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女神と天使たちと共にいる幸せ


 結婚してから何年経っても、俺は変わらずパトリスを愛していた。パトリスも何もかも足らない俺を愛してくれる。

 俺によく似た俺と違う色を持つ息子たちも、それなりに愛している。


 満ち足りた生活の中で、俺たち家族をずっと支えてくれていた義母が病に倒れた。

 義母は俺を引き取ってからずっと貴族としての在り方など色々と教えてくれた。パトリスを選んだのも義母だ。そんな義母ももう60歳に手が届く年齢だ。


 力なく寝台に横になる義母に呼びかける。


「義母上」

「そんなしょぼくれた顔をするものではないわ」

「……」


 なんて言葉を返していいのかわからなかった。義母は困ったように息を吐くようにして笑う。


「夫には顧みられず、息子たちも若くして死んだ。それでも幸せな気持ちでこうしていられるのは、お前がいたからよ」

「義母上は俺を憎んだことはないのですか?」

「そんな面倒なことをわたくしがするわけがないでしょう」


 呆れたような言葉だった。だが義母らしい言葉でもあった。彼女はそれっきり言葉を発しなかった。眠ってしまったようだ。


 義母の部屋を出れば、パトリスが待っていた。パトリスはずっとつきっきりで、義母の看病をしていた。もう長くはないが、これも仕方がないことだ。


「お義母さまにはこの子にも会ってもらいたいわ」


 パトリスはそっと自分のお腹をさすった。すっかり丸みを帯びた腹には三人目の子供がいる。


「そうだな」


 小さな声で同意をした。パトリスは慰めるように一度俺を抱きしめてから義母の部屋へと入った。


 義母の容態は徐々に落ち着いていったが、前のように起きて何かすることはできなくなっていた。急激に小さくなっていく義母に得体のしれない怖さを感じる。


 義母が目が覚めた後、他愛もない会話をすることが日課になっていった。

 今までこんなにも話すことはなかったが、思った以上に俺はおしゃべりだったらしい。難しい顔をしてしゃんと背筋を伸ばして寝台に起き上がる義母に何でも話した。


 義母はパトリスのようにおしゃべりではないが、それでも相槌を打ち、時には鋭い指摘をしてくる。

 すっかり彼女と話すことに抵抗がなくなった俺はついに少し先の未来について口にした。


「三人目がパトリスにべったりにならないようにするにはどうしたらいいだろうか?」

「子供は母親が好きなものでしょう?」

「母親を愛することは問題ありません。どちらかというと敵対される方が問題というか、俺の女神から離れないのが問題というか……」


 言葉を濁しつつ、いい案がないかと義母を頼る。


 パトリスの血を受けて生まれた子供たちは可愛い。それは間違いないが、さらにもう一人、敵が増えることに危機感を覚えた。


 今は息子二人がかりでかかってこられても、やり過ごせる。これがもう一人追加され、さらに長男次男の能力が洗練されてきたら少し危うい気がした。


 その心配を横になる義母に聞かせれば、呆れられた。


「お前はいつまでも子供のようなことを言って……」

「子供ではありません。もう俺も32歳です」


 きっぱりと言えば、ため息をつかれた。


「それよりも、いつまでもわたくしの側で時間を無駄にする必要はないのよ。お前にはやるべき仕事があるでしょう?」


 義母は俺が仕事に行かず家にいることが不満のようだ。俺はくつくつと笑った。


「大丈夫です。俺は優秀なんですよ。家でも仕事は出来ます。それにもう少しで完成しますから」


 王族たちの外交力によって、戦争は今までのらりくらりと先送りされていた。与えられた時間で、俺は全力で家族を守るための魔道具を作っている。それももう最終段階で、今は王子の部下たちがあらゆる方面から検証している。いわゆる結果待ち状態だ。


「それならいいのだけど。お前の性格は諦めたけど、侯爵家の評判を落とすことは許しませんよ」

「わかっています」


 疲れたから出て行けと言われて、俺は義母の部屋を後にした。

 やることがないので、来る未来の戦いのために、さらに自身を鍛えることにした。侯爵家の色を持つ三人の子供を一度に相手にする頃には、長男は成人している。一人では俺に実力が届かなくとも、三人になれば違った結果も出てくる。


「そろそろあいつらに婚約者でもあてがうか……」


 なかなかいい案のように思える。貴族子女が10歳で婚約を結ぶのは普通なのだ。次男はまだ早いかもしれないが、見た目も能力もあるのだから誰かしら引っかかるだろう。


 力技だけでなく、物理的に他に興味を持たせることが非常に有効に思えた。


 いい案が浮かんで浮かれた。ついうっかり二人の息子に言ってしまえば、全力で抵抗された。不意打ちで魔法を食らってしまい、髪が少しだけ焦げた。仕方がなく結婚式以来になる短さに整えれば、息子二人が愕然としていた。


「僕たち、父上にそっくり……!」

「ええー、がっかりだよ!」


 長男の呟きと、次男の悲鳴に俺は憮然とした。


「お前たち、俺の血を継いでいるんだから仕方がないだろう。諦めも肝心だ」

「お父さまはとても素敵よ。お母さまの愛する旦那様ですもの」


 くすくすと笑って入ってきたのはパトリスだ。パトリスの言葉に、息子二人は変な顔をしている。


「母上はとっても趣味が悪いと思います」

「そうだよ。父上って母上べったりで大人げないし」


 そんな息子たちに優しい笑みを浮かべながらも、パトリスはチュッと俺の頬にキスをした。


「お母さまは誰よりも愛されているでしょう? これはすごいことなのよ」


 それは否定できなかったのか、息子たちは反論しなかった。



******


 三人目は間違いなく天使だった。


 パトリスの色合い、パトリスの顔立ち、そして何よりも。


「妹だ~!」

「可愛い、可愛い!」


 二人の息子が歓喜の声を上げて、生まれたばかりの娘を見つめる。パトリスに抱かれて眠っている娘は本当に天使のような可愛らしさだ。

 俺の天使をパトリスから受け取った。

 その顔を覗き込み思わず頬が緩む。


「ああ、なんて可愛いんだ。ありがとうパトリス。俺は幸せだ。女神と天使を手に入れた」


 俺はこの世の幸せをすべて手に入れた。








 義母は娘が生まれて一年後、静かに息を引き取った。長い間、面倒を見てくれた彼女がいなくなって驚くほど寂しさを感じた。

 12歳で引き取られてから、21年。思えば実の母よりも長い時間、一緒にいた。


 母が死んで、孤児院へ行った。

 自由な生活を夢見ていたところに、義母が迎えに来た。


 侯爵家の跡取りとして、侯爵家の当主として役目を果たしていた時にパトリスと結婚。

 そして多分可愛い息子たち、愛する女神によく似た俺の天使。


 母の望んだような平凡な幸せではないが、誰よりも素晴らしい幸せを手に入れた。


 それも、彼女が俺を愛してくれているから。

 この幸せをずっと続けていけるように、俺は全力で家族を守ろうと思う。



Fin.




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