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職場にて


 ラザフォード侯爵家の役割は簡単だ。当主の持つ膨大な魔力を国防に当てることだ。父親も当然国のために魔力を提供していたし、一度も会ったことのない異母兄たちも10年前の戦争の時、国のためにその力を捧げた。


 特にこの国はさほど大きな国土を持っていないが、資源が豊富、さらに農産物が豊かなために隣接する国々から狙われている。大きな戦争はこの10年起こっていないが、小競り合いはしょっちゅうだ。


 効率を高めるために、特殊な魔道具によって作られた結界を維持することが侯爵家の存在意義だ。俺はいつものように王城にある自分の執務室へと向かった。部屋でやることと言えば、魔道具の改善だ。


「来たな」


 自室に入ったつもりが、いるはずのない人がいた。金髪碧眼、男でも見とれてしまうほどの美丈夫が自室のようにゆったりと寛いで座っていた。

 俺は扉を開けてしばらく固まっていたが、すぐに扉を閉めようと一歩下がる。


「間違いじゃないぞ。お前の部屋だ」


 くつくつと笑われて、わずかに眉を寄せた。この国の第三王子はにやにやと嫌な笑みを浮かべている。普段、夜会など女性がいるところでは爽やかな笑みを湛えているが、男相手には別だ。容赦なく揶揄いに来る。そして人使いも荒い。俺の仕事の8割がたはこの王子の無茶な提案によるものだ。


「…………殿下、何の用ですか?」

「お前が婚約したと聞いて、祝いに」

「……どこで聞いたんですか」


 露骨に顔をしかめれば、王子は声を上げて笑った。


「侯爵がようやく結婚しようと言うのだ。噂が回るのも早い。悔しがって泣いている女も多い」

「悔しがるような女なんていませんよ。俺は欠陥品の侯爵ですから」

「欠陥品などというな。お前は王族以上に力を持っているんだぞ」


 自嘲気味に笑えば、王子が不愉快そうに否定してきた。そうはいっても、事実、貴族社会では俺を見下す人間は多い。

 この話題は今に始まったことではなく、常に平行線だ。俺の価値を認めているのは義母と王族だけだ。王族が認めていても、髪の色と目の色で欠陥品と噂されているのだから、貴族社会というのは腐っている。


 王子が諦めたようにため息をついた。


「相手は電撃の魔女だったか。彼女がよくお前との婚約に頷いたものだ」


 電撃の魔女?


 聞きなれない言葉に眉間にしわが寄った。


「お前はバチっとやられていないのか? 見た目は極上だからな。沢山の求婚者がいたが、皆返り討ちに合っている」


 どこの誰の話だ?

 俺の女神はそんなことはしない。ふんわりとした笑みを思い出し、誰とも知らない令嬢の話に首を傾げる。


「あれ? 反応が薄い」

「反応が薄いと言われても……。俺の女神ではない話をされても」

「俺の女神?」

「あれほど美しく優しい女性はいません。俺に対して、裏表がなかった」


 顔合わせの時に、少し交わした会話を思い出して自然と口元が緩んだ。


 控えめな笑みに、さり気ない気配り。

 口下手で、気の利いた会話ができない俺を気にすることなく、話しやすい内容を選んでくれていた。その気遣いがとても嬉しかった。


 俺の爵位しか見ていない女はそんな態度はとらない。どんなに言葉巧みに褒めてきても、目が俺に対する嫌悪を表していた。 


「なんだか話がかみ合わないな。お前の婚約した令嬢は、パトリス・ドルーテンだろう?」

「ええ、そうです」

「だったら電撃の魔女だな。彼女に襲い掛かって、不能になった男どもがいるのは知らないのか?」

「女神を襲った男がいるんですか? 名前を教えてください。消滅させます」


 王子はしばらく俺を凝視したが、そのうち諦めたように視線を逸らした。


「魔女にがっちりやり返されているから、お前は何もするな」

「魔女と言わないでください。彼女は女神です」

「いや、男どもを震え上がらせているんだから魔女で合っている」


 平行線になる話題に、二人して黙りこんだ。王子は困ったように笑った。


「とりあえず、婚約おめでとう。では今から茶会に行くぞ」

「茶会? 何のために?」

「母上たちが興味津々だ。素直に諦めろ」


 母上たち、と聞いて口元が引きつった。王子の母上だ。単純に考えて、王妃に当たる。

 何故か俺は王族には可愛がられていた。茶会の目的にも気がついて、気が遠くなる。


「下手に逃げるなよ。素直に応じておいた方が後々楽だぞ」

「そうはいっても」

「お前が逃げたら電撃の魔女……いやパトリス嬢を呼び出すかもしれん」

「行きます」


 俺の女神に余計な負担はかけられない。庭園で待ち構えているだろう人々の顔を思い浮かべ、決意を固めた。



******


 無になれ。


 それが今まで最高の対応策だった。なのに、どうして。


「それで、パトリス嬢には何か贈り物でもしたのでしょうね?」

「…………」


 贈り物と言われて、目をうろつかせた。


 どうして贈り物の話につながったんだ。先ほどは俺の婚約の話でめでたいと祝福してくれていたはずなのに。


 女性の会話? 貴族的な会話? どちらでもいいが、取りこぼすことが多い。先ほどの話から今の話がどこで切り替わったのかがわからないのだ。これは何年たっても慣れることがない。なので、よほど会話を振られない限り、曖昧にして過ごしていた。


 ただ今日はそれでは逃げられない。俺一人に対して、王妃、王太子妃、第2王子妃とこの国で最高の地位にいる女性たちが相手だ。

 ちらりと横に座る王子に助けを求めるが、こちらは全く助けるそぶりを見せない。優雅な仕草でお茶を楽しんでいる。


「わかっていないようだから、説明しますね。ちゃんと聞いておきなさい」

「ありがとうございます」


 俺の状態に気がついたのか、第2王子妃がふうっとわざとらしくため息をつく。


「婚約が成立した後、男性は女性に心の籠った品を贈る習慣があるのです」

「……初めて聞きました」


 しばらく考えたが、義母はそんなこと言っていなかった。だから何もする必要ないと思っていたのだ。


 義母にも知らない仕来たりがあると言う事なのだろうか。

 あの父上のことだ。政略結婚だからと心の籠った贈り物をしていないが故に、義母が知らないと言う可能性もある。

 わが父ながら、クズだなと心の中で吐き捨てた。


「わたくしは大粒の宝石を使った首飾りを頂いたわね」


 王妃が懐かしそうな目をして呟けば、王太子妃はくすくすと笑った。


「わたくしは耳飾りでしたわ」

「あの素敵な耳飾りでしょう? 王太子様のセンスが光りますわね」


 第2王子妃が相槌を打った。


「母上。あまり遠回しに言ってもロイドにはわからないので、簡単にお願いします」


 頭の中を疑問符でいっぱいにしている俺のために王子はにこにこして女性陣の会話を中断した。


「そうね。ロイドにあまり難しいことを言ったらだめね」


 王妃が納得して頷く。納得してくれたのはいいが、何となく引っかかるのは気のせいか。俺だって人並みには対応できているはずだ。


「ロイド、婚約者に贈るものは宝石で身につけられるものを贈るのが一般的です。夜会などに一緒に出席する時に贈り物をするのもいいでしょう」


 なるほど。


 目から鱗だ。記念日などに贈り物をすると言うのは知っていたが、夜会に出席する時というのは知らなかった。


「ほら、女性はいつだって他の人にこんな素敵なものを贈ってもらったことを他人に自慢したいのよ」

「宝飾品の他にはドレスとか髪飾りとかもいいわね」

「ありがとうございます。参考になります」


 俺が選んだドレスや靴、それに宝飾品を身に纏った女神を思い浮かべ、頬が緩んだ。


 うん。

 すごく、いい。


 俺色に染めて……駄目か。茶色は似合わないから、俺の好みに着飾りたい。

 女神が喜ぶ姿に胸が高鳴った。





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