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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
一章 思惑
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19、内通者

 会議室が静まり返る中、ロットの拳が、エヴァンズの前のテーブルに振り下ろされた。ガン、と派手な音が鳴り、エヴァンズは驚きに目を見開く。

 ロットは怒りを押し殺した声音で言った。


「あなたは何の罪もない少年から、敬愛する父親を奪った。良心は痛まないか。魔導師として、恥ずべきこととは思わないのか?

 理由はこうだ。エイロンが犯したとある罪をベイジルが発見し、それをあなたに報告した。だが、あなたはそれを揉み消そうとした。エイロンはお気に入りの部下……もとい、便利な駒だったからな。

 あなたは9年前のクーデターの情報をあらかじめ掴んでいたはずだ。誰が狙われ、どの方向から、どこへ向かって弾丸が放たれるか知っていた。となれば、後は簡単なことだろう。その位置に、警備と称してベイジルを配置すればいい。一か八かの計画だったが、実際、何も知らない彼はいたずらに命を奪われた。口封じのために」


 エヴァンズは青ざめた顔で唇を戦慄(わなな)かせるだけで、答えなかった。隊長たちから、反逆者だ、魔導師の恥だと怒号が飛ぶ。


「クーデターの情報はどこから手に入れたんだ」


 フィズが声を張り上げると、怒号は一旦収まった。ロットはエヴァンズから離れて自分の席に戻り、こう言った。


「皆、よく聞いてほしい。察しの付いている者もいるだろうが、エイロン・ダイスは『反魔力同盟』のメンバーだった」


 そのときだった。会議室の扉が勢いよく開き、第一隊の隊員が駆け込んで来る。


「失礼致します! ロット隊長!」


「どうした」


 隊員は早口に話した。


「先ほど捕らえた襲撃犯三人の内、一人が尋問で口を割りました。自分は反魔力同盟の人間で、自警団内部の手引きで襲撃を決行したと。第一隊が出払っている隙を狙い、ルース副隊長が保護した参考人の少女を連れ去るためだそうです」


「誰が手を引いた」


「名前を聞き出す前に気を失いました。ただ……その人物は、医務官だと」





 ミネは臨時で作られた医務室の窓からバルコニーに出て、深呼吸をした。息は白く煙り、宙に消えていく。

 やけに明るい月を眺めながら、彼女はルースの無事を祈った。何も出来ないのが歯痒いが、自分のこの脚では、何をしても足手まといになるだけだ。


「少し休んだらどうですか、ミネさん。後は僕が引き継ぎます」


 最初に襲われた医務官のエドマーが、すっとミネの横に立った。出血が多く青ざめていた彼の顔色はすっかり良くなり、そばかすのある頬には寒さで赤みが差している。


「偉そうなこと言える立場じゃないですけど」


 エドマーはそう言って、照れくさそうに焦茶色の髪を掻いた。ミネは弱々しく微笑み、こう返した。


「うん。でも、何かしていないと落ち着かなくて……」


「最近ずっと休み無しじゃないですか。レナ医長が中央に出向してるから。こんなときでも帰って来ないのかな、医長」


「仕方無いよ。医長の魔術がなければ死んでしまうかもしれない人たちがいるんだから」


 中央とは、キペルの中央病院のことだ。そこには魔術によって傷を負った人々が入院している。ガベリアの悪夢以降に発生し出したその患者は、今も増え続け、もはや病院の医務官の手だけでは足りない所まで来ていた。


「魔術で負わされた傷は、凄く厄介だもの……」


 ミネは自分の右脚に視線を落とした。二度と元には戻らないと知りつつも、もしかしたらと希望を抱いてしまうのが虚しい。

 エドマーは気を遣ったのか、ミネから顔を逸らして言った。


「僕ももっと、魔力が強ければ病院で役に立てるんですが。きっとお呼びじゃないですね」


「そんなことない。喉元を切られてとっさに止血出来るなんて、なかなかのことだよ」


「死にたくないと思って必死になっただけですよ。僕、まだ若いですから。……それよりもクロエが心配です。目を覚ましたはいいけど、何も喋らないし」


 ミネは頷いた。クロエはあの時何が起こったのかについて、頑なに口を閉ざしている。仲間を助けたのだから、ありのままを話してくれればそれでいい。不必要に口を閉ざせば監察部の隊員に尋問を受けるかもしれなかった。


「そういえばクロエって、あまり自分の話はしないよね。エドマー、何か聞いたことある?」


「いいえ。僕はあの子の出身地すら知りません」


「そっか……。あんまり話したくないみたいだから、私も詳しく聞いたことはないんだ。一生懸命仕事してるし、問題無いとは思ってるんだけど」


 本当に問題はないだろうか――ミネはここへ来て、何故だか急に胸騒ぎを覚えた。


「プライバシーの問題っていうのもありますしね。僕らが根掘り葉掘り聞くのもおかしいというか。ところで」


 エドマーは不意に、ミネに顔を向けた。


「セルマは無事なんですか?」


「あ、うん。何処にいるかは言えないけど、無事だと思う」


 フィズが会議室に向かった後、言い残したことがあったとナシルンを送って寄越していたのだ。

 曰く、地図上の巫女の洞窟には、ルースの霊証と一緒にカイとオーサンの霊証もあった。つまり、オーサンが連れて逃げたセルマもそこにいる可能性が高いということだ。


「良かった。……何処にいるかは、知ってるんですね」

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