掃除
008
「はぁ......よくこの状態で過ごせていますね」
「言ってくれるなよ」
私は改めて見た彼の書斎の惨状に思わず溜息をついてしまった。所狭しに書類の束と本が平積みになっており、恐らく全く掃除していないのであろう部屋は少し埃っぽく、私は小さくクシャミをした。ちらりと見た彼は、少し罰が悪そうであった。
「書類や本を一度外に出しましょう。これでは掃除すらままなりません」
「魔導具とかは私の方でやっておこう」
私は近くの空き部屋に書類や本を運び出して、彼は大小様々な魔導具をどうやら自室に運んだようだ。
「おお、ここはこんなに広かったんだな」
「旦那様。あの金庫はどうするのですか?」
「あれはそのままでいい。どうせ持ち上がらないだろうから」
「そうは見えないのですが......」
そう言ってもう一度金庫に視線を向けた。オニキスのように真っ黒で傷一つもない金庫は、確かにずっしりと重たい存在感を放っているが、その大きさは私の身長の半分より小さかった。重たいと言っても彼が持てない程ではないと思い、首を傾げていたら後ろから声が聞こえてきた。
「それは魔導具なんだ。失敗作のやつでね、幾らでも入って思ったものを出してくれるやつなんだが、入れた分だけ重くなる。それのせいで1度、実験のとき床を抜いたことがあるのさ」
「まあ......据え置きで使う分には便利ですね。旦那様はご自分で魔導具をお作りになるので?」
「ああ、私の仕事の1つだな」
なんと、意外なことにも部分的ではあるが、彼がどうやって収入を得ているのかが判明してしまった。
優秀な魔導具師なら貴族と繋がりを持つ者や、そこらの商人よりも大金を稼げる者もいるだろうが、彼はそういう類いの者とは違って感じた。
だが、医療魔術を初めとしたそれら教養はどこで養ったのだろうか。魔道具についての知識も、医療魔術の知識も簡単に手に入るものではない。そうでなければもっと多くの人が豊かになるだろうに。
彼がどこでそれを習い、育ったのかを知れば今後大いに役に立つだろう。そのための資料は彼の書斎に沢山ある、少しずつ探っていけばいいと思っていたときに、彼はハッと思い出したかのような表情をした。
「そういえば、ロル。お前は魔術を使えるのか?」
「いいえ、全く」
実際は、本当であるが知らないわけではなかった。故郷にいた頃に魔術の本を読み漁って色々覚えていた。しかし、私達の一族は成人するまでは魔術を扱うことができない。しかし成人する前に捕まって魔術制限の魔術を掛けられたため、一度も使ったことがないだけなのだ。
「そうか。なら生活に使える幾つかの魔術書を渡しておこうか」
「へぇ......え、本当ですか?普通、どんな魔術でも奴隷には行使させないかと......まぁ戦闘用なら分かりますが」
奴隷にも様々な種類がいる。戦闘奴隷や剣闘奴隷ならしばしば攻撃魔術を覚えさせることもあるだろう。私はそうではなかったが。
「なに、初心者向けの優しいやつだ。強力なのは書いてない。......ああ、それと魔術制限も緩めておこう」
「......」
もう何も言うまい。彼には彼なりの考えがあるのだろう。それか自分の力に絶対的な自信でもあるのだろうか。あれこれと魔術書を吟味し始めた彼を放置して私ははたきを手にして、新たな本の山に向かった。
◇◇◇
日が暮れ始めもう少しで明かりがいるような時間だった。私達はやっとの事で彼の書斎の掃除を終わらせた。
「やっと終わりましたね......」
「いやあ、大分かかったな」
「朝から始めたのにもう随分と暗くなりましたからね」
前は踏む場所が見当たらないほど汚かったのが、今では本や書類は全て種類別に収められ、見違えるように綺麗になっていた。
「そういえば、魔導具はどうしたのですか?」
「よく使うのはそこら辺においてある。残りは金庫の中だ」
「......大丈夫なんですか?」
「......そういえば、手を出せ。ほらこれ」
「わっ」
私が素直に手を差し出すと、彼は私の手の上にいくつかの本を置いた。これはもしや――
「分からないところがあったらいつでも聞きに来るといい」
「......有難く頂戴します」
「それにしても大分汚れたな、1回服を着替えてこい。夕食は私が用意しておくから」
そういうと、彼は私を書斎から追い出した。相変わらず彼の考えていることはよく分からないが、良くしてもらっていることは分かる。間違えなく今までで1番の高待遇である。その点彼に感謝しており、彼のことはこの1ヶ月を通して、憎からず思っていた。
「まあ、それとこれとは別なのだけれどね」
私は自室に入ると乱れるのも気にせず、ベッドに沈みこんだ。そして、ポケットに忍び込ませていた紙を出した。
「しかしこれ、どこの言語なんだろう......こんな文字初めて見た」
その紙に書かれていたのは、彼と書類の束を仕分けしているときにこっそりと書類の文字を書き写したものだ。彼の持っている書類や本は大概が医学や魔術に関するもので、特にめぼしいものは見当たらなかった。
その中で私の目を引いたのは、この未知の文字で書かれた書類であった。他にも私の知らない文字で書かれた書類は存在していたが、いずれにしてもどこか見覚えのあるものや、知ってる文字に近いものであったに対して、この未知の文字はどの言語の文字と共通点がなく、異質に感じたのであった。
私が様々な考えを巡らせていると、突然ゴンゴンとノックする音がした。私は慌てて飛び起きると、扉の前に彼がいた。
「ロル。準備が出来たぞ......って、まだ着替えてないじゃないか。仕方ない、下で待ってるから早くしろ」
そういうと彼は階下に降りていった。私はほっと息をつくと、色々な考えを振り払って着替えると、いつもよりも早く階段を降りるのであった。
金庫のこと書いているとき、scp-216のことを思い出しました。特に他意はありませんが。