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Ecphore―闇を巡る魔導師―  作者: 折谷 螢
三章 再生
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3、髪色

 普段であれば建物全体が暗く静まり返っている深夜、自警団本部にはまだ煌々(こうこう)と灯りが点いていた。

 イーラが全隊員に現状をしらせ、最大限の警戒と協力を呼び掛けてから、ほんの数時間。医務室へ次々に運び込まれてくる負傷した近衛団員たちの姿を目にして、本部の隊員たちの緊張感は否応なく高まっていた。

 医務室のベッドは瞬く間に埋まり、そこを医務官たちが忙しなく行き来する。団員たちは皆意識が無く、医務官たちも声を潜めて話しているため、騒がしい廊下とは対照的に部屋の中は静かだった。

 奥の方にある二つのベッドは、カーテンで囲われている。そこにエディトとレンドルがいるようだ。


「ごめんなさい、お待たせしましたっ!」


 突如、青い髪を乱れさせた女性が医務室に飛び込んできた。医務官のベロニカだ。現状を聞いて、スタミシアから駆け付けたらしい。

 彼女の後ろには白衣を纏った青年が立っていた。彼も医務官らしいが、額に掛かる長い前髪が邪魔をして顔は判然としない。


「ベロニカ、こっちだ」


 奥のベッドに引かれたカーテンから、医務官のルカが顔を出した。ベロニカと青年は足早にそこへ向かい、カーテンの中にするりと滑り込む。


「思ったより早く着いたな」


 ルカは声を潜めてベロニカに言った。視線はベッドに横たわる男性に向けられている。副団長のレンドルだ。彼の左目を覆うように巻かれた包帯には、うっすらと黒い血が滲んでいた。


「これって……」


 ベロニカと青年が同時に息を呑む。


「樹の魔力にやられたんだ。医長の魔術でも元に戻せるかどうか、怪しい。……で、気付かれなかったか?」


 ルカは青年に視線を遣った。


「はい」


 青年は頷き、遠慮がちに長髪のかつらを外した。露になったのは、スタミシア支部の地下に幽閉されているはずの、エドマーの顔だった。


「元気そうだな」


 ルカはエドマーの泣きそうな顔を見て、ほっとしたように表情を弛めた。彼が犯した罪は許しがたいものだが、まだ仲間としての情は消えていないのだ。


「本来なら犯罪人を外に出すなんてご法度(はっと)だが、見ての通り今は非常事態だ。医務官は一人でも多い方がいい。これは医長の判断だ」


 ルカは真顔に戻って言った。


「医務官として全力を尽くせ。いいな?」


「はい」


 エドマーは力強く頷いたが、またすぐに表情を曇らせる。


「でも、このことが獄所台に知れたら、医長は……」


「『こんなことで裁かれるなら、堂々と受けて立ってやる』だそうだ。元々そういう人だろ、医長は。さ、治療だ」


 ルカはエドマーの肩を軽く叩いて笑った。


「あの、医長はどちらに?」


 ベロニカが尋ねる。ざっと見る限り、医務室にレナの姿は無い。


「さすがの医長も、少し休まないと倒れかねない。俺が医長室に閉じ込めたよ」


 ルカが苦笑する。レナが昔から仕事一筋なのは知っているが、無茶な勤務をこなせていたのも若さあってのことだ。細かい年齢は知らないが、彼から見て、今のレナにそれほどの体力があるとは思えなかった。


「ちょっと、様子を見てきます」


 ベロニカは足早に医長室へと向かった。内密にレナと話したいことがあったのだ。

 医務室を出てすぐ隣に、医長室のドアがある。躊躇いがちにそこをノックすると、不機嫌なレナの声が応えた。案の定、仮眠も取らずに起きているようだ。


「ベロニカです。失礼します」


 医長室の中は狭苦しかった。壁の両側に備え付けられた本棚には医学書が隙間無く並び、そこに入りきらない本は床に積み上げられている。医長室というよりは、資料庫に近い。

 レナは部屋の中央にある机の向こうで、ぐったりと椅子にもたれていた。


「お久しぶりです、医長」


「二年ぶりくらいか。こんな状況じゃなきゃ、あと三年は顔も見なかったかもしれない。お互いに忙しいしな」


 レナは疲労が色濃く浮かぶ顔のまま、身を起こした。


「スタミシアに、精神病院を作ってるんだって?」


「はい。医務官集めが難航してますけどね。医長、来てくれてもいいんですよ」


 ベロニカが冗談めかして言うと、レナはふんと鼻を鳴らした。


「断る。私はそっちの専門じゃない」


「専門じゃなくても、医長なら大丈夫です。現に私は、あなたに救われました」


 ベロニカはそう言って、真剣な表情でレナを見た。


「……わざわざ昔話をしにきたんじゃないだろう」


 レナが見透かしたような目で彼女を見返すと、ベロニカは小さく息を吸い、決意したように言った。


「私が口を挟むのはおこがましいんですが、どうしても医長に伝えておきたいことが」


 そう言って、一度部屋のドアを振り返る。誰の気配もないことを確認してから、彼女は続けた。


「オルデンの樹が暴走して、スタミシアに王族が避難したのはご存知ですよね」


「ああ」


「その時、王宮に泊まり掛けで仕事をしていた銀細工職人も、一緒に避難したんです」


 レナの頬がひくりと動く。やはり、とベロニカは思った。


「フリム・ミードという女性です。彼女は避難の際に少し足をくじいてしまって、たまたま側にいた私が治療をしました。その時にかれたんです。『あなたと同じような髪色をした医務官の方が、キペルの自警団にいますよね』って」

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