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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
四章 闇の果て
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42、良い報告

 夕刻、第二隊の隊長室にはルースが呼び出されていた。エスカが各地に派遣していた隊員が、気になる報告を送ってきたのだ。


「僕に関係があることなんですか?」


 ルースが尋ねる。


「もちろん。キペルの西10区、グラント家に向かわせた隊員からの報告だ。単刀直入に言おう。そこの庭師の男が、17年前、お前をオルデンの瞳に投げ入れたと自供した」


 エスカの言葉に、ルースは目を見開いた。確かに記憶はある。ガベリアへ続く洞窟で、あの白い鹿に出会って思い出した記憶だ。誰かに湖の中へ落とされ、その鹿に助けられた。しかし、その前後は曖昧だった。


「本当ですか? ……でも、僕はほとんど覚えていないんです。自分が何故そんな目に遭ったのか」


「溺れたショックで忘れてしまったんだろう。男の名前はドリス・フィー、現在55歳。元々はメニ草の売人で、子供を『無垢な労働者』として連れ去る役割だった」


 エスカが不快そうに顔をしかめた。メニ草中毒の親から子供を奪い、メニ草畑で働かせる――ただでさえ卑劣な行為だが、かつてはカイが狙われていたことも、アーレンが無垢な労働者であったことも知った今では、余計に許しがたい。ルースも同じような顔をしていた。


「ドリスの話によると、17年前、子供の連れ去りの現場をお前に目撃された。だから、口封じの為に気絶させて湖に投げ入れたそうだ。何も覚えていないか?」


 ルースは首を横に振る。表情が少しかげっていた。


「全く、何も。……つまり僕は、誘拐の現場を見たのに止められなかったんですね」


「いいや。ドリスはお前を湖に投げ入れたことで怖くなり、誘拐を止めて逃走した。奴は未だにお前を殺してしまったと思っている。だからこそ売人からはすっかり足を洗い、今まで庭師として真面目に生きてきたそうだ。大いに反省はしているようだな」


「僕が生きていることは、伝えていないんですか?」


「まだ正式な尋問の前だ。こっちがわざわざ心を楽にしてやる理由もない」


 エスカは肩をすくめた。


「今はスタミシア支部の地下に留置されているが、いずれドリスは本部の方に回されるだろう。その時に、お前が直接会って驚かせてやればいい」


「エスカ隊長。……悪趣味ですよ」


 ルースはそう言って眉根を寄せる。


「真面目に言っているのさ。自分が殺人を犯していなかったと分かれば、その安心感と解放感で口が軽くなる。で、自分の罪を洗いざらい話してくれるかもしれないぞ。尋問なんかしなくてもな」


 エスカの意図を理解し、ルースはふと表情を和らげた。反省している人間に対して、尋問で精神的に追い込むつもりはないということだろう。


「まあ、黙秘しようとするなら躊躇しないが。何にせよ、目の前の問題が解決してからの話だ。パーティーは明後日に迫っている。戻っていいぞ。第一隊も忙しいだろう?」


「ウェイン団長がいるので何とか。自分より上の人間がいるというのは正直……、楽ですね」


 そう言って、ルースは微笑んだ。


「だろうな。隊長になって、俺も実感している」


 エスカは少し寂しげな顔になった。ルースにも、その理由は察しが付く。


「……イーラ隊長の具合はどうなんですか?」


「一日の大半は眠っているそうだが、まだ頭はしっかりしている。出来るだけ早く、いい報告をしたいところだ」





「ここ、いいか?」


 食堂で黙々と夕食を摂っていたカイの前に、ぬっと大柄な人物が現れた。


「フィズ隊長……。あ、どうぞ」


 意外な人が来たと驚きながらも、カイは向かいの席を勧めた。フィズはトレーをテーブルに置くと、窮屈そうにそこへ収まる。トレーの上の食事は案の定、大盛だった。


「俺に何か用事ですか?」


「まあ、色々とな。先に平らげさせてくれ。昼飯もほとんど食べられなかったから、腹が減った。お前も食べたらいい」


 言うが早いか、フィズはものの数分で食事を平らげ、ふうと息を吐いた。他人には真似が出来ないような早食いだ。


「それで、カイ。伝えたいことがあったんだが」


「はい」


 カイは一応、持っていたスプーンを置いた。フィズが笑った。


「真面目だなぁ。第三隊の奴ら、俺が話していても絶対に食事の手を止めたりなんかしない。とりあえず、お前はラシュカの心配をしていただろう?」


「はい。オーサンの友達だからと、学生時代からお世話になっていたので……。今はどんな様子ですか?」


「それが、気力を取り戻したみたいでな。近い内に復帰するそうだ。エディト団長から連絡が来た」


 カイは思わず身を乗り出した。


「本当ですか? 何があったんでしょう」


「元気が出るような訪問者がいた、としか聞いていない。何にせよ、良かったな」


「はい。とても」


 嬉しそうに頬を弛めるカイを見て、フィズは思う。一体どうすればこんなふうに、自分が苦しいときでも他人を思い遣れる人間に育つのだろう、と。

 性格に優し過ぎる部分があり、魔導師には向いていない可能性がある――以前に学院から送られてきたカイの資料には、そう記してあった。新人を各隊に振り分けるための資料だ。それを元に、隊長たちが話し合って新人の配属先を決定する。

 カイの資料には特記事項があった。フィズはそれを見たときの衝撃を、未だに覚えている。


『9年前のクーデターで殉職した近衛団員ベイジル・ロートリアンの長男。母パトリー・ロートリアンはメニ草中毒によりスタミシア第三病院にて加療中』


 まさかと思った。ベイジルの葬儀で呆然としていたあの小さな男の子が、魔導師に。なぜ自らいばらの道を行こうとするのか、その時は理解が出来なかった。

 彼の境遇を思い、スタミシア支部の比較的緩やかな隊に入れてはどうかと提案したのはフィズだ。カイの学院での成績は取り立てて優秀という訳でもない。新人は実力に見合った隊に入れるのが基本だ。

 しかし、ロットがそれを拒んだ。カイは第一隊に入れ、厳しく鍛える必要があると。今にして思えば、ロットはカイを辞めさせたかったのかもしれない。そうすればこれ以上、彼が辛い目に遭わずに済むから。

 だが思惑は外れた。誰しも、厳しい訓練に食らい付くカイの根性には驚かされたことだろう。ベイジルのことを抜きにしても、彼は強い人間だと認めるしかなかった。


「そういえば、ラシュカさんも第三隊だったんですよね?」


 フィズの思考を遮るように、カイが言った。


「あ? そうだな」


「不思議に思ってたんですよね。第三隊に配属される決め手って何なんでしょう。戦闘好きとか、がさつとか、乱暴とか」


 指折り数えながら、カイはフィズの不満そうな表情に気付き、慌てて付け加えた。


「当てはまらない人もいるじゃないですか。ほら、エスカ隊長だって新人の頃は第三隊だったって……」


 今のイメージからすると、彼が第三隊はあり得ない。しかしながら事実だし、エスカは6年もそこにいたのだ。

 フィズは昔のことを思い返しつつ話した。


「あいつはなぁ、ずば抜けて目付きが悪かった。学院で何があったのか知らんが、二年の終わり頃から荒れまくって退学寸前だったらしい」


「えっ」


 思わずカイの口から声が漏れた。


「その割に成績優秀で魔術にもけているから、他の隊じゃ恐らく手に負えないってことで、当時の隊長がうちに入れた。まぁ、あれこれと問題ばっかり起こしやがったぞ、あいつは」


 フィズはちらりと周りを見て、ほんの少し声を落とした。


「今じゃ隊長様だから、あんまり言えないけどな。それにしたってむかつく野郎だった」


 相当鬱憤(うっぷん)が溜まっているらしい。これ以上聞くのは悪いと思いつつも、エスカの過去はカイも気になるところだ。頷いて先を促した。


「まず上官への尊敬が全く無い。最初の会話が、俺が奴の名前をちょっと長いと言ったことに対して『このクソ野郎が』だからな。それからずっと、俺がどれだけ怒鳴り散らそうがどこ吹く風だ」


「エスカ隊長、そんなことを。……でもそんなに長いですか? 彼の名前」


 エスカ・ソレイシアは一般的な長さの名前だ。


「本名が長いんだよ。エスカは略称だ」


「そうなんですか。初めて知りました」


「メモっておけ。ユージーン・セルジュ・クスティ・オーガスト、頭文字を取ってエスカ。書類のサインが面倒なことになるから、そういうふうに登録しておけと俺が言った」


「覚えてたんですか、フィズ隊長」


 そこに驚いた。がさつに見える彼なら、聞いた次の瞬間には忘れていそうだ。


「むかつくから覚えておいてやった。指導担当は最悪なことに、俺だったし」


 フィズはフンと鼻を鳴らした。名前をちゃんと覚えた彼といい、彼に言われた通り略称を登録したエスカといい、実はそんなに仲は悪くないのではとカイは思う。


「しかしな、目付きは悪くても、稀に見る美形ってことには変わり無い。素行がまともになったら第二隊に異動させるように、最初からイーラ隊長に言われていた。この調子じゃ無理だと思ったんだが、案外、根は素直な奴だった。まぁ、学生時代に何があったのかはあいつの同期にでも聞いてみたらいい。俺は興味がないから」


 本当は気になっているみたいな言い方だと思ったが、カイは黙って頷いた。


「じゃ、ラシュカのことは伝えたし俺は行くぞ。明後日のことで上長会議もある」


 フィズは立ち上がり、去っていった。カイはすっかり冷めたスープに口を付けながら、二日後のことを考える。


(セレスタが捕まれば真実が分かるんだよな。それがリスカスを引っくり返すような真実でも……)


 それで全てが終わるとは思わない。しかし少なくとも、エイロンの死やベイジルの死は報われるのかもしれない。

 じっと見つめたスプーンに自分の顔が逆さに映っている。右耳のピアスが、小さく光った。


(俺は俺の仕事をするだけだ。フローシュに、笑顔で会おうって約束したしな)


 カイは残りの食事を掻き込み、颯爽と席を立った。

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