家族
パトリスが妊娠して、俺はあらゆる性能を持った護符を用意した。対魔法、対物理、さらに治癒や温度調整などあらゆるものを組み合わせた。最高傑作と言ってもいいだろう。
「これほどの能力があるなら、さっさと他の仕事もこなしてほしいね」
護符の検証を王城の一角を借りて行っていれば、王子が呆れたように呟く。
「別に付き合ってくれなくても……」
「だいぶ融通を利かせたと思うけど」
「ちゃんとわかっています。王族用にも同じものを用意します」
嫌味のように言われるのも面倒なので、ちゃんと言葉にした。俺はパトリスの護符を作るために実験と称して高価な宝石をせしめていた。その対価として、成功したら同じものを王族用に作ると言う約束をしていた。
「ロイドがそこまで奥さんを大切にするとは予想外だったね」
「何故です?」
「疑問に思うところかな? パトリス夫人に会う前は女性となるべく接触しないようにしていたじゃないか」
ああ、そういうことか。
俺は納得して頷いた。
「パトリスは俺の女神です。そこらの石ころとは違います」
「石ころ……それ、他で言うなよ?」
もちろん誰にも言うつもりはない。うっかり口を滑らすかもしれないが、その時はその時だ。
「護符も用意できたから、殿下には感謝していますよ」
「気持ちがこもっているようないないような? まあいいか。それよりも結界の方はどうなっている?」
「正直お手上げです。あれ以上のものができるとは思えない」
手に持っていた護符から視線を上げると、まっすぐに王子を見た。王子も分かっていたのか、特に咎めるような目をしていなかった。
「考え方を変える方がいいのか。結界はこれ以上改良できないとして、兵士を鍛えるかな」
王子が疲れたように呟いた。その呟きに、どこか他人事のようだった戦争が急激に現実味を帯びてくる。万が一、戦争が起こった場合、魔法での攻撃で狙うとしたらまず王都だ。そうなった場合、パトリスの安全が確保できないことに気がついた。
俺はなんて勘違いをしていたのだ。
国を守るのは、王族のためじゃない。パトリスとその子供のためだ。
「対策は結界以外でもいいですか?」
「もちろん。この国を守ることが目的だ」
「では、こういうのはどうでしょう?」
俺はパッと思いついた内容を王子に説明した。
「相手の攻撃魔法を受け止めて、こちらの力に蓄えるのか」
「簡単に言えば、魔道具と一緒です。必要なのは攻撃魔法を使いやすい力に変換する部分だけで」
うん。これはかなり冴えている。次々に実現するための案が浮かんでくる。
「それが可能ならかなりの対抗策になる。とりあえずこちらも新しい武器が成功したと噂でも流して時間でも稼ぐか」
「ではその方向で検討します」
「今日はそれを奥方に持って行ったらいい。明日から真剣に考えろよ」
帰宅するには早い時間だったが、許可をもらって俺は王城を後にした。
******
初産のためか、かなり出産には時間がかかった。部屋に入れず、パトリスの無事を祈ってずっと部屋の中を歩き回っていた。
明け方になって、パトリスの出産が無事終わった。
「生まれたか!」
赤子の鳴き声が聞こえて、慌てて部屋に入ろうとすれば、すぐさま数人の使用人たちに止められた。
「医師の許可が出るまでお待ちください」
「ええい。俺の子だぞ!」
「お気持ちはわかりますが、もう少しだけ。奥様も疲れ切った顔を旦那様に見せたくないと思います」
パトリスの女性としての気持ちを言われてしまえば、従うしかない。
イライラと部屋の中を歩き回ること1時間。
ようやく許可されて、部屋に飛び込めば、パトリスが子供に乳を含ませていた。
「パトリス」
とても神聖な感じで思わず足が止まる。俺に気がついたパトリスが顔を上げた。
「ロイド様。こちらに来てください」
促されて恐る恐る近寄った。パトリスは胸に抱いた赤子をそっと俺に見せてくれる。
パトリスが産んだ子供は天使だった。
「ありがとう、ありがとう……!」
嫡男として生まれた男の子はパトリスによく似て金髪の緑の瞳だった。顔立ちはどちらかというと俺に似ているだろうか。どちらにしろ、天使には変わりない。
これほど感動した日はなかった。自然と涙があふれてくる。俺はパトリスと子供を守るのだと強く心に誓った。
その時の俺は数年後に訪れる未来を知らなかったのだ。
天使はいつまでも天使ではない。
「僕、母上のお膝の上にいたい」
「なんだと?」
俺と色違いの天使が可愛らしく頬を膨らませた。
「母上、僕が起きている間は一緒にいてくれるでしょう?」
「困った子ね」
「だって、僕だって頑張って一人で寝ているのに……父上はずっと母上と一緒に過ごすじゃないか」
3歳になったので一人で寝るように部屋を与えたのがいけなかったのか。
パトリスは困ったような表情で俺を見る。ずっと一緒の部屋で寝ていた息子がいなくて寂しいのはパトリスも同じだったらしい。
「寝るまでの間ですから」
「……わかった」
仕方がなく、本当に仕方がなく許可をすれば、パトリスにべったりになった俺のない色を持つもう一人の俺が勝ち誇った顔をした。
許すまじ……!
俺は自分の息子に嫉妬した。貴族として望まれる色合いを持っていることもそうだが、何よりも人目を気にせずベタベタと俺の女神にしがみつくのが許せない。
夜になって夫婦二人になると、俺は自分の気持ちを吐露した。パトリスは呆れながらも、俺の気持ちをきちんと聞いてくれた。
「許せないとか意味が分からないわ。あの子はまだ3歳よ」
「……」
心が狭いと言うのなら、笑えばいい。俺はそれぐらい自分の子に嫉妬していた。
俺だって仕事さえなければ、一日中一緒にいたいのだ。
「これではもう一人出来たといったらどうなるのかしら……」
「できたのか?!」
その日から俺はパトリスをさらに過保護にした。
次に生まれた子供も息子で、天使だった。
次男も長男と同じで、俺の顔立ちにパトリスの色合いを持っていた。長男も嬉しそうにしながらもどこか浮かない顔をしている。どうやら自分のことを当てはめて、敵とするかどうか迷っているらしい。
俺は迷わず生まれたばかりの天使も敵認定だ。
子供たちは大きくなるにつれて、持っていた能力を存分に発揮した。
長男は5歳にはすでに基本的な魔法を使いこなし、さらに工夫までするという有能ぶり。次男も長男のやっていることを横で見ていたせいなのか、3歳にならないうちから魔法が使えてしまう。
もちろん暴走も考えられることから、魔法を使い始めてから基礎を叩きこんだ。幼かろうが何だろうが関係ない。俺は現在の優位な立場を使い、体から上下関係を知らしめした。
見込み違いなのは、厳しめの訓練から逃げなかったことだ。二人は侯爵家の能力を二人とも十分に受け継いでいて、厳しいはずの訓練を楽々とこなす。数年後には二人は結託して俺の敵に回った。
パトリスを巡って子供と対峙する。この頃になるとパトリスは俺と子供たちの戦いに興味をなくしていた。パトリスとしたらどちらが勝ってもいいようだった。どちらも愛しているからというのが彼女の言い分だ。
確かにそうかもしれない。母親は命を懸けて子供を産むのだから、その愛情は正しい。
彼女の愛が俺と血の分けた子供たちに向けられるのが嫌なわけじゃない。俺だけの特別な何かが欲しかった。
だから戦った。
子供ながらも、息子たちは魔法の使い手としては最高だった。俺自身、魔法を使うことに苦労はしたことはない。一度見れば大抵のことはマネできた。同じように息子たちも俺の魔法を見てはそれ以上の工夫を凝らして対抗してくる。
徐々に激しくなる親子の対立に、義母は呆れ顔だ。
「本当に幾つになってもバカな息子ね」
「お義母さま。ロイド様に心の底から愛されているのだと実感しております」
「そうね。そう考えればいいのかもしれないわね」
前侯爵夫人と現侯爵夫人の二人の会話は暢気なものだった。その隣で、息子二人と俺は力の限り戦った。
「父上、ズルい!」
「はははは。勝ち負けにズルはつきものだ」
不意を突いて、あくどい魔法をかませば二人は転がった。
「8歳と5歳の子供に何を本気になっているのやら」
呆れた義母の声が聞こえたが、無視した。
「パトリス。俺の女神。今日、お前の隣に座る権利をもぎ取ったぞ!」
こうして俺は夕食の時の席を獲得した。