6、探し物
陽は沈み切り、キペルは夜の闇に包まれた。第一隊の隊長室には、なかなか帰ってこない部下たちを心配するルースがいる。彼はエスカと向き合い、こう話していた。
「従者? 本当に大丈夫ですか。見ての通り短気なんですよ、カイは」
エスカの報告に驚くよりも先に、ルースはそっちが心配になるのだった。
「あの仕事、僕だって我慢ならないこともあったのに」
第二隊の潜入経験者たちは皆そう語る。エスカには残念ながらその経験がないため、共感は難しいところだ。従者に適した年齢の頃、彼は第三隊で暴れて過ごしていた。
「……まあ、大丈夫だ。あちらのお嬢様が熱望されたんだから。何となく訳ありな感じだったしな。デマン家には、すぐにうちのフィルも送り込む。それにカイたちがあの場に居合わせたのは偶然だが、馬が暴れたのは偶然じゃない」
エスカは眉根を寄せた。
「誰かが馬に魔術をかけていた痕跡があった。だが、ゆっくり走っていた馬車がひっくり返った程度で、人は死なない。あれは殺人というより、脅しだろう」
「乗っていたのはデマン商会のご令嬢でしたっけ。一体、誰が何のために?」
「現時点では何とも。どこかでセレスタ・ガイルスと繋がっているといいんだけどな。我らの短気な少年が何か掴んでくれることに期待しよう。それこそ馬車馬のように働かせて悪いが……忙しい方が、友を失った悲しみも紛れるはずだ」
ランプの明かりがゆっくりと揺れる中、ユフィは部屋の椅子に腰掛けてうとうととしていた。エーゼルとライラックが階下の店舗で探し物を始めてから、どのくらい経っただろうか。外はもうすっかり暗くなっている。
そのときだった。彼女の耳に、店舗から繋がる内階段を掛け上がってくる足音が響く。
「ユフィさんっ!」
エーゼルの切羽詰まった声がする。ユフィは跳ね起き、部屋を飛び出した。廊下に彼の姿を見付け、駆け寄った瞬間だ。
階下で爆発音がし、下から突き上げるように建物が揺れた。
「きゃあ!」
甲高い悲鳴を上げ、ユフィは床に倒れた。階段の方から煙と埃の混じった空気が流れてきて、視界を奪う。エーゼルがすぐに彼女を抱き起こし、半ば引きずるように玄関のドアへと向かう。
「な、何……」
浅い呼吸の合間に、ユフィは必死でそう言った。寝起きのような状態でこんなことが起きたから、まったくもって事態が飲み込めていない。
「襲撃です。とにかく、逃げましょう!」
エーゼルは蹴破る勢いでドアを開ける。外階段に目を遣ると、そこを駆け上がってくる人影があった。
「掴まれっ!」
「えっ」
間髪入れずにユフィを抱え上げ、エーゼルは玄関の前から隣の屋根の上へと跳んだ。階段の人影はそれ以上追ってこないが、その手元に、ナイフがぎらりと光るのが見えた。
エーゼルはユフィを抱えたまま先へ進み、店が見えなくなった所でやっと建物の陰に降りる。それからユフィを地面に下ろすが、彼女は脚が震えて立てないのか、エーゼルの片腕にしがみつく格好になった。
「……何事なんですかっ!?」
怖いやら驚くやらで、ユフィは半泣きの状態になりながらそう言った。
「落ち着いて、静かに」
エーゼルは彼女の頭を抱き寄せるようにして自分の胸元に押し付け、無理矢理黙らせた。そのまま首を伸ばして道路の方を窺うと、突然の爆発に驚いた住民たちが家の前に出てきて、何事かと騒いでいるのが見えた。その間を縫うように、支部の隊員たちが店に向かって走っていく。応援が来たなら、一先ずは安心出来そうだ。
「うぅ……」
苦し気な声が聞こえ、エーゼルは慌てて腕を緩めた。
「ユフィさん、すみません。乱暴な真似を……」
涙でぐしゃぐしゃの顔をしたユフィは、エーゼルをぐいと押しやって背を向けた。
「見ないで下さい、こんな顔」
そう言いながら、小さく肩を震わせる。恐らく今、彼女は人生で一番危険な目に遭ったに違いない。動揺して当然なのだが、それでもなんとか気丈に振る舞おうとしているようだった。
エーゼルが彼女の肩に手を伸ばそうとしたとき、屋根の上から人が飛び降りてきた。ライラックだ。
「2人とも無事だったか! 良かった」
彼は爆発に巻き込まれたのか、制服は所々破れ、顔には擦り傷がいくつかある。そして腕には、ぼろ布で包まれた長い何かを抱えていた。
それが9年前のクーデターで使用された猟銃、スター・グリスであることを、エーゼルは知っている。これを店の中から見付けてすぐに、襲撃があったのだ。犯人は同盟なのか、セレスタの手の者なのかはまだ分からない。
顔を拭って振り向いたユフィは、じっと包みを見た。そのシルエット、長さ……、中身を知らずとも、銃を扱ってきた彼女には想像が付いたのかもしれない。はっと息を呑む音を、エーゼルは聞いた。
「襲撃犯3人は、支部の隊員たちが捕まえた。すぐに口は割るだろうが、奴の名前が出てくるかどうか」
奴、とはセレスタのことだ。ライラックはそれから、ユフィに顔を向けた。
「ユフィさん、巻き込んでしまって申し訳ない。安全な場所に移動してから、ちゃんと説明します」
「大丈夫です。自分の店があのクーデターに……人の死に無関係でないのなら、私も、知らないふりなんて出来ません」
力強い視線がライラックを見つめていた。
エーゼルとライラックと共に、ユフィは自警団本部に来ていた。裏口から中へ入ると、既にエスカとルースが待っていた。
「あなたは……」
ユフィの目がエスカを捉える。数日前に会っているから、知らないはずがなかった。
「お久しぶりですね、ユフィさん」
エスカは余裕たっぷりに微笑んでみせる。もちろん意図的だが、その意図通り、ユフィは少し安心したように肩の力を抜いた。
「そちらは?」
彼女の視線がルースに移る。
「その二人の上官に当たります。第一隊副隊長の、ルース・ヘルマーです」
ルースも少しだけ微笑んでみせ、すぐにライラックが手にした包みに目を遣った。
「こっちへ」
彼は先頭に立って早足に歩いていく。そこから醸し出される雰囲気が刺々しかったのか、ユフィは不安そうな顔をして、隣にいるエーゼルを見た。
「大丈夫ですよ。ルース副隊長は優しい人です。行きましょう」
「はい……」
覚悟して来たとはいえ、ユフィは事の重大さに動悸を感じながら、彼らの後を追った。
全員が第一隊の会議室で待っていると、それほど経たないうちにエディトが姿を現した。普段見ることのないその臙脂色の制服に、ユフィは目を丸くする。
「近衛団長、エディト・ユーブレアです。怖がる必要はありませんよ、ユフィ・サリスさん。あなたの力を貸して頂きたい」
エディトはそう言ってから、テーブルに置かれた長い包みに目を遣った。
「これが……」
ベイジルの頭を撃ち抜き、自分にも傷を負わせた銃。胸がざわつくのは、どうしようもなかった。
「向こうではじっくり検分する時間がありませんでしたが、間違いないかと。床板を剥がして見付けました。では、開けます」
ライラックが説明し、ぼろ布の包みを開いた。中にあるものは、丁寧に油紙に包まれている。そのシルエットはどう見ても、猟銃だった。
油紙をゆっくりと外していく。鋼色に鈍く光る銃身から木製の銃床まで、少しも朽ちた様子のないまま、スター・グリスは彼らの目にその姿を晒した。
「スター・グリス……」
まず口を開いたのは、ユフィだった。彼女は青ざめた顔をしながらも、銃の金属部に刻まれた製造記号を確認することを忘れなかった。
「間違いありませんか?」
エディトが尋ねる。
「はい。祖父の代に、私の店で扱っていたものです。でも、まさか……」
「まさか、とは」
「いえ、こんなに綺麗な状態で出てくるなんて。いくら油紙に包まれていたからって、床下なんて環境に放置されていたなら、金属は錆びるはずです。どのくらい放置されていたかにもよりますけど」
ユフィは専門家らしい口振りで言った。以前にエスカたちに銃の説明をしたときもだが、自分の仕事のこととなると、冷静になれるらしい。
「確かに、十分に手入れがされていたような見た目ですね。我々はこれが、9年前に使用された後からずっと、あなたの店の床下にあったと考えていますが」
「それならなおのこと、劣化していてもおかしくないんです。手に取ってみても?」
エディトが頷き、ユフィは銃を手に取った。彼女はまず最初に、弾倉と薬室を確認する。
「空ですね。当然といえば当然ですけど……。スター・グリスは威力のある銃ですが、その分、機構を単純に、かつ頑丈にしてあるので、一発ずつしか撃てません」
安全を確保した後、ユフィは様々な部品を動かしてみる。
「どこもスムーズに動きます。すぐに使えるくらい。信じられません」
そう言って、銃をテーブルに戻した。
「魔術で保存していたのかもしれませんね。後でじっくり調べましょう。ユフィさん、あなたは銃弾についても詳しいですか?」
エディトは上着のポケットに手を入れながら尋ねる。
「はい、狩猟に関係する物なら分かるはずです」
「では、これが何か分かりますか」
ポケットからエディトが取り出したのは、小瓶に入った、銅色の弾丸だった。その場にいた全員が顔に驚きを浮かべた。
ユフィはそれを受け取り、小瓶から中身を出してじっくりと観察する。みるみる内に、その顔が険しくなった。
「この重さと大きさ……、絶対とは言いませんが、スター・グリスで使用される弾です」
つまり、人を殺めた銃弾だ。ユフィはぞくりとし、すぐに小瓶に戻してテーブルに置いた。
「エディト団長、どこでそれを?」
エスカが尋ねた。
「あの日、この弾は……最終的に私の右肩で止まりました。ですからこうして、ここにあります」
エディトはユフィの手前、言葉を選んだ。しかしながら、ユフィも含め、その場にいた全員は分かっていたのだ。それがベイジルを殺めた銃弾であると。
「……ここにカイがいなくて良かった」
ルースが小さく、そう呟いた。