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結婚式


 婚約してから時間が経つのはあっという間だった。


 婚約後、パトリスは侯爵夫人としての嗜みを義母に教わっていた。侯爵家が国に魔力を捧げている関係で、領地経営は侯爵夫人の役割だった。パトリスは貴族令嬢としての教養は十分備わっていたが、侯爵夫人としては不十分で、意欲的に勉強していた。


 お互いの仕事の合間に、言葉を交わし、思いを告げ、ゆっくりと寄り添っていった。


 そして、今日。


 とうとうこの日を迎えた。


 この国の貴族の結婚は立会人の前で書類に署名をするだけであるが、身分に応じて新しい夫婦を披露するための宴を行う。

 ラザフォード侯爵家も王家にとって重要な家であるから、披露する宴が催された。


「そわそわしない! しゃんとしなさい」


 落ち着かない気持ちでうろうろしていた俺に、義母が鬱陶しそうに言った。俺は義母を縋るように見つめた。義母が若干後ろに下がった気がしたが気にしない。


「支度に時間がかかり過ぎだ。何かあったに違いない」

「落ち着きなさい」

「俺との結婚を許せない誰かがパトリスを攫おうとして……」

「落ち着きなさい、鬱陶しい」


 義母は思いっきり俺の頬をつまんだ。昔からこの人は俺が思考の渦にはまった時、こうして頬をつまみ上げる。義母の指はほっそりとしているのに、頬肉がちぎれるのではないかと思うほどの力で摘まむ。


「いたたたた」

「パトリスは大丈夫です。何も問題はありません」

「今、この瞬間に謎の集団が……」

「お前はわたくしが侵入者を許すような警備をしていると言いたいのですか」


 ぎろりと睨みつけられて、それ以上の妄想を言うのをやめた。義母が本気で怒って、俺を亡き者にする可能性を考慮した結果だ。魔力や腕力は俺の方が強いが、精神的な問題で俺は義母に勝てない。


「それから、これをポケットに入れておきなさい」


 義母は呆れたようにため息をついて、俺に小さな布を渡してきた。何の変哲もない白い布を広げ、首を傾げた。


「なんですか、これ」

「鼻血を出したら使いなさい」

「……いくら俺でももう出しませんよ」


 顔合わせの時に鼻血を出したことを思い出しつつ、不要だと受け取りを拒否する。義母が馬鹿にしたように鼻で笑った。


「そうかしら? わたくしにはこんな小さい布では足りないと思いますけど」

「顔合わせの時は不意打ちを食らったから鼻血が出ましたが、同じことは起きません」

「とりあえず、3枚ほど持っておきなさい」


 さらに2枚、押し付けられて顔を歪めた。


「鼻に異変を感じたら、さり気なく詰めるのですよ」


 真面目な顔をしてやり方まで指導してくる。ここで反論しても面倒なので、仕方がなく頷いた。内ポケットにそれらを仕舞う。


 義母の所に侍女が支度が終わったと告げに来た。


「さて、準備が整ったようね。花嫁を迎えなければ」


 俺は緊張の面持ちで、花嫁の待つ部屋へと向かった。



******




 真っ白なシルクのドレスには細かな刺繍が施され、繊細なレースがふんだんに使われていた。艶やかで美しい髪は複雑な形に結われて、生花が飾られている。


 ほっそりとした首には大ぶりの宝石を使った首飾り。肌を見せた首回りと魅力的な胸が何とも悩ましい。


 ドレスの裾は引きずるほど長く、後ろにつけられたリボンのドレープが白いドレスを立体的に見せていた。


 似合うと思って選んだ意匠であったが、これほどまで彼女の素晴らしさを引き立てるとは思っていなかった。

 一枚の絵のような美しさに目を奪われ、言葉が出てこない。

 これほどの美しさの前に、どんな言葉も足りない気がした。


「ロイド様」


 嬉しそうな、それでいて少し困ったようなパトリスの声がした。はっとして彼女を改めて見れば、彼女の指がそっと伸ばされた。

 俺の顔に触れるか触れないかの距離でその手を掴んだ。


「ダメだ」

「ですが」

「触れたら汚れてしまう。心配しなくとも、すでに用意してある」


 俺は内ポケットから布を取り出した。手早く鼻に詰める。


「しばらくすれば落ち着く」

「大丈夫ならいいのですけど」


 こんな不甲斐ない俺を慰めてくれるパトリスは優しい。その優しさにほっこりとすると、じっとパトリスが俺を見つめてきた。


「何?」

「いえ、こうしてロイド様の顔を見るのが初めてで……」


 そう言いながら、彼女は少しだけ頬を染めて目を伏せた。恥ずかしかったのか、耳の裏まで徐々に赤くなってくる。俺はどういうことかさっぱりだった。


「俺の顔、変か?」

「いつもは目を隠しているではありませんか。だからしっかりと顔を見たことがなくて」

「ああ、そうだな」


 見慣れないという点では納得だった。侯爵家の人間は金髪に緑の目が多い。現実には父親もそうだった。俺には全く受け継がれず、薄い茶色の髪と薄い緑の瞳だ。髪は隠すことができないので、せめて目ぐらいは隠しておきたくて前髪は目が隠れるほど長い。ついでに、侯爵家だとわかる顔立ちも隠したくて常に髪はもっさりとしていた。


 今日は結婚式ということで、俺の抵抗空しくざっくりと切られ、短髪になった。襟足もすっきりし、顔もはっきりとわかるぐらいに短くされている。唯一許された長めの前髪は今日は後ろに撫でつけられ、目どころか額まで全開だ。


「素敵です」

「は?」

「だから、ロイド様はとても素敵です」


 うっとりとした顔で告げられて、俺は固まった。布の詰まっていない方の鼻から何かが垂れた気がした。


「そろそろいいかしら?」


 やや怒気を含んだ声が割り込んだ。俺とパトリスはパッと顔を上げる。そこにいたのは義母だった。やや不機嫌そうなのは、気のせいではない。


「ロイド、今すぐ鼻血を止めなさい」

「お義母さま。わたしが」

「ドレスが汚れます。誰か! ロイドの鼻に布を詰めてやりなさい」


 侍女が慣れた手つきで鼻栓をした。


 鼻血が止まって冷静になった頃。

 ようやく婚礼の宴が始まった。





 幸せだった。


 絶対に幸せに何てなれないと思っていたのに、こうして俺を見てくれる彼女がいる。

 そっと優しく抱きしめれば、恥ずかしそうにしながらも体を預けてくる。


 一生をかけて、俺のすべてで彼女を守っていこう。

 二人で幸せな家庭を築いていこう。


 俺たちは夫婦となった。




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