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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
四章 闇の果て
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13、日記帳(+登場人物まとめ)

「私に話を聴きたいと……。自警団の方がですか?」


 ロイ・エランは病室のベッドに横たわったまま、かたわらで自分を見下ろすレナに答えた。頭にぐるぐると巻かれた包帯が痛々しく、声にはまだ力が無い。

 獄所台の同僚であるケース・リービーに撃たれた傷は、一時はロイの命を奪いかけたものの、今は問題なく会話が出来るまでに回復していた。


「そうだ。朝からすまないな。もちろん寝たままでいい。無理に動くと、せっかく癒合した頭蓋骨がまた割れるぞ」


「怖いことを言いますね」


 ロイはレナの冗談とも言えない冗談に、笑い返す元気はあるようだ。


「入れていいか?」


「ええ、どうぞ」


 レナは頷き、病室を出て行った。代わりに入ってきたのはルースだ。彼はベッドの側に来ると、ロイに軽く一礼した。


「第一隊副隊長、ルース・ヘルマーです。まだ回復しきっていないときに申し訳ありません」


「大丈夫です。医務官のおかげで、この通り。……自警団の第七隊にいた頃、といってもたった一年前ですが、あなたのお名前を耳にしたことがあります。若くして副隊長になったと」


 ロイはそう言った。ルースはやや緊張した面持ちで佇んでいる。


「それは光栄です。エランさん、早速なんですが、今回あなたがケース・リービーに襲われた件について伺わせて下さい」


「そんなにかしこまらなくても。ロイで結構です。少し前まで、自警団ではあなたの方が上官だったんですよ。私は平隊員でしたから」


 嫌味のない素直な言い方だ。ロイの人柄や悪意の無さは、それだけで伝わってくる。ルースはやっと表情を弛め、微笑んだ。


「ありがとうございます。ではロイさん、単刀直入に。獄所台にはロイ・エランが二人存在しますが……、獄所台に入る前までは、あなたの名前はロイ・ハリスでしたね?」


 唐突な問いを肯定するように、ロイはゆっくりとまばたいた。


「はい、確かにそうです。調べたんですね」


 そして、ほっとしたかのように長い息を吐いた。


「ルース副隊長、あなたになら全て話せそうです。私が姓を変えた理由も、()()のロイ・エランについても」


「ケース・リービーと同期だった、ロイ・エランのことですね」


「ええ。……長くなりますので、どうぞ」


 ロイは目線で、ベッドの側にある椅子を勧めた。ルースがそこに腰掛けると、彼は天井を見つめながら話し出した。


「ロイは……、ああ、分かりにくいのでエランと呼びましょう。エランは私の憧れでした。かれこれ25年も前、私が12歳のときです。詳細は省きますが、魔導師だった彼に助けられたんです。彼は20歳そこそこだったかと。名前も同じロイだし、その後も交流は続きました。私は彼を目標にして、魔導師の道に進みました。

 そして9年前のことです。まだ、クーデターが起きる前でした。エランが獄所台へ栄転することになったんです。本来は名誉なことですが、彼は私に『何かがおかしい気がする』とこぼしていたんです」


「何かがおかしい、ですか」


「はい。客観的に見て優秀な魔導師でしたから、私は別におかしくはないと思ったんですが。具体的な理由は言いませんでしたが、エランはずっと、違和感を持っていたようです」


 ひょっとすると、エランは自分の異動が誰かの策略の内だと感付いていたのかもしれない。ルースはそう思った。


「そしてエランが栄転してから数ヵ月後、あのクーデターが起きました。更にその一ヶ月後、……彼は亡くなりました」


「えっ」


 さすがにルースも驚きを隠せなかった。ロイはちらりと彼の顔を見て、続けた。


「驚くでしょうね。獄所台の魔導師の死については、自警団には一切知らされませんから。知ることが出来るのは、家族のみです。私はその家族から聞きました。エランは刑務官の官舎の自室で、首を吊っていたと」


「まさか、自殺ですか?」


「状況としては。家族は、刑務官の中には責務に耐えられずそのような道を選ぶ者も多い、と説明されたそうです。しかし、私は絶対に違うと思っています。エランはそんなことをする人ではないんです。その証拠に、彼の死から数ヵ月後、私に差出人不明の小包が届きました。中身は、エランの日記帳が2冊。二年分くらいあって、獄所台へ行く数日前まで、ほぼ毎日書かれていました。最後のページに、同時期に獄所台へ行ったケース・リービーを怪しむ内容のことが書かれていたんです。彼が同盟と関わっているのではないか、と」


 ルースは少し身を乗り出すようにした。


「本当ですか。具体的に、何か書かれてはいませんでしたか?」


「いいえ、残念ながらそれ以上のことは。しかし、エランはこうも書き記していたんです。『もしこの日記帳が親愛なる友人に届いたなら、私は既に、多くの秘密と共に葬られているはずだ。そうならないことを願う』と」


 ロイの声が沈んだ。実際はエランの予想通り、そうなってしまったのだ。


「獄所台で一体何があったのか、多くの秘密とは一体何なのか……。私は、エランの無念を晴らしたいと思いました。何年掛かってでも自分が獄所台へ行って、謎を解き明かしたいと。ケース・リービーがエランに何かしたのなら、それを白日の下に晒してやりたいと思ったんです。

 そして去年、ついに念願叶い、獄所台へ推薦されました。エランの父親にもそれを報告し、彼と話している中で一つ思い付いたんです。私がエランと同姓同名で獄所台へ入れば、ケースは動揺するのではないかと。そこからぼろが出るかもしれない。それならばと、エランの父親の弟が私を養子にしてくれました。名前だけ借りたような形です。

 それからのことは、皆さんご存知の通りです。ケースは新たな同盟に監獄の情報を流そうとし、私がそれに気付いたことを知って、口を封じようとした。少し追い詰めるペースが早かったようです。まさか撃たれるとは思いませんでした」


 ロイは目を閉じ、疲れの浮かぶ顔で深呼吸した。少し無理をしたのかもしれない。しかし、彼は目を閉じたまま続けた。


「ケースは獄所台で尋問を受けているはずです。これでやっと、真実は明らかになると信じたい」


「私もそう思います。……ロイさん、その日記帳に、猟銃の盗難届についてのことは書かれていなかったでしょうか。10年前の7月のことです」


「猟銃の盗難届……」


 ロイは目を開け、記憶を辿るように視線を上に向けた。やがて、小さく頭を振った。


「申し訳ない。内容を全て詳しくは覚えていないんです。しかし、日記帳はエランの父親が保管しています。家はスタミシアの北3区です。何か重要なことなんですか?」


「はい。詳しくは話せないのですが」


 ルースは立ち上がった。


「ロイさん、貴重なお話をありがとうございました。エランさんの家を訪ねて、その日記帳、見させて頂きます」


「お役に立てたなら何よりです。ルース副隊長、お会いできて良かった。あなたの目には信念があります」


 ロイが微笑む。ルースはふと、思い出した。


 ――君にはちゃんと、信念がある。目を見れば分かるさ。


 かつてベイジルに言われた言葉だ。懐かしさが胸を締め付ける。


「過去にも、そう言ってくれた人がいました。私はその人に恥じない生き方をしたいと思っています」


 一礼し、ルースは病室を出ていった。






《登場人物》


○フィル・ノーバス

 カイと同期の第二隊員。


○ユフィ・サリス

 サリス狩猟専門店の店主。


○セレスタ・ガイルス

 前近衛団長。


○ファルン・ガイルス

 セレスタの息子。実業家で、フローシュの婚約者。


○マルク・ワイスマン

 セレスタの執事。


○フローシュ・デマン

 デマン商会の令嬢。


○セオドリック・リブル

 デマン家の従者。


○ケビン・レンダー

 デマン家の執事。

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