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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
四章 闇の果て
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69、審判 一

 獄所台の審理室には所属する全ての審理官たちが集まっていた。総監のアークを含め、総勢18名。暗い部屋にいくつか浮かんでいるランタンの明かりはあってないようなもので、彼らの顔の輪郭だけをぼんやりと浮かび上がらせ、黒い制服は闇の中に溶けている。

 全員が大きな円卓を囲み、アークが口を開くのを静かに待っていた。


「諸君。我々はこれより、リスカス史上類を見ない犯罪を裁かねばならない。故に審理官の全員をここへ集めた」


 彼の言葉で、空気に緊張が走った。


「全ての罪人に平等なる判決を――それこそが我々の絶対的な信条。前例の有無を問わず、法にのっとり、慎重に、冷静に審判を下さねばならぬ。しかしながら罪に相応しい刑罰が、現在のリスカスには存在しない可能性もある。

 ……諸君らはこの意味を十分に理解出来るはずだ。おのれが今、審理官の役目に適さぬと思う者は去ってよい。同時に獄所台も去って貰うことになるが、その後の生活は保証しよう」


 含みのある言葉を述べ、彼はぐるりと審理官たちを見回す。しかし誰一人として、身動(みじろ)ぎすらしなかった。並々ならぬ覚悟と使命感。それが審理官としての彼らを形作っているのだ。その冷徹で揺るぎない姿勢が、外部の人間には『人の心を捨てている』と映るらしい。


「よろしい。では、セレスタ・ガイルスの審理を始めよう。まずクーデターに関する本人の自供を。3番」


 アークはそう指名した。審理官は、審理の際は番号で呼び合うのが通例だった。


「はい。まず、最も重要と思われる自供からお伝えします。9年前、彼がクーデターを起こそうとした理由です。非常に驚かれるでしょうが……これになります」


 3番と呼ばれた審理官は、自分の頭上に発光する文字を浮かび上がらせた。たった一言の単語。部屋がもう少し明るければ、審理官の多くが目を見開いたのが分かっただろう。


『好奇心』


 暗闇に浮かぶ文字は間違いなく、そう記していた。


「確かに本人が言ったことか」


 アークが問う。3番は頷き、尋問をした際の記憶を全員に見せた。間違いなくセレスタの口から、好奇心によってクーデターを企てたという言葉が発せられていた。


「……このようにセレスタ・ガイルスは、クーデターを起こすことでリスカスがどう変化するのか見てみたかったと供述しております。王族に恨みがあるわけでも、何かの政治的信念があるわけでもない。この国のあらゆるものを自分の手の上で踊らせ、破滅に導きたかったとのことです」


 3番は淡々と語った。


「狙いは国王ではなく、その背後に控えていた王妃でした。広場の方からあの舞台を見た場合、王妃は中央演壇の右後方に。ガイルスの供述と狙撃手の位置、狙撃の方向は合致するので、これは確定であると考えます。

 そして演壇右横には護衛として近衛団のエディト・ユーブレア、更にその前方には犠牲となったベイジル・ロートリアンが配置されていました。ベイジル・ロートリアンの死に関しては、セレスタ・ガイルスは関与を否定し、全てエヴァンズ・ラリーが仕組んだものであると話しています。審理の本筋から逸れますので、これは別にした方がよろしいですか」


「そうしてもらおう。……セレスタ・ガイルスは自らの好奇心を満たさんがために、リスカスの王妃を銃撃しようとしていた。それで間違いないか」


 アークの言葉に、3番が答えた。


「はい。私と5番、9番で重ねて尋問しております。間違いはないかと」


「どうだ、5番、9番」


「間違いありません」


 話を振られた二人は声を揃えた。


「よかろう。では、セレスタ・ガイルスがクーデター実行までに重ねた罪について審理していく。2番」


「はい。まず、セレスタ・ガイルスは反魔力同盟との繋がりがありました。遡ること25年前からです。当時のガイルスは39歳、既に近衛団長でした。表立って接触を図ることは無く、連絡役の人間を使ってまずは同盟に餌を与え、手懐てなずける。現在に至るまで同様の手口です。

 当時の同盟は、魔力を持つ人間に敵意を抱いていました。その最たるものが魔導師です。ガイルスは餌として、同盟が魔導師に危害を加えることの出来る状況を与えました。最も重要と思われるのが、22年前に起きたグレンダリー夫妻の事件です」


 審理官たちが僅かにざわめいた。反魔力同盟のグレンダリー夫妻。バル(飲み屋)で知り合った医務官を生きたまま解体し、井戸に遺棄した凶悪犯だ。彼らはガベリアの監獄に収容され、その後に悪夢で消えていた。


「被害者である医務官オリッド・レインは当時21歳、キペル第二病院で働いていました。経験は浅いですが、誠実な態度で周囲からの信頼も厚かった。酒は全く飲めない体質の彼がなぜ事件当時バルにいたのか、自警団の捜査では不明とされていましたが、それもガイルスが仕組んだことでした。

 レインは片思いをしていた女性に、飲みに誘われたのです。その女性はもちろんガイルスの手の者で、レインが彼女に恋愛感情を抱くように仕向けていました。こうしてバルに誘き寄せ、酔わせ、女性は彼を残して店から姿を消した。その後、連絡役の人間から指示を受けたグレンダリー夫妻が、店に来てレインを連れ出した。その後の顛末てんまつは知っての通りです。この事件は同盟の復讐心を大いに満たし、同時にガイルスへの崇拝を生んだ。顔も名前も分からぬ『大いなるお方』が、同盟の望みを叶えてくれると。

 セレスタ・ガイルスが同盟に手を貸した理由は、やはり好奇心でした。近衛団長という立場の自分が、正体を隠したままリスカスの治安を乱すことは可能なのか。それを知りたかった。そう供述しています」


 一気に話し終えると、2番は溜め息にも似た長い息を吐いた。彼は事件当時まだ自警団にいて、バラバラにされたレインの遺体をその目で見ていた。色々と思うところはあるが、審理官としては私情を排さなければならない。余計な言葉は、飲み込んだ。アークが静かに頷いたように見えた。


「では、連絡役の人間について。6番」


「はい。現在の連絡役は、ガイルス家執事マルク・ワイスマン、本名マーク・ドーシュです。彼は32年前、高等魔術学院を二年生の途中で自主退学しており、その後は名を変えてリエナ・ロジーという裕福な女性の元で従者をしていました。5年ほど務めていたようですが、その間にロジーの周囲で不審死が4件。全てマーク・ドーシュの仕業で、思考操作の魔術を使ったと供述しています。

 それから別の裕福な屋敷へ移り、従者から執事見習いを経て、執事に。そこでもやはり不審死が3件。そして19年前、セレスタ・ガイルスの元へ来ました。

 マーク・ドーシュは道徳や倫理観を持ち合わせない人間です。あらゆる悪を良しとし、悪事に手を染めることで快感を得る。その本質を見抜き、ガイルスの方から接触を図った模様です。

 9年前のクーデターでは、同盟への連絡役を担っています。ガイルスが書いたメモを、街ですれ違いざまに狙撃の実行犯に渡している。そのメモは自警団が入手していますね。……これです」


 6番は小さなメモ用紙を掲げる。近くに浮かぶランタンが一つだけ明るくなり、それを照らした。


「ガイルスの直筆です。今までずっと正体を隠していたのに、なぜこのように証拠が残るような危険な真似をしたのか。それは他人を信用していないガイルスが、自分で確実に実行犯を殺害するため、この紙に思考操作の魔術を仕込んでいたからです。もっと正確に言うと、文字に」


 6番がメモの表面をすっと指で撫でると、そこに書かれているものがそのまま、青白い文字として彼の頭上に浮かんだ。


 ――変更。花火、最後の一発で、指示通りに。


「これはクーデターの指示でもあり、同時に実行犯への魔術でもあります。この文章の文字を上下、あるいは左右反転し、古代キペル語で解釈すると……」


 浮かんだ文字が上下左右に反転していく。全くでたらめな文字のように見えるが、数人の審理官ははっと息を飲んだ。彼らは古代キペル語を理解している者たちだ。


「実行直後、首を切って自害せよ、となります。実行犯が古代キペル語を理解していたかどうかは問題ではない。この文字が目に入った時点で、対象は魔術に掛かっているのです。かなり高度な技ですが、魔術の英才教育を受けてきたセレスタ・ガイルスであれば可能でしょう。

 実行犯の遺体の検案は、当時中央病院の医務官だったガミック・レットが担当しています。彼はもちろんガイルスの手の者ですから、遺体に残る魔術の痕跡は()()()見落とした。そして自らの意思による自殺と断定し、自警団や近衛団に報告しました。14番が尋問を担当したと思いますが、どうですか」


 話を振られ、14番が口を開いた。


「ええ。我らが獄所台所属の医務官が、今はその監獄にいるとはねぇ……。入職時の検査が、刑務官や審理官ほど厳しくないのがいけないと思いますよ。思想は徹底的に調べるべきだったんじゃないかと」


 彼は、他の審理官とは少々毛色が違うようだ。アークの何か言いたげな視線に気付き、14番は慌てて話を続けた。


「失礼。ガミック・レットは尋問で、クーデター実行犯の死因についての虚偽、パウラ・ヘミンの偽の死亡診断書の作成、エイロン・ダイスの恣意しい的な治療、その全てを認めています。クーデター後、自警団が手を出せないようガイルスによって獄所台へ異動させられたことも」


「よろしい。6番、続けてくれ」


「はい。狙撃に使用された猟銃スター・グリスは、実行犯の自害後にマーク・ドーシュが回収しました。ドーシュは頃合いを見て、スター・グリスをサリス狩猟専門店の床下に隠した。鼠取り業者にふんし、床下に鼠がいるといって店に入り込んだそうです。当時の店主であるゴレム・サリスは簡単に騙された、と。

 メモに関しては、読んだらすぐに燃やすようマークが指示していたそうです。しかしながら、実行犯はそうしなかった。単なるミスなのか、事の重大さに怖じ気付き証拠を残そうとしたのか……。結局、それは同盟の倉庫でアーレン・デミアによって発見され、紆余曲折を経て我々の手中にあります」


 その想定外の出来事が無ければ、セレスタ・ガイルスは野放しのままだった可能性が高い。審理官たちは口に出さずとも、運命というものの複雑さを感じていたのだった。


「よろしい。マーク・ドーシュ以前の連絡役はどうなっている」


 アークは淡々と話を進めていく。


「はい。全員、死亡しております。口封じの為に、定期的に……という表現が適切かは分かりませんが、セレスタが思考操作の魔術で自害させていました。25年間で、総勢31名です」


 さすがに審理官たちも驚きを隠せなかった。クーデターだけでも大罪だというのに、加えて31人の殺人。最初にアークが言った『罪に相応しい刑罰が、現在のリスカスには存在しない可能性』が、眼前に迫ったようだった。

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