼が同盟と繋がっているということは知りませんでした。ガイルスは常に、ラリーに懐柔され彼の悪事に手を貸す人間を演じていたと。反対に、ガイルスはラリーの過去の罪を知っていた。しかしながら、それも知らない振りをしていた。『自分が操られていることに気付かないのが、あまりにも愚かで見ていて面白かった』とガイルスは話しています。エヴァンズ・ラリーの罪を時系列で纏めますと、こうなります」


 そう言って、9番は頭上に文字を光らせた。


 1、およそ30年以上前、自警団ガベリア支部第十一隊に所属していた頃、確認出来るだけで児童買春及び性的虐待6件。被害者にロット・エンバーを含む。全て時効成立済。


 2、ロット・エンバーが在籍していた孤児院の世話役の女性、ロナー・ウリエが乗った馬車の馬に魔術を掛け、馬車は橋の下へ転落、ロナー・ウリエは死亡。その事故を自身で処理し、虚偽の事故処理票を作成。


 3、近衛団に入団し副団長となった後、自身の意に染まぬ団員に無実の罪を着せる、または失態を犯すように仕組むなどして不当に左遷させる。


 4、9年前、半ば脅迫を伴う形でエイロン・ダイスを同盟に潜入させ、精神的苦痛を与える。


 5、エイロン・ダイスの潜入でクーデターの情報を得ていたにも関わらず、意図的に隠蔽する。また、ベイジル・ロートリアンがエイロン・ダイス変貌の真相に気付きそうになったため、クーデター当日、銃弾が当たるかもしれない位置に彼を配置する。


 6、クーデター前後でセレスタ・ガイルスと共謀し、エイロン・ダイスを王宮の地下に監禁する。解放後も適切な治療を受けさせず、医務官ガミック・レットを通じ脅迫を続ける。


「……以上が、我々の把握しているエヴァンズ・ラリーの罪になります。セレスタ・ガイルスが関係するものとしては、6番でしょうか。それ以外はラリー個人の罪になります。

 ベイジル・ロートリアンの死についてですが、直接的にエヴァンズ・ラリーが原因、とは言えません。クーデターで銃撃があった瞬間、ロートリアンは魔術を使い弾道を自身の方へとずらしている。それがなければ、彼に弾が当たっていなかった可能性も否定出来ません。

 もちろんエヴァンズ・ラリーがロートリアンの行動を見越してあの場所に配置したことも考えられますが……、ラリー本人が死亡している以上、真相の解明は不可能です」


 全員が一瞬、こう考えたことだろう。ロットがエヴァンズを殺してさえいなければ……と。死んだ人間から自白を取ることは出来ない。このままでは、ベイジル・ロートリアンの死の責任は彼自身にあるということになってしまう。以前と同様に、殉職の一言で片付けられることになる。


「彼の死の責任は、セレスタ・ガイルスにある」


 審理官たちの沈黙に対し、アークがきっぱりと言い放った。


「クーデターを企てたのがガイルスであるなら、そこで犠牲になった者はガイルスが殺したも同じ。諸君、揺らいではならない。あのクーデターに大義などなく、突き詰めればただの殺人なのだ。

 そして我々魔導師の掟とはどのようなものであったか。学生時代から繰り返し、骨身にまで叩き込んできたはずだろう。言ってみろ、1番」


「はい。……魔導師はその力を用いて国民の安寧を守ることを使命とする。常に己を律し、正当な理由なくその力で他人を害してはならない。また、魔導師は如何いかなる理由があろうとも、人をあやめてはならない」


 1番は淀みなく述べる。魔導師ならばどこに所属していようと守らなければならない、鉄の掟だった。魔術学院の生徒はこれを覚えていなければ問答無用で退学になるほどだ。アークは頷き、言った。


「そうだ。セレスタ・ガイルスは明らかにこの掟に反している。それだけで十分な罪であることを、我々は心に留めておかねばならぬ。同じ魔導師としてな。……審理を続けたまえ。パウラ・ヘミンについて、16番」


「はい。パウラ・ヘミンは9年前、第二王女の侍女として王宮に仕えていました。しかしクーデター前後で地下に監禁されていたエイロンを目撃してしまったため、セレスタ・ガイルスによって彼の屋敷に幽閉されることに。ユーシア・ラットンの名で、現在まで使用人として働かされていました。彼女が屋敷外へ出ることを禁じ、しつけと称して魔術で精神的苦痛を与えることもあったようです」


「よろしい。では次、猟銃スター・グリスの盗難届について、8番」


「はい。こちらはセレスタ・ガイルスの供述に加え、物的証拠が二つあります」


 8番が掲げたのは、スター・グリスの『危険物等盗難届』と、ロイ・エランの日記帳だった。


「この盗難届に氏名があるように、最終的に処理をしたのはセレスタ・ガイルスとなっています。しかしながら、ガイルスはクーデターにスター・グリスを使用するためにこれを秘した。ここに名前のあるロイ・エランとケース・リービーは共に獄所台の刑務官ですが、ロイは故人、ケースは同盟に荷担した罪で既に収監されています」


「え、故人?」


 何人かの審理官が困惑していた。獄所台にロイ・エランが二名存在するからだ。


「ああ、失礼。ややこしいですね。現在、中央病院に入院しているロイ・エランとは別の人物です。入院中の方は、本名をロイ・ハリスと言います。

 私はケース・リービーの尋問も行いました。当初セレスタ・ガイルスの名前は出てこなかったのですが、5回目の尋問でようやく吐きました。崇拝というものは厄介ですね。魔術での尋問にも耐え得る力を与えてしまう……。

 ケースはガイルスの指示で、10年前、スター・グリスの盗難が世間に広まらないよう手を打っていました。その内容はこのロイ・エランの日記にも記されています。そして9年前、クーデターが実行される3ヶ月ほど前に、ケースはロイと共に獄所台へ異動となりました。

 ロイ・エランはその不自然な出来事に疑問を持っていたようですが、それは日記に書くに留めたようです。敵の正体が分からず、慎重にならねばならないと記述されていました。しかしながら、ケースが同盟と関わっているのではないかと疑ってはいたようです。

 ロイ・エランはクーデターから1ヶ月後に、官舎の自室で首を吊っています。ケースの供述によると、その前日に彼に呼び出され、同盟との関係について問い質されたそうです。そこでケースは焦り、彼に思考操作の魔術を掛けて自殺させた。

 遺体の検案はご想像通り、獄所台へ異動になっていた医務官のガミック・レットでした。彼はクーデター実行犯に行ったのと同じように、魔術の痕跡を故意に見落とし、ロイ・エランは自らの意思により首を吊ったと虚偽の報告をしました。

 ケースはその後しばらく大人しくしていましたが、セレスタ・ガイルスとの関係は現在まで継続していました。そして今回、監獄の情報を同盟に流そうとし、それをロイ・エラン……失礼、ロイ・ハリスに気付かれ、彼を猟銃で殺害しようとしたのです。その件についても全て自供を取れています」


「我々の仲間の7割は悪夢で消えたわけだが」


 アークが口を挟んだ。彼の言うように、悪夢から逃れられた獄所台の魔導師は、その日、何らかの理由でガベリアを離れていた者だけだった。

 ここに集まる者たちも、17名の内12名は悪夢の後に審理官になっている。自警団から新たに引き抜かれたり、生き残った刑務官の中から審理官へ転身した者たちだ。

 現在の監獄があるスタミシアの南特区は、当時は獄所台の魔導師たちの居住区域だった。遠く離れたガベリアの獄所台本部とは魔術のかかった連絡通路で繋がり、すぐに往来することが出来た。そういった理由で、非番だった魔導師は悪夢に巻き込まれず、獄所台の全滅という事態は避けられたのだ。


「生き延びた残りの3割にケース・リービーが()()含まれていたとは、私は考えていない。そうだろう、11番」


「総監の仰る通りです。ケース・リービーは、その日はガベリアを離れているようセレスタ・ガイルスに指示を受けたと話しています。要するに、悪夢が起こることは予想が出来た。もっと言えば、悪夢のきっかけはセレスタ・ガイルスだった。……エイロン・ダイスについて話しても?」


 アークは頷いた。


「構わん」


「はい。悪夢の起きる瞬間、エイロン・ダイスは自警団ガベリア支部の地下にある巫女の洞窟にいました。その頃のダイスの精神状態は、彼を実質的に支配していたエヴァンズ・ラリーが自警団に異動したことで、多少は改善していたようです。しかしながら同盟への潜入、仲間の死、地下への監禁が彼に与えた傷は深く、完全な回復には至らなかった。

 当時、ラリーに代わって副団長となったレンドル・チェスは、こう述べています。エイロン・ダイスは普段通りの任務に当たることも会話をすることも出来たが、常に表面的な会話だけで、深入りしようとすると拒絶された。ガイルスは、彼をそっとしておかなければならないと団員たちに言い続けていた。自分が状態を把握しているから大丈夫だと。

 そしてクーデターからおよそ二年が経過し、悪夢が起きました。あの日、ガイルスはエイロン・ダイスをガベリアの巫女タユラの元へ向かわせていました。これもまた好奇心からです。ガイルスは時間を掛けて、彼に思考を植え付けていたのです。……タユラを殺さねばならない、と」

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