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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
四章 闇の果て
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33、報せ

 カイは第一隊の隊長室に呼び出されていた。部屋にはエディトの姿があり、その手には臙脂えんじ色の布で包まれた細長いものが握られている。大きさや形からして、サーベルではないかとカイは予想した。


「具合は良さそうですね。安心しました」


 彼女はちらりとカイの右耳に視線を遣る。栗色の癖毛の下に、ピアスが光っていた。


「……いつの間に?」


「あ、これですか。ついさっきです」


 彼女の視線に気付き、カイは少し恥ずかしそうに言った。


「オーサンからの贈り物なんです。何となく、力を貸してくれるような気がして。まだ魔力は戻ってませんけど」


「そうでしたか。君はずいぶん素直になったように思いますよ、カイ」


 エディトは微笑みつつ、次の言葉を躊躇った。この先へ進むためにはカイに事実を伝えなければならないと分かっていても、出来るなら、彼を傷付けたくなかった。

 彼女は小さく息を吐いた後で真顔に戻り、手にした物から布を外した。


「本題に入りましょう。これが何か分かりますか」


「近衛団のサーベル、ですか?」


 カイはまじまじとそれを見る。新品にも見えるそのサーベルをエディトが持ってきた理由は、想像が付かなかった。

 エディトは手元に落としていた視線をゆっくりとカイに移し、言った。


「これは君の父、ベイジルが使っていたものです」


「父さんの……? だって、そんな……」


 カイは視線をサーベルに留めたまま、しばらく黙っていた。頭の中に、ベイジルの葬儀の場面がフラッシュバックする。棺に眠る父、その手に握られたサーベル。つまりこれは、年月と共に朽ちていく遺体と一緒に墓の中に眠っていたものだ。

 一瞬だがその光景を想像してしまい、カイの顔から血の気が引いた。口から漏れた声は、微かに震えていた。


「そのサーベルが、なんでここに……?」


 エディトは彼の予想通りの反応に胸が締め付けられる思いだった。


「彼の墓に眠っていたものを、武器として使うためにエイロンが盗み出していたんです。サーベルだけを取り出したようで、墓は元のままの状態ですが……君にとっては許しがたい行為でしょう。罵倒でも侮辱でも、今は私しか聞いていませんから。言って楽になるのなら、堪える必要はありません」


 エディトでさえ、その事実を知ったときは頭に血が上ったのだ。息子であるカイの動揺は計り知れない。

 カイはきつく拳を握ったが、真一文字に結ばれたその唇から、エイロンに対する言葉が出ることは無かった。彼は視線を上げ、迷いのない目でエディトを見た。


「エイロンが生きてるんだったら、面と向かってふざけんなって言いたかったですけど。こんなことあり得ないし、腹も立つし。でも大丈夫です。今の俺には、終わったことを嘆いている時間はありません。……それ、団長が取り返してくれたんですか?」


「本当に、君は強い心を持っていますね。ええ、スタミシアで彼と一戦交えたときに。君に渡すために、磨き直しておきました」


 エディトはそう言って、カイにサーベルを差し出した。


「これには少なからず、ベイジルの魔力が残っているはずです。これに触れれば、君の魔力が戻るかもしれない。例えそうでなくても、これは君が持つべきものですから」


「魔力が……」


 カイはごくりと唾を呑み、ゆっくりと手を伸ばした。そして、指先がサーベルに触れた瞬間。

 嵐が吹き荒れたかのように、部屋の中に置いてある物という物が激しく宙を舞った。


「カイ!」


 エディトが彼を伏せさせなければ、飛んできた椅子が頭を直撃していたところだ。椅子は壁に当たって、粉々に壊れた。

 尋常ではない事態の中でも、エディトが焦る様子はない。すっと宙を撫でるように指先を動かすと、飛び交う物は動きを止め、部屋はあっという間に元の状態に戻っていった。


「何ですか、今の……」


 床に尻餅をついていたカイは、エディトの手を借りてよろよろと立ち上がった。


「魔力の暴走、とでも言いますか。魔力が発現したての子供によく起こる現象です。普通はここまで激しくはありませんけどね。窓の無い部屋にしておいて正解でした」


「……ってことは」


 カイは部屋のランプを見て、指を鳴らしてみる。明かりがすっと消え、もう一度鳴らすと、再び明かりが灯った。


「魔力、戻ってます!」





 嬉しい報せはデマン家にも届こうとしていた。穏やかに流れる午後の時間、執事に扮したルースは、客室で主人のダビー・フィゴットにお茶をれていた。


「うん、君は本物の執事のようだね。魔導師にしておくのがもったいない」


 ダビーは椅子にもたれて紅茶を啜りながら、ルースに微笑みを送った。


「恐れ入ります、ご主人様。自警団の急なお願いに応じて下さって、感謝しています」


 ルースが恐縮したように言うと、ダビーはカカッと独特な笑い声を上げた。


「ご主人様なんて身分じゃない。私はただの、クロエのじいちゃんだ。知っているかい、私の自慢の孫娘を?」


「ええ、存じ上げています」


 ルースは微笑んで、そう言うだけに留めた。彼がクロエの父親のことや、カイとの関係性を知っているのかどうか分からなかったからだ。


「クロエは優秀だよ、ルース。私のせがれが、身寄りの無いあの子を『うちの子にします』と連れてきた時は大層驚いたものだが……。今ではクロエがいないなんて、考えられないねぇ」


 ダビーは目を細め、幸せそうな溜め息を吐いた。


「とても、可愛がっておられるのですね」


「はは、目に入れても痛くない。これは倅夫婦も同じだろう。……だがね、魔術学院に入ってからは一度も家に帰っていないんだよ」


 ダビーの表情が曇る。理由は恐らく違えど、クロエはカイと同じような状況だったらしい。彼女が家に帰りたくなかった、あるいは帰れなかった理由を考えながら、ルースは言った。


「それはずいぶんと心配なさったでしょう」


「もちろんだよ。ただ、理由はちゃんとあの子が話してくれた。父親のことがあるから、善良な倅たちの元にいる自分が許せないのだと。たった14歳の子がそこまで思い詰めていたとは、私も胸が痛かった」


「ではご主人様は、彼女の父親が反魔力同盟の一員であったことをご存知だったのですね」


「最初に倅から聞かされていたよ。それでも、クロエ自身には何の罪も無いことだ。いつかあの子が自分を許せる日が来ると、私は信じているよ」


 ダビーは椅子にもたれて目を閉じ、そこからしばらく黙っていた。

 沈黙の中で、ドアが控え目にノックされた。


「失礼致します。こちらにミスター・ヘイマンはいらっしゃいますでしょうか」


 聞こえたのはセオの声だった。ルースは素早くドアへ向かい、そこを開けた。セオは白い封筒を片手に佇んでいた。


「私に何か?」


「こちらをどうぞ。使い走りの少年が先程、玄関まで届けに参りました」


 セオは封筒をルースに差し出し、一礼して去っていった。

 封筒には宛名も差出人の名も無い。恐らく本部からの連絡だろうと封を切ると、その通りだった。エスカの流れるような字で、カイの魔力が戻ったこと、イーラに代わってエスカが隊長になったことが書かれていた。

 そしてもう一つ。ブロルをスタミシアの歴史資料館へ向かわせたと書いてあった。名ばかりの高齢の館長が助手を欲していた、というよく分からない理由で。

 エスカの考えることだから、必要不可欠な行動だというのは分かる。しかしなぜブロルなのか。山の民族、歴史……二つのキーワードから、ルースはこう思い至った。


(研究者……?)


 ブロルが山で過ごしていた時期、研究者だという人間が何度かそこを訪れていたと彼は話していた。もしその研究者が生きていたのだとしたら、高齢の館長というのはその人のことかもしれない。


(だとしたら、どうして今のタイミングで?)


 ルースは手紙を燃やして証拠を隠滅しながら、何かが動き出すという気配をひしひしと感じていた。

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