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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
四章 闇の果て
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38、手紙

 ルースと手合わせして流血沙汰になった日の午後、カイは図書室に来ていた。いつもそこで古い資料を翻訳しているブロルに会うためだ。彼と話すと、どことなく心が落ち着くからだった。

 少し傾いた日が射し込む窓の側で、ブロルは外を見ていた。カイが近付いても振り向くことなく、どこかぼんやりした表情で一点を見つめている。カイは彼の視線の先を追うが、見えるのは庭に並ぶ枯れた灌木かんぼくくらいだ。

 ブロルが昨夜から自警団長の元へ行っていたという話は、ルースから聞いていた。絶対に外部には漏らすなという忠告付きだ。もしかすると、そこで何かあったのかもしれない。


「……ブロル?」


 遠慮がちに声を掛けると、彼ははっとしたようにカイに顔を向けた。


「あ、ごめん。ぼーっとしてて」


 そう言って、弱々しく笑った。


「魔力、完全に戻ったって聞いたよ。良かったね」


「ありがとう。それより、元気ないみたいだけど」


 カイがじっとブロルの顔を見ると、彼は反射的に目を逸らした。


「何でもない、大丈夫」


「そんなわけないだろ。昨夜、何かあったのか?」


「ううん。だって、ウェインに……自警団長に会えたのは、僕にとってはいいことだったし」


 ブロルは窓枠に軽く腰掛けながら微笑んだ。カイも何となく彼の隣に腰掛ける。背中に当たる陽射しが暖かく、他に人もいないその空間には静かな時間が流れていた。


「前に、僕らが住む山へ来ていた研究者の話をしたの、覚えてる? それがウェインだったんだ」


「そうなのか」


 カイは特に驚いた様子を見せなかった。今までの過酷な経験を経て、驚きの閾値がずいぶんと上がっているようだ。


「うん。ウェインはね、僕の家族が落雷で死んだ後、すぐに山へ来てくれた。街の方からでもその稲光が見えたから、心配になったんだって。本当に助かったよ。みんなを埋葬したり……僕一人じゃ何も出来なかったから。彼は今も、僕の家族を覚えていてくれた。それだけで会えて良かったと思うよ」


「そっか。……じゃあ、どうしてそんなに虚ろな顔してるんだよ」


「これから先のことを考えたら、どうしていいのか分からなくなって」


 ブロルは小さく息を吐いた。


「これから先?」


「そう。本当なら僕は死ぬまで山で過ごすはずだったのに、どうしてか今は街の中にいる。エイロンが色々教えてくれていたおかげで何とか馴染んでいるけど、これから先、ここに僕の居場所はあるのかなって。

 エイロンを探しに、勇気を出して山を降りてみたはいいけど、急に怖くなったんだ。見た目もみんなと違うわけだし。僕……人柱にされたりしないよね?」


 ブロルは大真面目にそう言った。カイはそれを分かっていながらも、どうしても笑いを堪えられなかった。


「あのなぁ。今のリスカスの人間がそんな前時代の儀式、するわけがないだろ。大雨も洪水も、どんな自然災害だってそんなものでは防げないって、もうみんな分かってるよ」


「本当?」


 ブロルはまだ疑わしそうにカイを見た。


「だって、自警団のみんなは僕を物珍しそうに見るんだよ。そういう対象だと思っているんじゃない?」


「違うって。それは単に、お前が綺麗だからだ」


「綺麗って?」


「髪の色とか目の色とかが珍しいし、まあ早い話が、顔が整ってるってことだ。だから人目を引く」


 そう言われてもブロルはぴんと来ないようだ。首を傾げ、考える素振りを見せる。


「カイたちの美の基準って、よく分からないね。男の人の美しさって、僕の中では強そうな目と眉と、立派な体だけどなぁ」


 じゃあ、ブロルの中ではフィズ隊長が美しいということになるのか……と、カイは余計なことを考えた。


「うーん、例えばエスカ隊長とかルース副隊長みたいなのが、リスカスでは一般的に美しいって言われる容姿なんだよ。分かるか?」


「エスカはいっつも言うよね、『俺は自警団一の美形だ』って。じゃあ、あれって本当なんだ。でも僕は見た目なんかより、二人の中身の方が素敵だと思うけど。そうでしょ?」


「それは同感だ」


 ブロルが微笑み、カイも笑った。


「お話し中、失礼」


 突然聞こえたその声に、二人はびくりと前を向いた。物音も立てずに側に立っていたのは、第二隊の隊員だ。彼は折り畳んだメモ紙を、すっとカイに差し出した。


「あなたへの手紙です。読み終えたら燃やすようにとの指示を受けています。返事を書くのでしたら、第二隊員に渡して下さい。機を見て届けます。ただし名前は記さずに。念のため機密事項が書かれていないか、内容は確認させて頂きます」


 それだけ言うと、踵を返して去っていった。カイが怪訝そうにメモ紙を開くと、そこには流れるような文字でこう書かれていた。


 親愛なる私の騎士ナイト

 お加減はいかがでしょうか。

 こちらのことはどうか心配なさらないで下さい。

 貴方あなたに笑ってもらいたいから、私、諦めたりしません。


 宛名も差出人の名も無いが、カイにはすぐにフローシュからのものだと分かる。私の騎士なんて、彼女くらいしか使わない言葉だ。

 一見するとただの熱烈な恋文に思える。外部に漏れた場合を考え、詳しいことはぼかしつつ、想いを伝えるために文章を練ったに違いない。諦めたりしない、というのは、恐らくファルンと闘うことを諦めないという意味だ。

 それをわざわざ伝えてくるところがフローシュらしいとカイは思う。それに、手紙をくれたことは素直に嬉しかった。


「フローシュさんからだね」


 横から手紙を覗いたブロルが、そう言った。


「え、なんでお前に分かるんだ?」


「カイに笑ってもらいたいなんて言う人、それくらいしか思い付かないから。お見舞いに来たときだって、彼女、カイに抱き着いてたし?」


 カイはその場面を思い出し、どぎまぎする。


「あれはただ、感情的になっただけだろ……」


「感情的になっちゃうくらい、大切な人ってことだよね。それにカイもさ、手紙が来て嬉しいって顔に書いてある。お返事書いてあげたら? フローシュさんもきっと、喜ぶと思うな」


 ブロルはぴょんと窓枠から離れると、側のテーブルに紙とペンを並べて、椅子を引いた。ここに座って書けということだろう。


「さ、どうぞ」


「……意外と強引だよな」


 カイはブロルの率直さを咎める気にはならず、苦笑しながら椅子に腰を下ろした。

 従者として屋敷に戻る案は、とっくにエスカに却下されている。少々騒ぎを起こし過ぎたからだ。これ以上目立つ行動をして、ファルンやセレスタが嗅ぎ付けると厄介なことになる。

 代わりに、パーティー当日の作戦には参加を許可されていた。カイの具体的な役割は、もちろんフローシュの保護だ。極秘作戦のため、本人にはまだ伝えないように言われている。


「何て書けばいいんだ……」


 カイはペンを持ったまま考える。とりあえず、こちらは元気だということは伝えておきたい。髪をぐしゃぐしゃと掻き回し、しばらく考えた後、彼はペンを走らせた。

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