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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
三章 再生
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28、関わり

 自警団本部の客間に通された黒制服の二人は、懐かしげにその部屋の中を見回していた。刑務局長補佐ハーリック・ゼファー、数少ない女性刑務官のシリー・ネイルズ。彼らも元々は、本部の隊員だった。


「客人としてこの部屋に入るのは初めてです」


 シリーが呟く。広い部屋の中に豪奢に調ととのえられた椅子もテーブルも、彼女が第二隊にいた10年前とほぼ変わらなかった。


「緊張しているな」


 シリーの顔を横目で見て、ハーリックが言った。


「それはそうですよ。これから会うのは、私の元上官ですから。ハーリックさんは、そうでもなさそうですね」


「懐かしい同期だからな。向こうは覚えてもいないんだろうが」


 ハーリックが獄所台に入ったのは、もう16年も前になる。その間、これから会う人物と顔を合わせたことは一度も無かった。

 かつて自警団一とも言われた美貌は、まだ健在なのか。こんなときではあるが、ハーリックは純粋に興味があった。

 部屋のドアがノックされ、目的の人物が入ってきた。


「……しばらくだな、シリー」


 イーラは彼女に視線を遣り、ほんの少しだけ口角を上げる。その表情に不覚にもハーリックはどきりとしたが、顔には出さないように努めた。

 シリーがほっとしたように口を開く。


「お久しぶりです、隊長。こちらは刑務局長補佐の」


「ハーリック・ゼファー。知っている、私の同期だ」


 イーラは短く言って二人に椅子を勧め、自分もテーブルを挟んだ向いに腰掛けた。


「獄所台に対して無礼だと思わないか、イーラ」


 ハーリックは不満そうに言いながら、椅子に腰掛ける。分かっているのならもう少し親しげにしてくれてもいいのではないか、と。イーラは鼻で笑った後、真剣な表情で二人を見た。


「用件を伺いたい」


 ハーリックも表情を引き締めた。


「その前に質問させてくれ。なぜ今、自警団のトップが第二隊の君なんだ? 第一隊長はどうした」


「知りたいなら拷問して吐かせろ。私は何も言わない」


 取り付く島もない返答だった。シリーが少し困ったように眉根を寄せる。イーラにとっては同期であろうとかつての部下であろうと、気を許すつもりはないようだ。


「君たちは獄所台に黙って、秘密裏に何かを行っている。今回の、隊員たちのガベリア派遣もそうだ。何故我々に隠す必要がある」


「獄所台は臭いものに蓋をしたがるだろう。あるいは、最初から無かったことにする」


 彼女がのらりくらりとかわすので、ハーリックは話題を変えることにした。そもそも本題はそこではない。


「今日は自警団に頼みがあって来た。ガベリアが甦ったことは既に知っていると思うが――」


「市民が暴走しないように協力を、だろう。とっくにやっている」


 イーラは疲れ切った様子で息を吐き、椅子の背にもたれた。


「『ガベリアが甦ったのは事実だが、安全は確保されていない。許可なく近付く者は獄所台に入れる。追って発表を待つように』。各区長を通じて全市民に通達してある。運び屋は何ヵ所かに集め、警備を付けた。ガベリアへ連れていけと市民に詰め寄られるのは、目に見えているからな」


 ハーリックとシリーは思わず目をしばたいた。


「この短時間で?」


 二人がガベリアに入り、戻ってから、まだ一時間と経っていない。どうやってリスカスの隅々にまで連絡をしたというのか。イーラはその疑問に答えた。


「いざというときのために、前隊長が仕組みを整えていた。彼は区長、もしくは副区長のどちらかを、必ず魔力を持つ者とする規定を作った。ナシルンの連絡を受け取れるようにだ。第二隊は定期的に連絡を送り、その連絡網が生きていることを確認していた。今回、それが大いに役立ったわけだ。スタミシアも同様に」


「さすがだな。素早い対応に感謝する」


「感謝は必要ない、そもそもが自警団の仕事だ。今は……6時半か。混乱が起きているという連絡はまだ入っていない。元より、ガベリアが甦ったことを信じられない人間がほとんどだろう。私も、見たが」


「何を?」


「悪夢で消えた家族だ。夢の中で。同じような体験をした者は、隊員たちの中にも多くいる」


 イーラはそこで初めて、かたくなだった表情をゆるめた。


「おかげで、やるべきことが明確になった。私にはもう恐れるものがない。いや、失うものがない、か」


「何を言っている?」


 ハーリックが怪訝な顔をするが、イーラは無言だった。


「イーラ隊長。局長のコール・スベイズはこう言いました。塀の向こうと関わりを断つ時代は、終わったのかもしれない、と。獄所台の外で、何が起こっているのですか?」


 シリーが懇願するように口を挟む。コールの名を聞いてイーラの頬がひくりと動いたのを、ハーリックは見逃さなかった。


「確かに我々は、リスカスで起きる事件そのものには関与しません。というよりは、関わろうとしない。真実を元に裁き、罪を償わせることだけが使命だからです」


「それは理解している。お前たちには国王ですら口を挟めない、強大な権限があるからな。外界と隔離されているのは当然だ」


 イーラは無表情に答え、こう続けた。


「獄所台には情状酌量が存在しない。快楽的に殺人を犯した者も、誰かを守るためにむ無く殺人を犯した者も、罪の重さは同じ。ある意味、平等と言える」


「それが獄所台の存在意義だ。平等に裁き、罪を償わせる。……そんな目で見ないでくれ、イーラ。我々は冷血漢のように言われているが、そういう組織にいるというだけのことだ」


 ハーリックは弁解するように言った。


「個々人としては、まだ人の心を持った魔導師のつもりでいる。ここだけの話、自警団に戻りたいと思うこともある」


 シリーがぎょっとした顔でハーリックを見た。総監の耳に入れば懲罰ものの発言だ。だが実は、彼女も何度か同じことを思った経験がある。

 イーラが言うように、監獄にいる人間にはむべき事情がある者も多くいた。理由を聴けば、誰しもが涙し、心震えるような。

 しかし彼らは、身勝手な理由で罪を犯した者と同じ年数、監獄に入れられる。獄所台の中でも『密室』と呼ばれる審理局で下される審判に、人の心は無い。

 シリーたち刑務局の人間は、監獄の管理が主な任務だった。「私情を排することが出来ない者は、絶対に審理局には配属されない」。シリーが獄所台へ入った当初、上官から言われた言葉だ。自覚していた通り、彼女は刑務局所属となった。無論、ハーリックも同じようなものだろう。

 イーラはふっと肩の力を抜いて、言った。


「獄所台へ行くことはすなわち、人の心を捨てること。昔と違って、最近の若い魔導師は獄所台へ行くことにかなり抵抗があるらしい。時代は変わるものだな」


「何度でも言うが、俺はまだ人間をやめていない」


 ハーリックの言葉に、イーラは少し視線を下げて黙り込む。やがて、こう言った。


「……シリー、少し外してくれないか」


 シリーは困惑したようにハーリックを見る。しかし彼が頷くと、素直に応じて部屋を出ていった。

 ハーリックが向き直ると、イーラは右手で左肘の辺りをさすっていた。彼は知っている。それが、彼女が自分を落ち着かせる時の癖だと。


「同期としての話があるのか?」


 ハーリックの方から口を開くと、イーラは小さく頷いた。


「お前はさっき、コール・スベイズの名前で動揺したな。彼は俺たちに、自警団との繋がりを白状した。誰と、という質問には答えなかったが」


「……それが私だと?」


「いや、そうは思っていない。お前はそこを、俺に話したいんじゃないのか」


 ハーリックは核心を突いたと思った。肘を触るイーラの手が止まったからだ。彼女の視線が、ゆっくりとハーリックの目を捉えた。


「コールは、その誰かを庇っているんだろうな」


「分かりきったことを聞かないでくれ。彼は、今回の件で自分が檻の向こうに入っても構わないとまで言った。俺たちは彼を信頼している。だから、真実が知りたい。裁くためではないんだ」


 彼の言葉に熱がこもる。


「俺の目は節穴じゃない。……レナなんだろう。彼と関係を持っているのは」

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