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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
三章 再生
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5、寄り添う者

 ルースは先頭を行く白い鹿を追って、ブロルと共に洞窟の奥へと進んでいた。進むにつれ、洞窟内をぼんやりと照らしていたロウソクウリが減っていき、暗がりが面積を増してくる。

 その鹿が元々は人間で、ガベリアの巫女の恋人だった――にわかには信じがたい話だったが、そうでなければ人語を解する動物がいることに説明が付かない。

 ブロルは真剣な顔をして鹿を見つめていた。ルースには聞こえないが、彼には鹿の話す言葉が聞こえているのだろう。


「……僕が知っている話とはちょっと違ったみたいだけど」


 そう前置きして、ブロルは口を開いた。


「彼が湖に身投げしたのは、130年前のことだって。ちょうど、巫女の役目がタユラに引き継がれた頃」


「つまり、その巫女が役目を終えたのと同時に?」


 ルースが問うと、ブロルは頷いた。


「そうすれば永遠に一緒にいられるから、って。結果的には今の姿になって、生き続けてしまったけど」


 それを聞いて胸が痛むのを感じながら、ルースは疑問を口にした。


「一体、彼はどうやって巫女と出会ったんだろう」


「前に僕がした人柱の話、覚えてる? 昔、水害が起きないように、僕らの民族の一人が生きたまま川に沈められたって話」


 ルースははっとした。


「ああ、覚えてる。もしかしてその一人が」


「そう、彼だった。それでその川っていうのが、カムス川だったんだって。キペルからガベリアまで繋がる、大きな川。そして気が付いたら、巫女の洞窟の中にいた」


 自身もそれを体験したルースには、納得のいく理由だった。カムス川は巫女の洞窟と繋がっている。ただ、洞窟には誰でも入れるわけではない。巫女と、オルデンの樹が認めた者だけだ。


「巫女が、彼を救ったってこと?」


 ブロルは頷き、鹿が話した内容をかいつまんで説明した。

 巫女は既に役目を終える時が近付いていて、生気のない顔で樹の下に倒れていた。彼は思わず、駆け寄って巫女を抱き起こした。すると彼女は微笑んで「最期に美しい色を見ることができた」と言った。

 美しい色とは、ブロルたち山の民族が持つ、瑠璃色の瞳を指しているのだろう。巫女の洞窟にある色は岩壁の白か、オルデンの樹の黒だけだ。


「彼はどうしようもなく涙があふれたんだって。何百年も洞窟に閉じ込められて、役目を果たしてきた巫女の孤独が分かったから……」


 そう言って、ブロルも少し鼻をすすった。


「彼は巫女に、最期まで寄り添いたいと思った。僕は最初、彼のことを巫女の恋人って言ったけど……もっと美しくて、穢れのない関係だったんだね」


 ブロルが一度言葉を切ると、鹿は立ち止まり、二人を振り返る。その瑠璃色の瞳に、深い哀しみが浮かんでいるようにも見えた。

 ブロルが続ける。


「彼は巫女から、首飾りを預かった。……それが今、僕の持っているこの首飾り。黒く穢れる前の、オルデンの樹の欠片」


 彼は首から提げたそれを引っ張り出して、目の前に翳す。どこまでも透き通った水晶の欠片が、小さく揺れた。


「『いつか運命の動くとき、紡がれた先にいる者の手で、希望と共に、あるべき場所へ還る』って、巫女は言ったみたい」


「紡がれた先にいる者……」


 その人物が誰か、ルースにはすぐ思い当たった。


「君のことじゃないかな、ブロル」


「僕?」


「ああ。山の民族の末裔だし。希望というのは、おそらくセルマのことだ。そうですよね?」


 鹿は僅かに、頷いたように見えた。


「『あるべき場所』は、ガベリアの巫女の洞窟。あなたは、そこへ僕たちを導こうとしている。……過去にブロルや僕を助けたのも、そのためですか?」


「僕を助けたのはそうだけど、ルースを助けたのは偶然なんだって」


 ブロルが代わりに答えた。


「湖に()()()()()ルースを、たまたま見付けて、助けたみたい」


「落とされた?」


 ルースは怪訝な顔をした。自分が湖に落ちたのは、てっきり事故だと思っていた。ただ、その辺りの記憶が曖昧なのも確かだ。


「誰かが子供だったルースを湖に投げ入れたのを、彼ははっきり見ていた。帽子を深く被っていて顔は見えなかったけど、大人の、男みたいだったって」


「大人の男……」


 ルースは一瞬考え込んだが、すぐに顔を上げた。


「いや、今はどうでもいい。彼の姿を見るまで、その事故を忘れていたくらいなんだから」


 そう言ってみたが、胸の奥には嫌なざわめきが残っていた。

 鹿はまた、先へと進んでいく。気付けば洞窟の中は真っ暗になっていたが、鹿の白い体はそれ自体が発光しているかのように輝き、二人を導いていった。

 しばらくして狭い通路を抜けると、突然、周囲が不思議な明るさに包まれた。


「すごい……」


 ブロルがその光景に息を呑む。少し開けたその場所には、壁一面に広がる大きな窓のようなものがあった。窓の向こうは水で満たされていて、その遥か上から光が射し込んでいるようだ。

 水を通した光は柔らかな瑠璃色となって、静かに揺れながら彼らに降り注いでいた。


「オルデンの瞳……?」


 ルースはその窓に近付き、そっと手を伸ばした。指先はそのまま、水の中へ吸い込まれていく。


「えっ、どうなってるの?」


 ブロルが目を見開いた。ルースは手を引っ込め、言った。


「ここにガラスがあるわけじゃない。魔術で水を固定してあるだけなんだ。つまり」


 鹿に顔を向ける。


「ここからガベリアへ入れるということですね」

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