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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
四章 闇の果て
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63、歓迎

 ノーマの手痛い歓迎と、叔父と叔母にハグとキスの嵐を受け、カイは懐かしいマリオット家に迎え入れられた。過去に彼らと共に暮らした空間は昔とほとんど変わらず、カイは自然と心が落ち着いていくのを感じる。我が家とは呼べないまでも、この家は確かに彼が帰る場所ではあったのだ。


「全く、元気そうじゃないか、カイ。寒がりなお前がキペルでやっていけるのか心配してたんだ」


 そう言ってカイの髪をぐしゃぐしゃに掻き回す叔父のクレイグは、パトリーと良く似た優しい眼差しの男性だ。焦げ茶色の髪に何本か白髪が混じっていたが、それ以外は気力も体力も若々しいままのようだった。


「顔を良く見せてちょうだい、坊や。すっかり男前になっちゃって」


 頬にキスの雨を降らせる叔母のナタシアは、ノーマと同じくすんだブロンド髪を持つ恰幅のいい女性だった。結婚前は製材所でばりばり働いていた、かなりの力持ちだ。

 二人の大歓迎にたじろぎながらも、カイは笑っていた。この優しさに甘えないようにと3年近く距離を取ってきた分、彼らの変わらない愛情を嬉しく感じていたのだ。


「ねえ、もういいでしょ、カイが潰れちゃう」


 ノーマが笑いながら、二人に挟まれるカイを引っ張り出した。


「カイの部屋、ちゃんと残してあるよ。行こう!」


 そのままカイの手を引いて、逃げるように三階へ上がった。階段を登りきり、ノーマはカイに向き直って言った。


「ね? 私たちがどれだけあなたを待っていたか、分かったでしょ」


「うん。想像以上だった」


 カイはクレイグに乱されてめちゃくちゃになった髪を、手櫛で何とか整えた。


「ありがとう。嬉しいよ、こんなに歓迎されて」


「えへ。カイは自分で言ったことは守るって、分かってたもん」


 その言葉にカイが怪訝な顔をすると、ノーマはこう続けた。


「魔術学院へ行く前に私に言ったこと、覚えてない?」


 ――今までありがとう、ノーマ。立派な魔導師になって、今度は俺が守ってあげるから。


「……言ったな。確かに」


 今にして思えば、たかだか13歳の子供が何を言っているんだと恥ずかしくなる。しかしその時は、本気だったのだ。

 7年前に母親の元からマリオット家に保護され、中央2区にある初等学校に転校してきたカイは、早々に嫌な目に遭っていた。教師たちがカイについて話しているのを盗み聞いた児童が、クラス中に言い触らしていたのだ。「あいつの親はメニ草中毒だ」と。

 攻撃的なことはされなかったが、誰もがカイを遠巻きにした。遊びの仲間には入れて貰えないし、向こうから話し掛けてもこない。こちらから話し掛ければ、あからさまに怯えた目で見返される。

 まるで自分が何かの犯罪人みたいな気分だった。それでも、じっと我慢した。クレイグは無理をして学校へ行かなくてもいいと言ったが、カイにとって唯一の希望、魔導師になるという夢を叶えるには、何としてでも予備課程まで通って卒業しなければならないのだ。

 段々と感情が乏しくなったカイの代わりに、ノーマはいつも泣いたり怒ったりしていた。カイが数人に囲まれてからかわれていれば、例え上級生が相手であろうと突撃して罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせた。その後に「だってカイは悪くないもん」とわんわん泣いていた。

 そんな日々が数ヶ月は続いたが、ある日、ベックというクラスメイトの親が横領で自警団に捕まるという事件が起きた。お決まりのように「お前も泥棒だ」と仲間外れにされるベックを見て、カイがついに切れた。


「お前ら、ベックに何かされたことあんのか。ないだろ? そんなめちゃくちゃな理由で仲間外れにされるって、すごく辛いんだぞ。自分がやられなきゃ分かんないのかよ!」


 今までずっと黙っていた彼が、ノーマさながらに泣きながらそう訴えた。ベックへの同情心もあったが、カイ自身の本音でもあったのだ。

 それが少なからずクラスメイトの心に響いた。ベックを初めとして、徐々にカイに声を掛ける者が増え、学年が上がる頃にはすっかり打ち解けていた。相変わらず泣いたり怒ったりするノーマも、笑顔でいることの方が多くなっていた。


「ノーマがいなかったら、俺は殻に閉じこもったままだったと思う。一番辛いときに守ってもらったからそう言ったんだよ、確か」


 カイが微笑むと、ノーマは驚いたように目をしばたいた。


「あなた、本当にカイ? 偽者じゃないよね?」


「なんでだよ」


「だって気持ち悪いくらい素直で優しいんだもん。あっ……、分かった。キペルで恋をしたんだ。そうでしょ?」


 ノーマはカイの腕を掴んで、顔を輝かせた。それは図星と言えば図星で、カイは若干、彼女から目を逸らした。


「ほらやっぱり。ねえ、聞かせて! どんな人? どこで出会ったの?」


「年上の既婚者」


「えっ」


 もちろん冗談だったが、ノーマは分かりやすく動揺し、後ずさって壁に背中を張り付けた。


「嘘でしょ、カイ。そんな泥沼みたいな恋をしているの?」


「嘘に決まってるだろ。本当は、一つ下のお嬢様だよ」


 さらりと本当のことを伝えると、ノーマは更に驚いたようだった。


「お嬢様! すごい。きっと報われないんだね……」


 そう言ってしんみりした顔になるのだった。


「身分違いの恋っていうやつでしょ? 最後はお嬢様の両親が二人を引き離してしまうっていう。なんて切ない……」


 それは悲恋小説の読みすぎだと言いたかったが、本気にしているノーマが面白いのでカイは否定しなかった。いつかフローシュに会わせてあげたら、驚くだろう。何となく二人は気が合いそうだ。そんな場面を想像して、自然と笑みが溢れた。

 カイは不思議に思った。少し前まで自分が、何度か死にかけ、友人を失い、人の悪意に触れて絶望していたとは思えないほど穏やかな気分だった。帰ってきて良かったと、心からそう思えたのだった。





「では、諸君。これより審理の結果を元に、ロット・エンバーに対する判決を下す」


 獄所台総監、アーク・ハイグリーの厳かな声がそこに響く。獄所台の審理局、俗に『密室』と呼ばれる審理室では、彼の他に7名の審理官が円卓を囲んでいた。部屋の中は暗く、彼らの黒い制服は闇の中に溶け、顔の輪郭だけが辛うじて浮かんでいる。

 審理官たちの立場は皆平等であり、卓にも上座というものはない。彼らはリスカスの法に基づいてあらゆる私情を排し、罪に対する刑罰を定める。情状酌量は存在しない。彼らは人を裁くのではなく、絶対的に罪を裁くのだ。


「一同、全ての罪人に平等なる判決を」


 彼らの頭上に、青白く発光する文字が浮かぶ。アークはそれらを見回し、静かに頷いた。審理官らの判決は全て一致している。


「よろしい。ロット・エンバーの監獄への収容期間は、25年とする。ただし」


 アークは付け加えた。


「彼が山の民族の血を引く人間であることを考慮せねばならない。山の民族は寿命が短いとされている。およそ50歳前後だ。ロット・エンバーは現在41歳、純血ではないにしても、刑期を終える前に寿命が尽きる可能性はある。本人も承知の上だ。その場合、そこで刑期は終了とする。異論はあるか」


 沈黙。異論の無いことを確認した彼は、立ち上がり、感情の伴わない声でこう締め括った。


「以上でロット・エンバーに関する我々の役儀を終え、刑務局へ引き継ぐこととする。一同、解散」

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