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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
一章 思惑
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12、落下

 ミネはセルマの手を引いて自警団本部の廊下をひた走る。走りながら、異常を察知して臨戦態勢で医務室に向かう隊員たちとすれ違った。

 その中に、第三隊のオーサンの姿があった。彼は咄嗟に手を伸ばし、セルマの腕を掴んだ。


「……っ! な、なんだよ」


「君の保護をカイに頼まれてる。行こう。ミネさんは俺が背負います」


 そう言ってミネの前に屈んだ。全力で走ってきたため、彼女の義足は外れかかっていたのだ。

 自分が一緒に逃げれば必ず足手まといになる。それならば。


「私は置いていっていい。この子をお願い!」


 ミネはオーサンの背中に向かってセルマを押した。


「わっ……」


 セルマはつまずき、ちょうど良くオーサンの背に収まる。


「行って! 私はやるべきことがあるから」


 義足を固定し直し、ミネは医務室へと戻っていった。





「カイも隅に置けない男だよな。出掛けに、何かあったら君を連れて安全な場所に逃げろなんてさ」


 セルマを背負って軽々と階段を上がりながら、オーサンは言った。彼はカイがルースを探しにいく直前に、廊下で顔を合わせたのだ。


「こんな事態は前代未聞だ。君が来てから、自警団はやたらと騒がしいぜ」


「……あの襲撃犯に、私が狙われてるってことか?」


「だろうね。理由は俺も知らないけど。カイも知らないんじゃないか? 嫌だな、新人って除け者にされて。結局は巻き込まれるのに」


 階段を登り切り、そこにあった扉を開ける。冷たい風が吹き込み、見えたのは本部の屋上だった。


「外に出るのか?」


「ああ。ここからが一番安全だ。今なら奴らもまだノーマークだろ」


「ここからって……え?」


 オーサンは屋上に出て、躊躇いもなく縁に足を掛ける。本部の建物は五階建てで、地上まではざっと15メートルはある。地面は雪で白く染まっていて、距離感が掴めず、余計に恐怖心を煽った。


「ちょっと待て、まさか」


「しっかり掴まってろ。ばれるから、声は出すなよ」


 次の瞬間、二人の体は宙に浮いていた。





「魔術があれば、何でもやっていいわけじゃないんだぞ」


 オーサンの背中で鼻を啜りながら、セルマは涙目になっていた。高い所は平気な彼女でも、流石に五階から飛び降りたことはない。

 無事に本部を脱出した二人は、近衛団の本部に向かっていた。外出禁止時刻である夜の11時を過ぎ、街に人の姿はない。暗い街を駆け抜けながら、オーサンには一つ、考えがあった。


「まあまあ。命には代えられないってことで」


「死んだかと思った。それより、どこに行くんだ?」


「一番安全な場所」


「だから、それってどこだよ」


「え? そりゃ決まってるだろ。巫女の洞窟だ」





 ミネが中へ飛び込むと、医務室は既に凄惨な現場と化していた。カーテンは切り裂かれ、ベッドは横倒しになり、辺り一面に血飛沫が飛んでいる。

 部屋の中は騒がしかった。駆け付けた隊員や難を逃れた医務官たちが、襲われた仲間を助けようと駆けずり回っている。

 そこにクロエの姿はなかった。倒れている人々の中にも、彼女はいない。


「ミネ!」


 第三隊の隊長、フィズがミネを呼んだ。大柄な体を持て余しているかのような彼の前には、最初に襲われた医務官が横たわっている。辛うじて、まだ息はあるようだ。


「フィズ隊長! ああ、エドマー……」


 ミネの一期下の後輩だ。彼はミネの声に、うっすらと目を開けた。首元は血で汚れ、深い傷口が覗いているが、不思議ともう出血はしていない。


「ミネさん、無事でしたか……。なんとか、自分で止血したんですが……」


「喋らないで。すぐに治すから」


 ミネはエドマーの首に手を添える。すると、数秒と経たずに傷口は塞がっていった。彼は青白い顔で、少しだけ笑った。


「さすがミネさん」


「まだ完全じゃないから、静かにしていて。フィズ隊長、被害は」


 フィズは百戦錬磨を思わせるそのスカーフェイスをしかめて、言った。


「患者も医務官も怪我はしているが、全員無事だ。俺たちが来たときにはもう、全て終わっていた」


 そう言って、部屋の隅に目を遣る。黒ずくめの襲撃犯三人が、捕縛用の銀色のロープで縛られて横たわっていた。全員、多数の切り傷が有り、ぐったりとしている。死なせないように、医務官が最低限の処置をしたようだ。


「見付けました、隊長!」


 第三隊の隊員が医務室の窓から入ってきた。その腕に抱えられていたのは、クロエだ。


「クロエ!」


 ミネが駆け寄って揺さぶるが、その目は閉じられていて返事はない。だが大きな傷は無く、血色も悪くなかった。気絶しているだけのようだ。


「どこで見付けた」


 フィズも駆け寄ってくる。


「一階のバルコニーです。屋根の上を転げて、そこに落ちたんでしょう。肩が外れているようです」


 隊員はクロエをゆっくりと床に寝かせた。ミネがすぐに肩を治し、フィズに問う。


「何があったんでしょうか」


「俺たちがここに着いたときに見たのは、襲撃犯二人が床に倒れているのと、屋根の上で誰かが戦っている姿だ。すぐに一人が倒れて、一人が屋根を落ちていった」


「つまりクロエが、一人で犯人全員を?」


「状況から、そうとしか考えられないな。これだけ剣術に優れた魔導師が医療部にいたのは不思議だが……。まあ、殺す寸前まで犯人を斬り付けていたのは、いただけない」


 ミネは信じられない思いでそれを聞きながら、医務室から逃げる直前に聞いたクロエの言葉を思い出す。『万が一殺したって、正当防衛だ』と。


「……殺すつもりでやった、と?」


「犯人の傷の場所をよく見てみろ。確実に首を狙っている。魔導師としては有り得ない選択だろう。我々は人を殺めてはならない」


 確かに、犯人たちの首元は皆、血で汚れている。


「もしそうだとしたら、この子は……処罰されるんですか?」


「本来であればな。だが今は緊急事態だ。結果的に仲間を助けたし、大目に見てもらえるだろう」


 ミネはほっと息を吐いた。自警団は仲間内にも容赦はしない。もしクロエがこうなった経緯について本当のことを話さなかったら、尋問も辞さないだろう。

 フィズは続けて言った。


「そもそも、こんなときに第一隊が全員出払っているのが悪い。ロットの野郎が何かこそこそやっていたツケが、こっちに回ってきやがった」


 第一隊の隊長ロットは、フィズの二期下の後輩だった。後輩が自分より上の立場にいるのが気に食わないのか、あまり仲が良くない。


「第一隊、何かあったんですか?」


「副隊長のルースの霊証が消えた。全員で捜索に当たっているようだ」


 ミネは頭を殴られたような衝撃を受けた。咄嗟に言葉が出てこない。フィズはそれを見て、同情したように言った。


「確か、同期だったな。……大丈夫だ、第一隊の連中なら必ず見付けてくれるさ」

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