職業野生児の誕生です
死ぬのは怖くなかった。
今思えば、僕はとっくの昔に一度死んでいたんだって思う。
だから自殺とはいえ、死を、快く受け入れられた。
海と僕が衝突する瞬間、おそらく目を瞑り、何の感情もなかったと思う。
死とは何か、あまり知らなかった僕は死んだんだなってしみじみ思っていることに疑問を持ち、目を開けたんだ。
目を開けられる不思議以上に、目の前の現状の意味がわからなかった。
「やった~当たり!」
そう言ったのは厚化粧に、胸元のざっくりと開いた派手な衣装、白い魅惑的な太ももまで露にしている短いスカートを履いた女だった。
豊かな胸を揺らし、誘うように椅子に座る。
金髪をかき上げ、妖艶に笑う。
僕は視線を動かそうとしたが、動かなかった。
「あら~?この私を見て、涎を垂らさない男がいるなんてね~。」
(何を言いているんだこいつは?)
「こいつじゃないわよ~。」
(馬鹿な!?直接脳内に・・・!)
「ハイハイ、そんなテンプレはどうでもいいわ。貴方には私の世界で転生してもらうんだから。」
(・・・本当に何を言っているんだ?転生?ゲームやマンガじゃあるまいし。)
「まぁ~普通はそういう反応よね~。けど、少しは転生できるんだ!やったぁ!って思いなさいよ。」
(思わねぇよ。死のうと思ったから死んだのに、何で転生しなきゃならないんだよ。)
「呆れた。この世の原理を知らないのね~。」
(この世の原理?また訳の分からないことを・・・。)
「いいこと、貴方のその頭に受け入れやすいようにお話ししてあげる。感謝しなさい。」
(・・・まぁ、聞けるんなら一応感謝しとくか。)
「うふふ。少しは素直じゃない。じゃあ、良く聞きなさい。」
指を鳴らすと、ホワイトボードみたいなものが出てくる。
「あなたたち生き物は皆、平等のものを持っているのよ。何だと思う?」
(問題かよ。・・・時間とかか?)
「ブッブー!残念!時間は平等ではないわ。それだったら皆同じ年で死ぬでしょ?でも現実は88歳で死ぬ人もいれば、10歳で死んじゃう人もいるじゃな~い。それは動物や虫も同じよ~。」
(じゃあ何だよ。)
「答えは簡単。“命”よ。」
(命?・・・確かにそれもそうか。)
「納得してくれたようで嬉しいけど、続けるわよ。生き物全てに平等に与えられているのは命なの。どんな生き物にも必ず命は存在するわ。命が無ければ生きていけないものね。でも、私たち神は貴方たちの命を“魂”と考えているの。」
(命を魂?何が違うんだ?同じじゃないか?)
「う~ん厳密に言えば、違うけど大まかには一緒ね。貴方にとっては兎の数え方が一匹なのか一羽なのかぐらいに思ってくれればいいわ。」
(なんか馬鹿にされてる?)
「してないわよ~。とにかく、私たち神は貴方たちの命を魂とみているわ。そして、魂といえば“輪廻転生”よ!」
(知らねぇよ。)
「むぅ。生意気な反応ね。まぁいいわ。私は心の広い女神だもの。簡単には怒らないわ。ふぅ~死んだ貴方は今、魂の状態よ。そして審査の結果、転生する権利を得たのよ。」
(話が飛躍したな。審査ってなんだよ?)
「貴方の善行チェックよ?」
(善行チェック?)
「そう。魂を見れば、その人が生前にどのような行いをしたかわかるの。仮に0を基準としましょう。0は善でも悪でもない場合よ。その場合は、自分の子孫の、特に子供の守護霊になるの。そして守護霊の仕事を全うしたら、転生することができるのよ。じゃあこれが善に100だった場合、無条件で転生できるし、悪に100だった場合は、浄化の地獄に行ってもらうわ。」
(浄化の地獄?)
「浄化の地獄って言うのはね、その魂に刻まれた記憶を全て綺麗さっぱり無くすのよ。そして真白な魂にして転生させるのよ。驚いた?」
(そんなに驚くことか?僕たちは皆、前世の記憶なんて・・・。)
「あるわよ?」
(はぁ?)
「貴方たち皆、前世の記憶はあるのよ。けれど、思い出そうとしない。だって思い出す必要はないから。だから貴方にも前世の記憶はあるはずよ。」
(マジで?)
「マジよ。」
(でも、その話が真実だとしたら僕は善行なんてした覚えはないぞ?)
「悪行もでしょ?」
(言われればそうだけど・・・。)
「つまり!貴方はさっきの話に当てはめれば0なのよ。」
(そうなると守護霊だけど・・・10歳の僕に子供なっていないしな。)
「うんうんその通り!だから貴方は転生することに決まったの!」
(決まったのかよ!)
「うん!神々のお茶会でね。」
(よりにもよって会議ですらないのか。)
「落ち込んだ?」
(いや、全く。)
「むぅ。本当に生意気な魂ね。まぁ、いいわ。さて、転生することになったんだけどここでもう一つ、面白いことを教えてあげる。」
(面白いこと?もう一つ?今までの話も面白くなかったけど?)
「細かいことは言いの!これを見なさい。」
また指を鳴らすと、今度はカプセルの入った機会が出てくる。
「これはガチャマシンよ!」
(・・・ガチャ?)
「そう!ガチャマシンよ!これで貴方の職業が決まるわ!」
(・・・何で?)
「え?どの世界もこうやって職業が決められたうえで産まれてくるのよ?」
(・・・マジで?)
「貴方たちが言う才能って、職業適性のことよ?」
(知りたくなかった・・・。)
「それはご愁傷様。けど、事実よ。貴方たちは職業を与えられて産まれるの。その与えられた職業に関することなら他の人より優れるわ。才能が無いって言ってる人たちは職業適性を間違えているだけよ?」
(なら、僕も才能があったのか?)
「それはどうかしら?職業は千差万別よ?当たりの職業からハズレの職業だってあるの。だから適性を間違ったなんて思わない方がいいわよ?」
(・・・ちなみに当たりとハズレについて例を挙げてもらえると?)
「そうね~世界によって違うから何とも言えないけど、例えばあなたの世界でいうなら、職業教師とか職業弁護士なんかは当たりなんじゃない?ちなみにハズレは職業ニートとか職業ペットとかかな?」
(ニートって職業なのかよ!?勝ち目ねぇーじゃん!てか、職業ペットって何!?)
「一々説明するのも面倒だけど、私は心の広い女神だから答えてあげる。まず、職業ニートが当たりの世界もあるわ。“働いたら負け”という世界があるからね。」
(何だその世界は・・・。)
「ちなみに、職業ペットというのはお金持ちに飼われることよ。そうね~う~ん。貴方に分かりやすく言えば、ひも、かな?」
(ああ・・・確かにある意味飼われているな。)
「でしょ?だから才能があったかどうかは知らないわ。けど、今世はあるかもしれないじゃない?このガチャマシンで、当たりの職業を引けばいいのよ。ね?簡単でしょ?」
(・・・最後に一つだけいいか?)
「この際、一つと言わず、疑問に思うことは何でも答えてあげるわよ?」
(とりあえずは一つでいい・・・いや、追加で聞くかもしれん。とりあえず聞いてもいいか?)
「どうぞ?」
(最初に言ったよな?“私の世界で”って。あれ、どういう意味だ?僕は、その、変な言い方だが、前世の世界に産まれなおすわけではないのか?)
「違うわよ?それもこれとは違うガチャマシンで決まるのよ?確かに前世の神様がいる世界が当たりやすいのは事実だけど、必ずしもそうとは限らないわ。今回の貴方は私の管理する世界に転生するのよ?光栄に思いなさい。」
(豊かではあるが、今の僕にその巨乳を誇らしげに見せられてもなんとも思わないんだが?)
「むぅ。本当に生意気ね。けど、いいわ。貴方が当たりの職業なら万々歳だし~。・・・もしかしたら魔王を倒してくれちゃったり?うひひ・・・。」
(なんか言ったか?)
「何でもないわよ~。さぁさぁ!引いて!」
(・・・どうやって?)
「念じれば引けるわ。ガチャマシン!動け!とかね?」
(わかった。・・・ディステニードロー!!)
「・・・なにそれ?」
(・・・少し言ってみたかっただけです。)
ゴゴゴっという音と共にガチャマシンが回り始める。
中のカプセルが荒波の揉まれたように動き回る。
よく見ると、カプセルにもいろんな色があり、金色や銀色があれば、黒色は白色もあるし、赤色や青色なんかもある。
とにかく多彩である。
回り続けるガチャマシンの前で僕はただ黙って見つめる。
(当たりがいいのは確かだが、どちらかといえば、才能、もとい職業適性がわかることが重要だ。記憶を残してもらいたいけど、そういう訳には・・・。)
「いいわよ?」
(マジかよ?)
「マジよ。貴方は前世で、才能が無いという理由で死んだでしょ?私の世界でも死なれたら困るし、さらに言えば自殺なんてやめてほしいもん。」
(何でだ?)
「あ!止まるわよ!」
(おい!僕の質問に・・・。)
ゴゴゴという最初と同じ音と共にガチャマシンがゆっくりと回転を止める。
「何かな何かな~。職業剣士とか?もしかして職業勇者とか!?やだ!どうしよう~嬉しくて困っちゃう~うひひ~楽しみ~。」
(僕以上に楽しんでるなこいつ。まぁ何が出るやら・・・。)
回転が止まると同時にパカッと出口のようなものが開く。
ゴロゴロという音がだんだんと近づいてくる。
どんな職業でもいいとは思うが、それでも期待はしてしまう。
胸の高鳴りが治まらず、喉を鳴らす。
ゴトンッっという音を鳴らして、金色のカプセルが姿を見せる。
「やったーーーー!!大当たりよ!!きっと職業勇者なんだわ!これでやっと魔王を倒せるわ!」
(魔王とか不穏な言葉が聞こえたような気もするが、気にしないでおこう。それにしても金色のカプセルか、何がでるんだろ?)
「早く開けてよ!」
(これも念じれと?)
「そうよ!早く早く!」
(わかったよ。・・・開け!カプセル!)
キーンという音が鳴り、金色の光が目の前を覆う。
「パンパカパーン!おめでとうございます!あなたの職業は“野生児”です!」
(・・・ん?)
「・・・え?」
「職業野生児です!おめでとうございます!」
無機質なアナウンスが確認するように二度、言った。