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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
四章 闇の果て
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27、方法

 デマン家の主人ジェイコブ・デマンの執務室には、客人であるダビー・フィゴットとルースがレンダーによって案内されていた。

 見事な総白髪や皺の刻まれた肌など、ダビーはそれなりの年齢を感じさせる風貌だ。だが姿勢も歩き方もしゃんとしていて、気力体力は十分あるように見える。階段を上る際も、彼はルースの手はほとんど借りていなかった。


「いや、実にお久し振りです、ミスター・フィゴット。実は昨日もスタミシアからの客人が来たのですよ。息子の友人なんですがね。長旅お疲れでしょう。どうぞゆっくりなさって下さい」


 ジェイコブがにこやかに、ダビーに握手の手を差し出す。どちらの客も自警団の差し金だとは夢にも思わないらしい。


「すまないね、急な訪問になって。息子に会いにキペルへ来たから、せっかくなので君にも会っておこうと思ってな」


 ダビーはその手を取り、微笑みを返した。

 彼の言う息子とはアンドレイ・フィゴット――クロエの養父だった。つまり、ダビーはクロエの義祖父ということになる。スタミシアの大地主で、大富豪だ。

 ルースが執事としてデマン家に侵入するために、エスカが急遽ダビーに協力を依頼したのだった。無茶振りともいえる作戦だが、自分の孫が魔導師ということもあり、ダビーは快く協力してくれた。


「どうかな、ジェイコブ。時間が許すのなら、積もる話もあるのだが」


 これも作戦の内だが、ダビーは実に自然に言ってのける。ジェイコブはにこりと笑った。


「ええ、もちろん。午前中は空いています。レンダー、客間にお茶と菓子を。そちらの執事殿も休ませて差し上げなさい。よろしいですね、ミスター・フィゴット」


「ああ、構わないよ」


「かしこまりました。どうぞ、こちらへ」


 レンダーはルースを伴って部屋を出た。廊下を少し進み、部屋から離れた所でレンダーが立ち止まる。彼はルースに体を向け、こう言った。


「つかぬことをお伺いしますが、ミスター・ヘイマン」


 ヘイマンはルースの偽名だ。最初に、ルース・ヘイマンと名乗っていた。

 髪を七三に分け、モーニングコートを着こなしたルースはどこからどう見ても執事なのだが、レンダーはどこか怪訝な目で彼を見ていた。


「はい」


「あなたは執事をやられて、長いのですか?」


「いえ、今日が初日ですね。本業は魔導師ですので」


 ルースは微笑んだ。元より、レンダーに正体を隠すつもりは無かったのだ。レンダーは少しだけ目を見開いた。


「やはり」


「長いことこういった部署から離れていたもので……、私、おかしく見えるでしょうか?」


「いいえ。執事としては申し分ないと思います。しかし連日、魔導師の方が変装してこの屋敷にいらっしゃるものですから、もしかしたらと」


 レンダーも表情を弛めた。


「フィルやミスター・イリーの所へ案内すればよろしいですか?」


「お願いします」


 二人が廊下の角を曲がると、セオと遭遇した。彼はルースを見て立ち止まり、丁寧に頭を下げる。


「セオ、丁度良かった。手は空いているか?」


「はい、ミスター・レンダー。奥様はまだお休みになっておられますから」


「では、客間にお茶と菓子の準備を頼む。ご主人様とお客様一名の分だ。準備が出来たらご案内を。執務室におられるから」


「かしこまりました」


 セオはそう答え、去っていく。再び廊下を進みながら、ルースはレンダーに尋ねた。


「彼がセオドリック・リブルですか」


「ええ。彼の境遇は、もうお聞きになっていますか?」


「はい。元々はランブル家にいたそうですね」


 デマン商会のライバルともいえる、ランブル社を経営する一族だ。暖炉の燃料、ストロコークスの9割を扱う会社だった。


「そこまでお調べに?」


「ランブル家の人間がセオにした仕打ちは立派な犯罪です。裁かれるべきだと、カイが言うものですから」


「カイが。彼は無事なのでしょうか? 腹痛で倒れて、目を覚ましたとは聞いているのですが……」


 レンダーはその顔に心配の色を浮かべる。ルースは微笑みを返した。


「あまり心配なさらないで下さい。しばらく休めば、また元気になります」





 銀食器が保管されている部屋に、ルース、カレン、フィルの三人が集まっていた。もはや秘密の会議室のようになっているが、ここにはレンダーしか立ち入れないので都合がいいのだ。


「その姿が拝めるとは思わなかったな、ルース」


 新人だった頃の彼を知るカレンはにやりと笑うが、ルースがにこりともしないのですぐ真顔に戻った。フィルもごくりと唾を呑む。


「……深刻な状況なのか?」


 カレンが言った。


「全体の状況としてはそこまで大きく変わりません。問題は、カイのことです」


 すかさずフィルが尋ねる。


「カイに何かあったんですか?」


「魔力が無くなった」


 フィルとカレンは同時に、えっ、と言葉を発した。魔導師は魔力があってこそ成り立つ仕事だ。その魔力が無くなれば、当然魔導師ではいられなくなる。


「どうしてだ? 一時的なものだろ?」


「体に埋まっていた樹の破片に奪われてしまったのだと思います。一時的なものと思いたいんですが、現状では何とも。何せ、前例のないことですから。取り出した破片を持たせれば戻るかと思いましたが、そうすると立ってもいられない状態に」


 ルースの顔が険しくなった。


「思い付く限りの方法は試しましたが、駄目でした。カイは相当なショックを受けています。人一倍、誰かを守りたいという気持ちが強い子なので。魔導師としてそれが出来ないとなると……」


「今、カイはどうしていますか?」


 フィルが心配そうに尋ねた。会いに行きたくとも、今後ファルンのパーティーに参加することを考えれば、危険な行動は慎む必要があった。


「まだ病院にいて、誰が話し掛けても返事をしない状態だ。大丈夫だよ、フィル。色々と手は打つつもりでいる。精神棟に移されるような事態にはしたくないから」


 悪夢後のミネの惨状を見てきたルースにとって、カイまで同じ状況になることは耐え難かった。


「どんな手ですか?」


 カレンとフィルの視線を浴びながら、ルースは驚くべきことを言った。





「ねえ、カイ。しつこいと思うかもしれないけど、栄養剤だけでも飲んで」


 ベッド際の机に食事のトレーを置きながら、クロエは優しく声を掛ける。頭まで布団を被っているカイは少し身動みじろぎしただけで、返事はなかった。

 正直、クロエは今のカイにどう接していいのか分からなかった。こんなに絶望している彼を見たことがないからだ。

 だが、分からないからといって側を離れるのは違う。彼女はそうも思った。自分に出来ることは、例え無意味でもやるつもりでいた。


「……今ね、ブロルと一緒に古代の資料を調べてるんだ。魔力を戻す方法、載ってるかもしれないから」


 やはり何の反応もない。そのとき、病室のドアが開いた。


「さて、うちの若造はまだふて寝してるのか?」


 第一隊のフローレンスだった。手には自警団の制服一式を持っている。クロエは素早く、それに目を遣った。


「フロウさん……。もしかして、カイを連れ出す気ですか?」


「そうだ。医長の許可もルース副隊長の許可もある。クロエ、一旦外してくれるか? カイと二人で話したい」


 クロエは戸惑いながらも頷き、部屋を出ていった。フローレンスはベッドの側まで行くと、あろうことか勢いよく布団を剥ぎ取り、制服をカイに叩き付けたのだった。


「いつからそんな腑抜けになったんだ。着替えろ!」


 さすがにカイも驚愕の表情で体を起こし、フローレンスを見た。


「なんで……」


「なんでだと? お前、もう魔導師辞めたつもりでいるのか?」


 フローレンスは鬼気迫る表情で、カイに顔を寄せた。


「だったらその首から下げている認識票は今すぐ外せ。嫌なら着替えて準備しろ」


「着替えてどうしろって言うんですか」


 カイは目を伏せた。今はその制服を見るのさえ辛かった。


「本部で一仕事してもらう。魔力は必要ない仕事だが、お前と()()と、双方にとって重要だ」


 フローレンスはそう言ってから表情を和らげ、カイの髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。


「捨て鉢になるなよ、カイ。魔力を戻す方法はきっとあるし、もしなかったとしても、それでお前のやってきたことが全て消えるわけじゃない」


 カイは無言だったが、その手は微かに、制服を握り締めていた。


「俺は一番近くで見てきたんだぜ。お前が第一隊に入って、どれだけ必死で頑張って来たか。要するにさ、お前が諦めたとしても俺が諦め切れないってことだ。……五分あれば着替えられるだろ? 外で待ってるから」


 フローレンスはカイに背を向け、部屋を出た。

 ドアの横にクロエが立っていた。今までの会話を聞いていたらしい。彼女は真面目な顔で、フローレンスに言った。


「フロウさんは、見た目で損をしていると思います」


「はい?」


「そんなに優しいのに、いつもしかめ面だしピアスだらけだし、近寄りがたい人に見えるから」


 フローレンスは、ふっと笑った。


「クロエは、よく笑う人の方が好みなのか」


「私の好みの話じゃありません」


 クロエは素っ気なく返した。


「まあ、優しいと言われて悪い気はしない。……今までカイのことで無神経な発言して、悪かったな。兄貴にも怒られた」


 クロエがカイを好きなのではないかと、フローレンスは何度か率直に言っていたのだ。スタミシアでの陽動作戦の後で彼らの父親の関係性を知ってからは、反省していた。


「気にしてませんから、大丈夫です。あ」


 病室のドアが開き、着替えを済ませたカイが緩慢な動きで出てきた。顔はげっそりしているが、辛うじて目に生気はあるようだ。


「準備出来ました」


 蚊の鳴くような声で、カイは言った。フローレンスはにっと笑い、彼の肩を叩く。


「よし、行くか。カイのことしばらく借りるぜ、クロエ。多少は元気にして返すから」


 そして二人は、廊下を歩いていった。

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