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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
四章 闇の果て
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8、用意周到

 エディトの話を聞いてすっかり青ざめたユフィの、その体がふらりと後ろにかしいだ。猟銃と弾。人の命を奪ったものが目の前に揃うと、気丈な彼女もさすがに意識が遠退とおのいたのだ。


「ユフィさん……!」


 彼女が床に頭を打ち付ける前に、辛うじてエーゼルがその体を支えた。


「医務室に」


 エスカが指示し、エーゼルは彼女を抱え上げて部屋を出ていった。


「……我々は慣れすぎているのかもしれませんね。突然襲撃に遭った上、自警団に連行され、人を殺めた武器についてあれこれ話されるのは、一般人には刺激が強すぎます。配慮が足りませんでした」


 エディトは申し訳なさそうに言ってから、ライラックに顔を向けた。


「ライラック、ユフィさんの店には盗難届けもありましたね?」


「はい。壁紙の裏に隠してありました」


 ライラックは盗難届をテーブルに置いた。少し変色してはいるが、文字もセレスタの署名もはっきりと読み取れる。それから彼は、視線をエディトに向けた。


「質問してもよろしいですか、エディト団長」


「ええ、どうぞ」


「これ、セレスタ・ガイルスが最終処理をしたなら、こっそり処分してしまうことも出来たはずですよね。なぜこんな重要な証拠を残しておいたんでしょうか。スター・グリスについても、分解して溶かしてしまえば証拠隠滅出来るのに」


「盗難届については俺が答えます」


 エスカが口を挟み、ライラックに顔を向けた。


「自警団の公式な書類には、最低保存期間というものがある。……お前たち、普段から意識してないな?」


 そう問われ、ライラックは苦笑するしかなかった。どの隊も書類は作成するが、保存期間については特別意識していないのが本当のところだ。書類の保管は第二隊の担当である。


「まあいい。保存期間以前に書類を処分すると、我々第二隊の担当部署には分かるようになっている。だからセレスタは、処分したくても出来なかったんだろう。

 そして『危険物等盗難届』の保存期間は、受理された日から10年と5ヶ月。……危ないところだったな。保存期間が過ぎていたら、確実に処分されていた」


「スター・グリスについてですが」


 エディトが話を引き継いだ。


「あのクーデターの日、実行犯はその場で自害していて、銃は消えていました。その後に確保された同盟の人間から何も情報を得られなかったことを考えると、銃を回収したのは同盟ではなくセレスタの手の者、ということになります。

 もちろん自警団の手に渡らないようにするためでしょう。しかし、回収されたものが魔術を使ってまで綺麗に保管されていたことを考えると……」


 彼女はテーブルに置かれたスター・グリスに触れた。


「これをもう一度使うつもりだった。処分しなかった理由はそれに尽きると思います。再びクーデターを起こすのか、別の殺人を犯すのかは分かりませんが」


 エディトはその指先を、スター・グリスの横に置かれた小瓶に移した。中に入っている銅色の弾丸が、揺れた。


「計画が成功であれ失敗であれ、実行犯は口封じのために自害させ、銃は回収する予定だった。使用されたものがユフィさんの店のスター・グリスと分かれば、自ずとセレスタに繋がりますから。

 あらかじめ実行犯に思考操作の魔術を仕込んでおけば、離れた場所からでも自害させることが可能です。彼ほどの魔力があれば、容易に。銃を回収する人間は、あらかじめ近くに潜ませていたのでしょう。

 そもそもセレスタはなぜクーデターを起こそうとしたのか……。現時点では想像も付きませんが、我々はエイロンが遺したものを、一つずつ追っていくしかありませんね」


 エスカとルースは頷いたが、ライラックはその話を聞きつつ、まだ疑問の残る顔をしていた。エスカからユフィの店に行くよう指示されたとき、時間が無いとのことで色々な説明を省かれたせいだ。「エスカ副隊長は、びっくりするぐらい強引な人ですよ」とエーゼルがぼやいていた。

 そんな彼の心を読んだのか、エディトは表情を弛めて言った。


「質問があるなら聞きますよ、ライラック」


「あ、はい。銃を回収したのがセレスタの手の者だとして、なぜユフィさんの店に隠したのでしょうか?」


「そこが安全な場所だと考えたからでしょう。クーデター後に、自警団は銃の入手経路を調べるためリスカス全ての猟銃店に聞き込みを行っていますね。それまでに盗難に遭った猟銃は無いかどうか。ですが、エスカに当時の記録を調べ直してもらったところ、問題が見付かったんです」


「問題?」


「スタミシア支部の記録の中に、ユフィさんの店についての物もありました。しかし、彼女の店から盗まれたものは猟銃ではなく『仕掛け罠』ということになっていた。実際、支部にはその『一般盗難届』がありました。こちらは偽造だと思いますが」


 その意味を察したライラックは、微かに目を見開いた。


「つまり支部の隊員の中に、セレスタに手を貸した者がいて、嘘の記録を作成したと?」


「そう考えています。何にせよ、それでユフィさんの店は自警団に目を付けられることは無くなった。安全な場所というのは、そういう意味です」


「でも、おかしくありませんか」


 ライラックは食い下がる。盗難届の、受理を担当した隊員たちの署名を指差して言った。


「スター・グリスの盗難届を受理した支部の隊員が、ここに二人いるわけですよね。彼らは、クーデターで使われた銃がユフィさんの店のスター・グリスだと気付いたのでは?」


「それも調べてあるさ。その二人は、クーデター当時は既に獄所台に栄転している。用意周到なんだ、セレスタも。事情を聞きたくとも、獄所台の魔導師には我々も手出しが出来ないことを知っている」


 エスカが小さく息を吐いたとき、ルースが盗難届の名前を見てはっと息を呑んだ。


「エスカさん。この二人の名前、耳にしたことがあります」


「ん? 知っている魔導師か」


「いえ。つい最近聞いた名前ですよ。数日前、獄所台の刑務官が同僚に撃たれた事件。この二人……被害者と加害者です」

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