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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
四章 闇の果て
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28、甘え方

 フローレンスはカイを伴い、本部の地下へ続く階段を降りていた。


「俺がやらなきゃいけない仕事って、何ですか」


 薄暗い通路の左右をちらりと見ながら、カイがぼそりと呟く。奥に見える厳重な扉を抜けたその先には、獄所台へ送る犯罪人を勾留しておく地下牢があるはずだった。


「面会だ。一つだけ約束がある。こちらの捜査情報は一切明かさないこと。後は自由だ」


「面会って、誰とですか?」


「その目で確かめろ。ここだ」


 フローレンスは通路の右側にあるドアをノックした。


「フローレンス・グルーです。カイを連れてきました」


 ドアが開く。顔を覗かせたのは、第二隊の副隊長補佐、リゴットだ。


「中へ」


 彼はそう言って二人をいざなう。フローレンスに背を押されるようにして部屋に入ったカイは、机の向こうの椅子に座る人物を見た。

 白いシャツ姿で項垂れたその男性は、ゆっくりと顔を上げた。


「ロット隊長……?」


 カイの口から言葉が漏れる。自分でその名を言ったとはいえ、本当にそれがロットなのかどうか自信がなかった。

 今までに見たことがない姿だったからだ。無精髭で、眼鏡を掛けておらず、何より不思議に映るのが瑠璃色の目だった。話には聞いていたが、カイが実際に目にしたのは今が初めてだ。

 ロットは疲れた顔で微笑んだ。


「久しぶりだな、カイ。獄所台へ行く前に、話す機会があって良かった」


 カイはフローレンスに促され、ロットの向かいに腰掛ける。言葉に出来ない感情が胸に溢れ、堪えきれずにその目から落ちていった。

 フローレンスはリゴットと頷き合い、部屋を出ていった。


「……昔のように背中をさすってやりたいが、この状態ではな」


 ロットは呟き、視線を落とす。カイは銀色のロープで椅子に拘束された彼の体を見て、唇を噛んだ。仕方のないことだと分かってはいる。ロットは紛れもなく殺人を犯しているのだから。


「仕事だと言われて、来ました」


 カイは顔を拭い、言葉を絞り出した。ロットがカイの目を見つめた。瑠璃色の瞳は、凪いでいた。


「この面会が俺と、ロット隊長と、お互いにとって重要だと」


「そうだな。重要であることは間違いない。状況は少しだけ聞いたが……、お前らしくないなと思ったよ」


「え?」


 カイは怪訝な顔をした。


「魔力が無くなったからといって、すぐに諦めるような奴だったかと思ってな。どんなに厳しい訓練でも、困難な状況でも、諦めなかったお前が。元に戻す方法が無いと決まったわけでもないだろう」


「それは……」


 口ごもるカイに、ロットは優しく言った。


「いや、いい。お前がここへ来たときから分かっていたよ。諦めてはいないとな。ただ、傷付いたときの他人への甘え方が分からないから、自分の殻にこもるしかなかったんだろう?」


 カイはしばらく俯いた後、消え入るような声で答えた。


「そうかもしれません。みんなが心配してくれたのに、撥ね付けることしか出来ませんでした。恥ずかしいです」


「気にするな。俺も、一人を除いては甘え方が分からない」


 カイが顔を上げた。


「一人……。隊長の、奥さんですか」


 ロットは笑った。


「鋭いな。弱い部分をさらけ出せる唯一の相手が、俺にとっては妻で、お前にとっては……オーサンだったんだろう」


 その名前に、カイの表情が微かに歪んだ。思い返せばその通りだった。カイが初めて父親のことを打ち明けたときも、ロットのことで憔悴しているときも、側にいたのはいつもオーサンだ。


「お前を苦しめる一因になった俺が言えることじゃないのは、十分理解しているつもりだ。それでも言わせてほしい。いいか、カイ。辛いと口にするのは悪いことではない。魔導師の仲間でもそれ以外でも、信頼出来る人間には素直に頼れ。……まあ、お前に素直になれと言うのは、フィズ隊長に怒鳴るなと言うようなものだが」


 カイにはそれが不可能なことの例えみたいに聞こえて、思わず笑った。こんな場面で笑えるのが、自分でも不思議だった。

 魔導師の仲間でもそれ以外でも――。カイは考えた。フローシュに全てを打ち明けたいと思ったのは、気の迷いではなかったのだろうか。自分で思う以上に、彼女を信頼しているのか……。


「誰か思い当たるみたいだな。弱い部分を見せられそうな人間が」


 ロットが見透かしたような目でカイを見る。


「いえ……。状況的に、頼っていいとは思えません」


 むしろこちらが守らなければならない立場なのだ。カイは自分が戦線離脱していることに、改めて焦りを感じた。ファルンのパーティーまであと4日。このままフローシュのために何も出来ないなんて、耐えられなかった。


「外がどうなっているのか俺が知ることは出来ないが、まだ全てが落ち着くには早いか」


 ロットは、元近衛団長セレスタ・ガイルスが犯した罪を知らないのだ。しかし、知らない方が幸せかもしれないとカイは思った。知れば必ず、ロットは自分を責める。近衛団にいてなぜ気付けなかったのかと。これ以上、彼に苦しみを与えたくはなかった。


「自警団がどんな状況にあるかは、話してはいけないと言われました。でも、隊長。何があっても、俺は魔導師として正しい道を選びたいです。隊長や副隊長、エディト団長や他の沢山の魔導師たちが、身をもってそれを教えてくれました」


 そう言って、意志を込めた視線をロットに向けた。


「この先魔力が戻らなくても、目指す所は変わりません。セルマも言っていたんです。この世界の運命を変えたい。これ以上、自分や誰かの大切な人が泣かないように、って。俺は、世界の運命を変えるなんて大それたことは出来ませんけど、その場の状況くらいは変えられるはずです」


「ガベリアを甦らせた人間の台詞にしては、謙虚だ」


 ロットは微笑んだ。


「だがお前たちは間違いなく、リスカスを変えた。ガベリアに囚われていた魂も、悪夢で大切な人を失った者たちも救った。俺だって、その救われた内の一人だ。おかげで、これから監獄で過ごす長い時間を、腐らずに生きていけそうだよ」


「ロット隊長……」


 知らず知らずに、カイの目から涙が溢れ落ちた。そしてそれは、ロットも同じだった。


「あんなに小さくて震えていた子供が、こんなに立派な魔導師になった。俺にはそれだけで十分だ。父親のベイジルにとっても誇りだろうが、隊長としての俺にとっても、お前は誇りだよ、カイ」


 カイは上を向いて大きく深呼吸すると、真っ直ぐにロットを見た。


「隊長が第一隊に入れてくれたから、俺はここまで来られました。ありがとうございます」


「俺はとんでもない反面教師だったけどな。お前は大丈夫だろう。これからも、道を間違えたりはしないはずだ」


 ロットは優しくそう言って、ドアに視線を遣った。


「さ、行け。お前の中で答えは出ているんだろう」


「はい」


 カイは立ち上がった。もう、涙は乾いていた。


「隊長。俺は待ってますから。隊長が獄所台から出てくるの。出てきたときには、リスカスがもっと良くなっていると思います。俺が、そうします」


「ああ。期待しているぞ、カイ・ロートリアン」


 ロットの微笑みを目蓋の裏に焼き付け、カイは一礼し、部屋を出ていった。

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