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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
三章 再生
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10、再会

 ガベリア支部の周辺では轟々と風が唸っている。カイたちは辛うじて風を防げる林の中から、前方の様子を窺っていた。支部の建物を覆い尽くした黒い火柱は、天に向かって不気味に渦を巻いている。


「竜巻みたいだな。近寄れば吹っ飛ばされそうだ」


 風で飛び交う枯葉や土埃が入らないように目を細めて、オーサンは支部の方を見た。セルマはその華奢な体が飛ばされないように木にしがみついている。その隣で、カイは口に入ってきた小枝をぷっと吐き出し、エスカに尋ねる。


「ここで、ルース副隊長たちを待ちますか?」


 未だにルースとブロルの姿は無い。無事にガベリアへ入れたのかさえ、分からなかった。


「ああ。セルマの首飾りが壊れた今、何も無しにあそこへ突っ込むのは無謀だ。ブロルが持つ樹の欠片が必要だと思う。せめてルースたちがどこにいるのか分かれば――」


「あっ!」


 エーゼルが声を上げた。


「どうした」


「居場所を調べる方法ならあります」


 そう言って、外套の内側から小瓶を取り出した。中にはブロンドの髪が一本入っている。言わずもがな、ルースの髪だろう。


「それ、あと何個持ってるんですか?」


 カイは引き気味に尋ねる。キペルでルースを探すときに、追跡の魔術で一つは消費したはずだった。


「これで最後だ。おい、そんな目で見るなよ」


 エーゼルは心外だとばかりにカイを睨む。


「俺にとってはお守りみたいなものなんだ。それに、役に立ってるんだからいいだろう」


「貸してみろ」


 エスカが小瓶を受け取り、追跡の魔術をかけた。瞬時に現れた発光体の燕が、今しがた彼らが来た道を戻っていく。

 それを追った視線の先に、お目当ての姿が二つ、こちらへ走ってくるのが見えた。


「副隊長!」


 カイが叫んだ。共に向かってくるルースとブロルは、どうやら無傷のようだ。


「待たせてすまなかった」


 息を整えながら合流したルースは、全員の姿を見てほっとしたように表情を弛めた。同じように安堵したカイだったが、すぐに頭に浮かんだのは彼のことだ。


「副隊長、ロット隊長は……?」


 エーゼルも同じように、不安げな顔でルースを見ていた。


「捕縛して、本部に引き渡した。大丈夫、隊長は無事だよ」


 それを聞いて、二人は胸を撫で下ろした。最悪の場合、ルースとロットが殺し合う状況も想定していたのだ。

 ルースはエスカに向き直り、報告した。


「獄所台の下にあった洞窟にはエイロンもいました。悪夢で受けた傷に侵蝕されて、ほとんど動けない状態でしたが、そのまま……」


 ルースの顔が微かに、苦痛に歪む。言葉の先を想像し、驚きの後、場の空気がどんよりと沈んだ。


「言わなくてもいい。お前がどうにか出来たことじゃないんだから」


 エスカはそう慰めた後、逡巡した。ミネのことをルースに話すべきかどうかだ。


「……ミネさんも、危険な状態なんです」


 先に口を開いたのはカイだった。ルースは思わず聞き返す。


「なんだって?」


「その、エイロンと同じように、悪夢で受けた傷が脚を侵蝕し始めて。だから急ぎましょう。あれを止めないと」


 闇に飲まれた支部の方へ顔を向け、カイは決意を固めた表情で言った。


(上官に発破をかけるとは、末恐ろしい新人だな)


 エスカはカイとルースを交互に見ながら、そう思った。尊敬した恩師は死に、隊長は犯罪者として確保。ルースの心に掛かる負担は相当なものだ。これから死地に向かうのに、相応しい状態とは言えない。

 ただ、カイの発破が功を奏したらしい。ルースの沈んだ表情は、すぐに引き締まった。


「ああ。迷っている時間はない。ブロル、首飾りを」


 ルースに言われて、ブロルは自分の首飾りを外し、セルマに差し出した。


「『いつか運命の動くとき、紡がれた先にいる者の手で、希望と共に、あるべき場所へ還る』。タユラの前の巫女が言った言葉なんだ。だからこれは、希望であるセルマに」


「あるべき場所へ……」


 セルマは曇りなく輝くその水晶――オルデンの樹の欠片を受け取りながら、呟いた。巫女の洞窟まであと少し。そこまで辿り着けば、ガベリアを甦らせることができる。自分の身がどうなろうと、使命を果たすときが来たのだ。


「みんな、最後まで君と一緒だよ、セルマ」


 ブロルは微笑み、瑠璃色の瞳で彼女を見た。今は全員の視線がセルマに向いている。そこには恐怖も迷いも窺えない。

 じわりと胸が熱くなった。セルマは首飾りを掛け、胸元に揺れる水晶を握った。目を閉じると、タユラの声が聞こえるような気がする。


 ――私の願いを、貴女(あなた)に託します。


 セルマはゆっくりと目を開けた。灰色の風景の中で、彼女の蒼い目が、光を帯びたように美しく輝いていた。 

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