表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
三章 再生
127/230

27、もう一つの夜明け

 スタミシア監獄の隣にある煉瓦造りの建物、それが獄所台の本部だ。その刑務局長室で、コール・スベイズは気の休まらない夜を過ごしていた。

 ガベリアへ向かう一行を見逃して欲しいというレナの願いを聞き入れたことに、後悔は無い。それが露見し、自分が裁かれたとしても構わない。レナは自分に責任を全て押し付けていいと言ったが、コールにそんなつもりは微塵も無かった。

 空が白み始めるまで、コールの部屋を訪れる者は無かった。監獄の裏山への侵入者には、誰も気付いていないようだ。

 ガベリアが甦るか否か、セルマという巫女がいるとはいえ、それをたった5人の隊員に懸けるとは……。自分が知らぬ間に、自警団も思い切った組織になったらしい。コールは懐かしさと同時に憂鬱を感じながら、窓際に立って外に目を遣った。

 山際からオレンジ色の光が広がり、夜の闇を裂いていく。幾度となく見た、いつもと変わらぬ夜明けだ。

 その時、部屋の壁をすり抜けてナシルンが入ってきた。運んできたメッセージは、驚くべきものだった。


 ――スベイズ局長にお伝えします。たった今、ガベリアへ繋がる街道の巡回をしていたのですが……消えました。今まで道の先を覆っていた、黒い闇が。信じられない光景です。見た限り、立ち入っても問題は無いように思いますが……大至急、指示を頂きたく。


 彼らがやり遂げた――レナから事情を聞いていたコールには、それが分かった。ガベリアは甦ったのだ。とすれば、中へ入った隊員たちは?


「すぐに向かう。待機しろ」


 ナシルンにそう吹き込んで飛ばし、コールは素早く部屋を出た。



「信じられない……。何が起きたんですか?」


 コールと共に街道に到着した3人の刑務官たちは、皆驚愕の表情で道の先を見る。まだ薄明かりの空の下に、悪夢が起きる以前の光景が広がっていた。


「巡回に来たときには、既にこの状態でした」


 連絡を送ってきた刑務官が、放心したように呟く。真っ直ぐに続く街道の敷石には、少しも朽ちた気配が無い。木々は穏やかに揺れ、葉に付いた朝霜がきらきらと光っているのが見えた。


「ガベリアが甦った。私はそう考える」


 コールの言葉で、全員の目が彼に向いた。彼らはコールに信頼を置き、また彼から信頼されている部下たちではあるが、その言葉をすぐに信じることは出来なかった。


「まさか。今までずっと闇の中だったのに、突然ですか」


「突然ではない。為るべくしてこうなっている。今、ガベリアの中には自警団の隊員たちがいるはずだ」


 刑務官たちに困惑が広がる。


「わけが分かりません、局長。自警団が、あの闇の中に入っていったと? ありえません、消えてしまいます。それを阻止するために我々は、ガベリアへの入口を封鎖していたんです」


「全てを話すには時間が要る。今はとにかく、彼らの無事を確認したい。自警団に連絡し、共にガベリアへ入る。……私に賛同出来ない者は抜けていい。本部に戻り、総監や副総監に告げ口しろ。コール・スベイズが怪しい動きをしていると。私は自分が檻の向こうに入っても構わない覚悟だ」


 コールの毅然とした態度に、刑務官たちは顔を見合わせ、頷いた。ややあって、一人がこう言った。


「局長がそこまで言うのなら、着いていきます。危機に瀕している人間を助けるのは、魔導師として間違っていないと思いますから」



 くして、コールは自警団の隊員たちと共にガベリアへと足を踏み入れた。営みの中から人だけが消えた街。実に奇妙で、悲しい光景だった。

 彼は幸いにも、悪夢で近しい人間を失ってはいなかった。獄所台の仲間は大勢消えたが、個人的に親しい者はほとんどいなかった。コールの世代は、それが普通だったのだ。

 一同はガベリア支部に近い林を抜ける。そして、目の前に現れたオルデンの樹の姿に息を呑んだ。巫女の洞窟に入ったことのない彼らにとっては、初めて目にする魔力の源だった。

 だが、感激に浸っている暇はなかった。地面に点々と倒れているのは、間違いなくガベリアへ入った自警団の隊員たちだ。

 コールは一番近くに倒れていた者の側に膝を着いた。白銀の髪が額に掛かっている。レナから聞いた、山の民族の少年に違いないと彼は思った。目は閉じられているが、脈も呼吸もある。

 大丈夫、生きている。そう胸を撫で下ろしたときだった。


「おい、オーサン!」


 その場に響き渡るような声を上げたのは、フィズだった。


「こんなときに冗談はやめろ。生きてるんだろ?」


 彼は地面に横たわるオーサンの肩を乱暴に揺すっていた。コールはその場に近付く。そして、青白い――生きていないことがはっきりと分かるくらいの――オーサンの顔を見た。

 フィズは医務官に止められるまで彼の名を呼び続けていた。やがて大人しくなり、茫然とオーサンの亡骸を見下ろした。


「あなたの部下が、犠牲に……?」


 胸を締め付けられながらコールが声を掛けると、フィズは俯いたまま答えた。


「はい。まだ入ったばかりの、新人でした。行かせたのが間違いだった」


 コールは首を振って否定する。


「自分を責めないで下さい。彼らがガベリアへ入れるように手引きをしたのは、私です」


 集まってきた刑務官たちはその言葉に驚き、目を見開いた。彼が裏で自警団と組んでいた。理由がどうであれ、獄所台としては許されざる行為だ。

 しかし、彼らは口を挟まなかった。コールの悄然しょうぜんとした顔を見れば、若い命が失われたという点において、彼がその判断をどれほど後悔しているか分かるからだ。


「いえ。方針を決めたのは我々自警団です。……誰の責任だと言い争っても仕方ない。オーサンは魔導師として立派に役目を果たした。それだけが事実です」


「……気高い魔導師に、敬意を」


 コールは静かにそう言って、こうべを垂れた。刑務官たちもそれにならい、その場に沈黙が流れた。





 コールは獄所台本部に戻る道すがらに、部下たちに詳細を説明した。セルマという巫女の器が現れたこと、ガベリアを甦らせるため、自警団の隊員たちが彼女と共にそこへ向かったこと。キペルにあるオルデンの樹が暴走したことで、命の危機にある人たちがいること。そのために裏山の監視を解き、彼らに協力したこと。レナのことは伏せ、話せる範囲で伝えた。


「なぜ裏で工作する必要が? その理由のために街道を通して欲しいというのは、正当な要求ではないですか」


 刑務官の一人が疑問を口にする。


「そう思うのは、お前たちがまだ頭の固くない人間だからだ。総監や副総監が、それをすぐに許可すると思うか? 人が死にかかっていた。出来るだけ早くガベリアを甦らせる必要があった。時間の猶予が無かったんだ」


「局長が身をていするには、いささか弱い理由だと思います」


 別の刑務官が鋭く指摘した。部下の中では最年長、54歳のハーリックだ。局長補佐として有能だが、コールにとっては不運なことに、彼はレナの同期でもある。


「自警団の()()、それを頼まれたのですか?」


 何かを見抜いたような視線がコールに刺さる。もしかすると、彼はレナとの関係を知っているのかもしれなかった。


「……話せない、とだけ言っておく」


「局長が話したくないのであれば、私も別に、知りたくはありません」


 ハーリックはあっさりと引き下がり、笑った。


「あなたを信頼していますから。()()のことも大切ですし」



 獄所台本部に着くと、刑務官たちが廊下を忙しなく走り回り、いつになく騒然としていた。


「局長! 妙なことが起きています」


 一人が走ってきて、早口にそう報告した。


「何だ」


「監獄の囚人たちが、全員ではないのですが、口々に『ガベリアが甦った』と騒いでいるのです。『夢の中で、悪夢で消えた家族に会った』ですとか。囚人だけでなく、刑務官の中にも同じことを言う者がいます。一体何が起きているのでしょうか」


「事実だ」


「え?」


 刑務官は目を丸くした。


「ガベリアが甦ったのは、事実だ。我々は先程、それを見てきた。刑務官たちにはそう伝えろ。詳細は後で話す。囚人たちは魔術で落ち着かせて構わない。乱暴な真似はするなよ」


 そう指示して、コールは総監室に向かう。歩きながら、信頼する4人の部下たちに言った。


「恐らく多くの市民が、囚人たちと同じように夢の中でガベリアが甦ったことを知っただろう。これから、行動的な市民がガベリアへ向かう街道に押し寄せる可能性がある。そうなると危険だ。

 お前たちは二手に分かれて、自警団本部とスタミシア支部に向かえ。ガベリアで見た現状を各隊長たちに伝え、市民が暴走しないように協力を呼び掛けろ。頭の固い獄所台とは違って、すぐに動いてくれるはずだ」


「分かりました。局長は?」


「石みたいな総監たちを、少しでも柔らかくしておく。我々が塀の向こうと関わりを断つ時代は、終わったのかもしれない。……次にお前たちと会うときは、檻の向こうかもな」


 コールはそう言って、笑ってみせた。そして堅牢な総監室の扉の前に立ち、覚悟を胸にそこをノックした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ