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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
四章 闇の果て
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52、引き渡し

「申し訳ありません、レナ医長。私が仕事を増やしてしまいました」


 近衛団本部の団長室にエディトとレナの姿があった。二人はテーブルを挟み、応接用のソファに向い合わせで腰掛けている。時刻は22時、窓の外は静かな暗闇だ。

 エディトの言う仕事とは、セレスタの治療のことだった。確保の際に彼女が右手を切り落としたからだ。


「あなたがあそこまでやるとは、意外だった。まあ、治せたけどな」


 レナは何でもないことのように言ってから、姿勢を正した。


「それで、奴はすぐに獄所台へ?」


「はい、あちらの準備が整い次第。獄所台総監には話を付けてあります。セレスタの尋問で得られた情報は、全て近衛団と自警団にも提供すると。前例の無いことですが、向こうにも臨機応変というものがあったようです。

 今回の件で確保した者たち、同盟の人間や……ロットやアーレンなども、追って獄所台に収監されることになります」


 エディトは疲れた顔で、遠くを見つめた。


「まだ全て終わってはいないのに、なんでしょうか、この脱力感は。しかしこんな腑抜けた姿、団員には見せられませんね」


「休めと言いたいところだが、そうもいかないんだろう。うちにも、そうやって走り続けてきた女がいる」


「イーラ隊長のことですね。彼女の容態は?」


「エスカから報告を受けている間は起きていたが、それからずっと眠っている。安心してそのままくたばるんじゃないかと思ったが、しぶとく生きてるよ」


 そんなことを言うが、レナの言葉からは安堵が感じられた。


「何よりです。ところで、医長。これは総監からの話なんですが」


 エディトが表情を引き締める。


「9年前のクーデターの件に関し、我々も獄所台の聴取を受ける必要があるとのことです」


 レナがさっと眉間に皺を寄せた。


「今さら、何だ」


「ベイジルのことです。私は彼の死を最も近くで見た。医長は彼の遺体の修復に携わった。あの事件を再度掘り起こして裁くには、セレスタ本人の自供だけでは不十分だと。我々はもう一度……、思い出さなくてはなりません」


 エディトの言葉に、流石にレナも表情を固くした。ベイジルのあのむごたらしい状態。カイには絶対に伝えられないような、残酷な光景だ。


「……まさか、カイも聴取を受けるとは言わないだろ?」


「ええ、ベイジルの件に関しては。彼は当時、小さな子供でしたし。しかしエイロンの件では、彼に被害を受けた全員が聴取を受けることになりそうです」


 つまり、エイロンに殺されかけたカイ、ルース、エーゼルの三人だ。


「聴取……。文字通りなら構わないが、早い話が魔術での尋問だろう。犯罪人でもないのに」


 エディトに言っても仕方がないことは理解しつつ、レナは憤慨した。


「奴らは今まで散々傷付いてきた。尋問なんかして、病院の精神棟送りになったらどうしてくれる」


「我々に拒否権はありません、医長」


 エディトは冷静に返した。


「事前に通告して貰えたのがせめてもの温情だと思わなければ。私も心苦しいですが、獄所台とはそういう組織です。

 しかし、自警団から医務官を帯同することには許可を貰いました。精神面の治療に長けている方がいれば、一名のみ帯同していいと。医長は聴取を受ける側ですから、あなた以外で」


「なるほどな……。最低限の歩み寄りだ」


 レナは考えた。精神面での治療に長け、信頼出来る医務官。思い当たるのはベロニカだった。


「分かった。それで、聴取の日時は」


「追って連絡がありますが、一週間以内には。カイたちにはエスカを通して連絡が行っているはずです」


 そのとき、壁を抜けて飛んできたナシルンがエディトの肩に止まった。彼女は数秒目を閉じ、小さく息を吸ってから再びレナを見た。


「……獄所台の準備が整ったそうです。行きましょう。セレスタ・ガイルスとエイロン・ダイスを、獄所台へ引き渡します」





 黒塗りの大きな馬車が自警団本部の前に停まり、そこから獄所台の魔導師が四名、降りてくる。ハーリックやシリーなど、かつてコールの部下だった者たちだ。

 彼らは重々しい気分で本部の扉の前に立つ。エイロン・ダイス――ガベリアを消し去った重罪人の遺体を引き取る。ただ裁くためだけに。結末は彼らにも分かっているのだ。エイロンにどんなにむべき事情があろうとも、既に亡骸になっていようとも、悪夢を起こした責任は彼が取らなければならないのだと。

 呼吸を整え、ハーリックが扉を開ける。黒い棺は広間の中央に安置されていた。その周囲に、30名ほどの隊員たちが立っている。その中に一人だけいる私服姿の少年は、あの山の民族の子だとハーリックは思った。ガベリアが甦った日、支部の側で倒れていたのを見ている。会うのはそれ以来だ。


「お待ちしていました」


 前に進み出たのは、自警団長のウェインだった。彼が死んだとされていたことも、それが嘘だったことも知らないハーリックたちは、特段驚いた様子も見せなかった。


「ずいぶんと大人数での見送りなのですね」


 シリーが言った。嫌味ではなく、単純な驚きだ。


「各隊の隊長副隊長、それと、エイロンのかつての教え子たちです」


 ウェインは隊員たちを見回した。ぱっと見る限り皆、若手だった。エイロンが魔術学院の教官を勤めた三年間の教え子。エイロンが担任を勤めたのはルースたちが最後で、他はその一期、二期上の隊員だ。その他にカイやエーゼルなど、彼に関わった隊員たちもいる。


「そうですか……」


 ハーリックは胸が締め付けられる。エイロンが立派な魔導師を何人も世に送り出した人物だということは、この光景を見れば明らかだ。しかし、ここは冷静に任務を遂行しなければならない。


「引き取る前に、棺の中を確認させてもらいます。エイロン・ダイス本人であることを確かめなければなりません」


「ええ、こちらを」


 ウェインが差し出したのは、分厚い自警団登録簿だった。自警団や近衛団に関わらず、魔導師として登録された者の情報が全て記録されている。ハーリックはそれを受け取り、獄所台の仲間に頷いて見せた。彼らは棺の周囲に集まり、そっと蓋をずらした。精悍なエイロンの顔が、そこに眠っていた。


「シリー、霊態タイプの照合を」


「はい」


 シリーはエイロンの額の上に手を翳す。そこから浮かんだ白いもやを指先に絡め取ると、ハーリックが持つ登録簿の上に落とした。登録簿がひとりでに捲られていき、開かれたページに、エイロン・ダイスの名が赤く記されていた。


「間違いなく、エイロン・ダイス本人ですね」


 数人のすすり泣く声を背に、ハーリックは登録簿を返し、棺の蓋を閉じた。


「あっ、ブロル……」


 誰かの呼び止める声に続いて、人影がハーリックの横に立つ。目を赤くしたブロルだった。


「お願いがあるんです。エイロンを乱暴に扱わないで。僕の大切な、かけがえのない家族なんだ」


 彼は体の横で拳を強く握り、そう声を震わせた。ハーリックはブロルの肩に手を置き、頷いた。瑠璃色の瞳が涙に揺れる。ブロルは唇をきつく結び、棺をじっと見てから、下がっていった。カイがそっと彼の肩を抱いた。


「では、行きます」


 ハーリックたちが棺を持ち、歩き出す。魔術で軽量化したとはいえ、なぜこれほど重く感じるのか。理由は分かっている。エイロンがセレスタという巨悪の犠牲者であることを、心の底では理解しているからだ。

 隊員たちは二度と戻ってくることのない彼を、静かに敬礼して見送っていた。

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