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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
四章 闇の果て
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19、敵の正体

 空が白み始めた早朝に目を覚ましたセオだったが、ルカが言っていた通り、魔術で操られていた間の記憶は無いようだった。


「夕食の片付けの後、急に倒れたんだよ」


 ベッドから気だるげに頭を起こしたセオに、カイはそう説明した。もちろん嘘なのだが、セオは疑う様子もなく、申し訳なさそうに眉尻を下げて言った。


「迷惑かけて、ごめんね。二人とも寝てないんでしょ?」


 その場にいる全員が、昨夜の格好のままだ。また何かあると困るから、カイとフィルは着替えずにいたのだった。


「交代で寝たから大丈夫。セオこそ、具合はどうなんだ?」


 フィルが尋ねると、セオは弱々しく微笑んだ。


「おかげさまで、元気。僕も二人みたいに、丈夫な体なら良かったのに……」


 言葉が沈み、華奢な指先が悔しそうに布団を握った。そう望んでいたとしても、彼が丈夫に育つには今までの環境が悪すぎた。まともな食事すら与えられないとなれば、まず生きることで精一杯だ。


「気にするなよ。俺はセオのこと尊敬してるぜ。てきぱき動けるし、立派な従者じゃないか。ミスター・レンダーが言ってること、俺なんか半分も理解してないんだからさ」


 素直にそう言って、カイが笑う。セオは照れたように目を伏せ、ありがとう、と消え入るように呟いた。


「ミスター・レンダーが、セオは今日1日休ませるようにって言ってたよ」


 フィルがそう言うと、セオはとんでもないとばかりに首を横に振った。


「大丈夫だよ、仕事は出来る。奥様は今日もお出掛けになる予定だし――」


「それなら俺が代わりに着いていく。それにミスター・レンダーは、無理をするなら入院させるとも言っていたぞ」


 レンダーはそこまでの言い方はしていなかったが、嘘も方便だ。セオはぐっと黙り込む。顔色が良くない。大丈夫と言いつつも、実際は具合が悪いのだろう。強い魔力に当てられた人間は、何かしら体調を崩すものだった。


「本当に、ごめん……」


 セオの目蓋が落ち、彼は糸が切れたようにベッドに倒れ込んだ。部屋に穏やかな寝息が響く。


「……殺人をさせられそうになったんだから、そりゃ、こうもなるよ」


 カイはセオに布団を掛けてやりながら、眉間に皺を寄せた。


「誰がやったかは置いておいて、思考操作の魔術はいつ掛けられたんだ?」


 フィルに問うと、彼は少し考えてからこう言った。


「少なくとも、俺が初めてセオと握手したときには何も掛けられていなかった。追跡の魔術を応用して確かめたんだ」


「第二隊の人って得意だよな、追跡系の魔術」


「まあ、必須のものだから。で、昨日の朝の時点では掛けられていなかったとなると……日中だ」


「セオが奥様と一緒に外出したときか」


「恐らく。どこへ出掛けたのか、俺が奥様に直接聞いてみる。セオは必ず、出先で犯人と接触しているはずだ」





 自警団本部にも夜明けが近付いていた。薄明かりの静かな廊下を歩くエスカに、第二隊員の男性が駆け寄ってくる。


「副隊長、報告です」


「犯人、絞れたか」


「はい。32年も前になりますが、二年生の途中で学院を辞めた人物がいました。マーク・ドーシュ、現在47歳の男性です。在学時の成績は飛び抜けて優秀でした。辞めた理由は家庭の事情となっています。

 現在消息不明ですが、現状では彼が最も怪しいかと。一応これ、入学時の集合写真です。ここに、彼が」


 隊員は一枚の写真を差し出し、端のほうを指差す。すらりと背の高い男子生徒が、姿勢正しく立っていた。


「30年以上前か。顔も変わっているだろうな」


「はい。しかし今回、襲われたのがデマン家の執事ケビン・レンダー氏ということで、執事関係から探ってみました。ちょうど今、カレンが執事としてワース家に行っていますから」


 カレンデュラ・ハウは28歳の第二隊員で、花の名前から推察される通り、第一隊のライラックやフローレンスの従兄弟だ。名前は優しげだが、彼らの例に漏れず、性格は決しておしとやかではない。


「あいつの場合は潜入じゃなくて、ほとんど趣味だけどな」


 エスカは苦笑した。最初こそ身分を隠してワース家に入ったカレンだったが、そこの主人にいたく気に入られてしまい、任務を終えて身分を明かした後も時折執事として働いているのである。本来の仕事ではないが、そこから有力な情報を得てくることもあるので、イーラも黙認していた。


「それで、カレンから何か」


「ガイルス家の執事に、マルク・ワイスマンという敏腕の執事がいるそうです。年齢不詳ですが恐らく40代後半、出自等は一切不明。他家の執事とは当たり障りなく付き合う、謎の存在だとか」


「真っ黒だな。ほぼそいつに決まりじゃないか」


「僕もそう思います。マーク・ドーシュはマルク・ワイスマンと同一人物。ガイルス家の執事として、レンダー氏を殺そうとした理由も何かしらあるはずです」


 エスカは頷き、こう言った。


「カレンに、何とかしてデマン家に向かい、逗留とうりゅうするよう連絡を。カイとフィルだけでは危険かもしれない。あとは、引き続きマルク・ワイスマンを洗ってくれ」


「了解しました」


 隊員は踵を返し、廊下を歩いていった。


「さて……」


 エスカは窓の外に視線を移した。山際から徐々に、朝焼けが広がっていく。

 ファルンが開くパーティーまであと5日。恐らくそこまでイーラの体は持たないはずだ。これからは自分の判断が鍵を握ると思うと、さすがのエスカも責任感で気が沈むのだった。





「ユフィ、ゆで卵はこっち! 終わったらジャガイモの皮剥いて!」


 朝食の準備を始めた本部の厨房は、さながら戦場のようだった。5人ほどの料理人とその手伝いが狭い通路を駆け回り、次々と隊員たちの朝食を(こしら)えていく。

 ユフィはエプロンの裾で手を拭いながら、指示通りにてきぱきと動いていた。キッチンメイドの経験が存分に生かされているようだ。

 彼女の家は先日の爆破のせいでとても戻れる状態ではなく、また身の危険もあるからと、本部に留め置かれることになっていた。しかし何もしないのでは気が引けると、厨房の手伝いに加わったのだった。


「後ろ通りますよー!」


 ユフィが大鍋を手に通路を駆ける。その表情はいきいきとしていた。

 しばらくして、隊員たちがぞろぞろと食堂へ入ってくる。食事の乗ったトレーを渡すのがいつもの無愛想な中年女性ではなく、笑顔の若い女性であることに、彼らは一様に驚いていた。


「おはようございます、ユフィさん。ここの仕事、慣れましたか?」


 エーゼルがトレーを受け取りながら、ユフィに爽やかな笑顔を見せた。


「おはようございます、おかげさまで」


 ユフィも笑顔を返したが、そこでそれ以上の会話は出来なかった。次々に隊員がやってくるので、立ち止まるわけにはいかなかったのだ。

 エーゼルは席に着いて食事を摂りながら、ちらちらとユフィを見ていた。保護した対象としての心配というよりは――


「彼女に気があるんだな、お前」


 向かいの席に座ってきたフローレンスに、そう図星を指された。


「何ですか、フロウさん……」


 エーゼルは顔をしかめつつ、耳まで赤くなる。フローレンスがにやりと笑った。


「元気そうで何よりだ」


 そして真顔に戻り、声を潜めた。


「昨夜の件、聞いてるな? デマン家で起きたことについて」


 エーゼルも真剣な顔で頷いた。


「はい。カイたちが止めたって。つまり、デマン家に魔導師がいると敵に知られてしまったんでしょうか。思考操作の魔術は一般人の手では止めようがありません」


「そこは第二隊がシナリオを作って、嘘の情報を流している。セオはレンダー氏と揉み合いになって頭を打ち、意識を失った所へ医務官が駆け付けたというものだ。それなら思考操作の魔術が消されていても不自然ではない」


 フローレンスは一息に言ってから、食事をがつがつと掻き込む。ものの数分で、皿は空になった。


「お前も早く食え。今日も忙しいぞ」


「はい。予定は?」


「まあ、食いながら聞いてくれ。俺たちは午前中の内に、獄所台へ行く」


 エーゼルは思わず、フォークを口に運ぶ手を止めた。


「え、獄所台?」


「向こうで何をするってわけではない。ある人物を、お迎えに上がるだけさ」

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