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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
四章 闇の果て
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24、痛みと危機

 獄所台刑務局長の職を辞し、どこにも属さない魔導師となったコール・スベイズは近衛団本部の団長室にいた。


「あなたが近衛団長の……」


 そう言って、目の前に立つエディトをまじまじと見つめる。彼が知る近衛団長とは25年前のセレスタであり、彼女の姿は見慣れない、というのが初対面の感想だった。


「レナの件で連絡を下さったのは、あなたでしたね」


 カイたちがガベリアへ向かうに当たって、獄所台裏の山に入れるよう、レナがコールと極秘に接触を図った。その間を取り持ったのが、エディトだ。


「改めて、エディト・ユーブレアと申します。面識もないのに不躾なお願いをしてしまいましたね。これを職権濫用というのでしょう。しかしあなたのおかげで、彼らは無事にガベリアへと入ることが出来ました」


 エディトは微笑み、コールに応接用のソファを勧めた。


「どうぞ、お掛けになって下さい。残念ながらすぐに済む話ではありません」


「存じています。ここへ来る途中、自警団の若者たちから色々と聞きましたし、記憶も視させてもらいました」


 コールはソファーに腰掛けて深く息を吐いた。エディトも彼の正面に腰掛けながら、その様子を見つめる。

 エーゼルたちには、セレスタに関すること以外はコールに話しても構わないと伝えてあった。どうやら、彼らはその通りにしたようだ。


「正直、言葉になりません。エイロン・ダイス氏のことは……」


 その発言通り、それ以上は言葉に出来ないようだった。エイロンの人生は余りにも残酷で、悲しい。エディトも、今は彼について語る気にはなれなかった。

 コールは数秒間沈黙した後、こう続けた。


「しかし自警団も、あなた方近衛団も、命懸けでガベリアを甦らせて下さった。私はあの場で亡くなった隊員、オーサン・メイ君をこの目で見ましたから」


 蒼白な顔で横たわるオーサンの姿を思い出すと、コールの胸は苦しくなる。彼の父親であるラシュカが近衛団員であるということも、エーゼルたちから聞いていた。


「先日、無事に国葬を終えました。……彼に関わった者の傷が癒えるまでは、しばらく掛かるでしょうね。現に父親のラシュカ・メイは、あれからずっと家にこもっています。無期限に休養させるべきだと私も考えているところです」


 エディトは目を伏せた。ラシュカの心の傷は深い。時がそれを癒すとは言うが、全てが順調に上向いていく訳ではないことを彼女も分かっていた。

 上がって落ちてを繰り返し、何年もかけて、ようやく向き合えるまでになる。受け入れるには、更に長い年月が必要だ。


「我々は仲間として、彼を支えていくつもりです。9年前のクーデター後、私も仲間に支えられましたから」


 思い返すのも辛いが、近衛団の仲間は自分を気遣い、支えてくれたことをエディトは覚えていた。自身が負傷したこともあるが、何より、目の前でベイジルが死んだことへの配慮だったのだろう。


「クーデター……。獄所台にいた私には、収監された同盟の人間から得た情報しかありませんでした。彼らを適切に管理すること以外に、関わる必要が無かったからです」


 コールが静かに言うと、エディトは頷き、視線を上げた。


「それが刑務官の役目だということは、我々も理解しています。ここでどうこう言い合う必要はありません。……あなたに伺いたいのは、ガベリアのことです」


「ガベリアのこと、ですか」


「はい。話せないのであれば構いませんが、現状、あそこがどうなっているのか教えて頂けないでしょうか」


「それでしたら、いずれ自警団や近衛団に報告する予定になっていましたから、私の口から話しても差し支えないでしょう」


 コールは居住いずまいを正した。


「現在、ガベリア各地に獄所台の魔導師を派遣して、様子を探らせています。あそこが甦った直後に中へ入った我々が無事でしたから、安全性には問題がないと判断してのことです。

 ご存知の通り、人や生物の姿は確認されていません。ただ、建物やその中は悪夢が起きた当時のまま残されているようです。少しも朽ちることなく、埃すら溜まっていないと。植物に関しては、不思議な報告を受けています」


「何でしょうか」


「冬のこの季節には不釣り合いなほど、あちこちに花が咲いているそうです。一面、花畑となっている丘もあったとか。ガベリアが甦った時に夢を見た者は、その夢の中で見た花畑と同じだと言っていました。私は見ていないのですが、エディト団長は……」


「残念ながら、私も見ておりません。団員の中には、見た者もいたようですけどね」


 ちくりと胸が痛む。お互いに会いたいと強く願っていなければ、あの夢は見られなかったらしい――団員の話から、エディトはそう推察していた。

 いくらベイジルを想っていようとも、向こうはそれを知らないのだ。エディトも分かっていた。彼が最も会いたかったのは、カイであろうと。


「……団長?」


 急に黙り込んだエディトを、コールは心配そうに見ていた。はっとしたように、彼女は言葉を継いだ。


「失礼しました。ところで、スベイズさん。私が思うに、あなたが今最も会いたいのは、レナ医長なのではありませんか?」


 コールの目が動揺した。


「いえ、そのようなことは……」


「私はお二人の事情を知っています。もちろんフリム・ミードさんのことも。誤魔化さずとも結構です。あなたは既に獄所台の人間ではない。そして今回の件も罪には問われないことになった。堂々と会いに行っても、誰も咎めませんよ」


 エディトは淡々と話しているようで、内心は彼らの幸せを願っていた。家族が引き裂かれた25年の歳月は、余りにも長い。近衛団としてフリムのことも知っているだけに、無関心ではいられなかった。

 しかし、コールは首を横に振った。


「それは、レナが許さないでしょう。私はそれだけのことをしました。フリムにも合わせる顔がありません」


「……分かりました。どちらにせよ彼女は今立て込んでいますから、すぐに会えるわけではありません」


 それを聞き、コールが怪訝な顔になる。


「何かあったのですか?」


「カイ・ロートリアン、ご存知ですよね」


「ええ。ガベリアへ入った隊員ですね」


「彼が倒れました。オルデンの樹に刺された部分に、樹の破片が残っていたようです」





 病室の中は呻き声で満ちていた。痛みから逃れようとベッド上で藻掻もがくせいで、カイの額に乗せた氷嚢は床に落ちてしまっている。


「カイ……!」


 医務官のバジスが病室に飛び込んで来て、血走った目でシーツを握り締めるカイの姿に驚く。つい5分ほど前に、彼が魔術で気絶させたばかりだったのだ。

 樹の破片が埋まっているという未知の怪我に対して、痛み止めの薬は全く効かなかった。カイを楽にするためには意識を奪っておくしか方法がない。


「落ち着け、大丈夫だ」


 バジスはカイの額に触れ、もう一度魔術を掛ける。カイは途端に大人しくなり、目を閉じた。仰向けに寝かせるために触れた体が、ひどく熱を持っていた。


「どうした」


 レナも部屋に走り込んで来て、ぐったりとしているカイの額に手を当てる。


「熱いな。水もほとんど飲めていないんだろう? このままだと脱水になる」


 彼女が言うように、枕元のテーブルにある水差しの中身はほとんど減っていなかった。


「しかし、起きれば痛みでのたうち回っている。水も食事も摂らせられる状態じゃない」


 バジスもレナも険しい表情になった。


「……すぐに破片を取り出すしかない」


 レナが言った。カイはベッドの上で、また呻き始めていた。魔術すら効かなくなってきたようだ。


「サモニールは嗅がせてみたか、バジス」


 強力な睡眠薬で、通常ならすぐに意識が無くなるはずだった。しかし、バジスは首を横に振る。


「もちろんやったが、全く効き目なしだ。魔力の封印もしてみたが変わらない。どうする。意識のある状態で破片を取り出すなんて、拷問と同じだぞ」


 レナは燃えるような目でバジスを睨んだ。


「お前は本当に医務官なのか? やらなければカイは死ぬかもしれないんだ! さっさと準備しろっ!」

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