夜会
パトリスとの婚約後、夜会には二人そろって出席した。夜会などにはあまり参加したくないが、流石に婚約者を連れて行かないわけにはいかない。顔見せの意味もあり、夜会の招待状が来るたびに彼女を誘った。
「ロイド様、毎回、贈り物をしていただかなくとも……」
何度目かの夜会の時、迎えに行ったパトリスに言われたのはこの言葉だった。
「気に入らなかったか?」
女性の好むような意匠はわからないので、店の者に勧められるまま仕立ててもらったのがまずかったのか。
俺の好みで固めた意匠だから、実は嫌いな形だったのだろうか。
やや慌てれば、パトリスは困ったような笑顔を見せた。
「ロイド様がわたしのために選んでくださったのでしょう? とても素敵です」
「それならよかった」
ほっとしたのもつかの間、パトリスがでも、と続ける。
「これほど高価なものを夜会の度に贈られては困ってしまいます」
迷惑だと言う事か?!
衝撃のあまり魂が抜けそうになる。パトリスはやや茫然としている俺にそっと寄り添った。俺とは違うほっそりとした手が腕に触れた。その手を握りしめたいのを我慢して、じっとパトリスを見下ろす。
「ロイド様がわたしに贈ってくださったものをもっと大切に使いたいのです」
「嫌われたわけじゃなくて……?」
不安に思って聞けば、パトリスはふふっと優しく笑った。
「ロイド様がわたくしに寄り添おうとしてくださっている優しさがとても好きです」
好きだと言われて、舞い上がるほど嬉しい。
現金な俺は嬉しくなって知らぬ間に笑顔になる。パトリスの指がそっと俺の前髪を払った。露になった目を下からのぞき込むようにして見つめてくる。真剣な眼差しに、胸が高鳴った。
「わたしもロイド様のことをもっと知りたい。ロイド様もわたしのことをもっとよく知ってください」
「もちろんだ」
パトリスは煩い女どものようにおしゃべりではないが、女性らしくあちらこちらに話題を飛ばしながら話す。その内容は他愛のないことが多いが、それでも聞いていて楽しい。
時折俺のことも聞かれるが、話しやすくしてくれているのがわかる。
パトリスと一緒に過ごす時間が増えるたびに、彼女の姿だけではなくその性格さえも好ましく愛おしくなった。
「では行こうか」
手を差し出せば、パトリスは素直に手を預ける。馬車に乗り込み、夜会会場へと向かった。
******
夜会では常にパトリスと一緒にいた。一人にしておくと、俺のことでねちねちと言われかねない。それぐらい貴族の中では俺の色は嫌われていた。ただ色が平民のようだと言うだけで、嫌悪や侮蔑の視線を向けてくる。
自分自身も大した魔力を持たず、血筋すら俺に劣るくせに選民意識は人一倍強い。
もちろん全員とは言わないが、一握りの派閥の態度でその他大勢の態度は決まってしまう。パトリスにはそんな思いをさせたくなかった。
だがこの夜会の主催者は俺たちを分けることが目的だったらしい。
元々俺に好意的ではない家だ。そんなこともあるかもしれないとは思っていた。男性だけでの話ということで誘われてしまえば、パトリスを一人にしなくてはいけない。
「いっていらっしゃいませ。わたしは一人でも大丈夫ですわ」
「だが」
「わたしもロイド様の妻になるのですから、これぐらいは対処していかないと」
悪戯っぽく笑うと、肩から力を抜いた。
「本当に? 嫌なことがあったらあとで教えてくれ」
「ええ。わかったわ」
「それじゃあ」
後ろ髪を引かれる思いでパトリスから離れた。誘われた場所は男性ばかりで、酒を飲みながら仕事の話をするための部屋だった。
「ロイド」
その中で知り合いが声を掛けてくる。俺の髪を気にしない稀な男だ。伯爵家の三男で、学生時代に知り合った友人だった。
「やあ、久しぶり」
「婚約したんだってな。おめでとう」
「ありがとう」
彼はにこやかに祝福を述べる。そしてちょっと近づくと、声を潜めた。
「今日は婚約者、連れてこなかったのか?」
「連れてきたんだが、ここに誘われてしまって」
困ったように説明すれば、彼は難しい顔をした。
「ということは、婚約者殿が目的か」
「……だよな」
重くため息をつけば、彼はにやにやした。
「あの電撃の魔女だから、そこまで心配はいらないと思うよ」
「電撃の魔女? 殿下もそう言っていたがそれはなんだ?」
色々なことが忙しくて聞きそびれてしまったが、会う人会う人パトリスのことを電撃の魔女という。友人はにやりと笑った。
「知らないんだ? 彼女、雷の魔法の使い手で、男を撃退する時には必ず雷を使うんだよ」
「ははあ。だから電撃の魔女なのか」
「振られた男の醜い足掻きだな」
それからしばらく友人と話をしてから、その場を離れた。最小限付き合ったのだから、問題ないだろう。
いつもと変わらない態度を心がけながら、会場をぐるりと見渡す。パトリスを探したが、このホールにはいないようだ。嫌な予感がして、俺はバルコニーの方へと向かった。
いくつかのバルコニーを覗きながら、パトリスを探す。
3つ目のバルコニーにパトリスの姿を見つけた。少し暗めの場所に思わず眉が寄る。こんな場所にいたら変な男に連れ込まれてしまう。
勝手な想像でイライラしながら、バルコニーへ出た。
「パトリス」
「あ、ロイド様」
パトリスに声を掛ければ、やや動揺の色を見せた。気まずいのか、視線をわずかに逸らされる。その態度が気に入らなくて彼女の傍へよれば、彼女が一人でないことに気がついた。パトリスの前には四人ほどの令嬢がいた。
「誰だ?」
「え、っと」
雰囲気から、親しい友人ではなさそうだ。パトリスは言いよどんでいるので、令嬢たちに目を向けた。そしてあることに気がついた。俺はそれを目にして、怒りが込み上げてきた。
「どういうことだ?」
彼女のドレスの裾が踏まれている上に、破かれていたのだ。パトリスはため息をついた。
「見たままですわ」
「なるほど」
パトリスのドレスを踏んでいる令嬢が一歩下がった。顔色を悪くしているところを見れば、自分が何をしたのかわかっているようだ。わかっているなら、これからどうなるかも覚悟の上だろう。
「どうやら我が侯爵家とは距離を置きたいらしい。これからの付き合いを考えた方がよさそうだ」
「そんな! これはちょっとした事故で」
「事故? それならなおさら社交界には出ない方がいい。うっかりと他人のドレスを破ってしまうような程度の振る舞いしかできないようだからな。今後、招待する時には気を配るようにと知り合いに話しておこう」
パトリスはぽかんとした顔をしていたがすぐに微笑みを浮かべた。俺は彼女の手を取ると、喚く令嬢を放置して用意されている控室の方へと向かう。
「忌々しい」
そう呟けば、パトリスはくすくすと笑う。
「ロイド様は怒らない人だと思っていました」
「何故だ?」
「今までどんなに罵詈雑言を浴びせられても反論されなかったと聞いているので」
「ああ」
自分自身のことはどうでもよかったからやり込めなかっただけだ。それでも侯爵家を貶めた人間にはそれ相応の対応はしている。目立たないだけだ。
「それにしても、折角のドレスが台無しになってしまったな」
「ごめんなさい。注意していたのですけど」
「今度また新しいドレスを贈ろう」
気にしなくてもいい、と言いながらも、俺は頭の中で四人の令嬢の名前を刻みつけた。もちろん、今後こんなことがない様に、社交界からはじき出すための算段だ。見せしめも大切だ。
パトリスに言えば、そんなことをしなくてもいいと言うだろうが、俺の気持ちが収まらない。
パトリスの話を聞きながら、最も効果的な方法を考えていた。