大義名分
007
私がここに来てから早一ヶ月が過ぎようとしていた。ここでの生活にも慣れ、猫を被るのも堂に入ってきた頃合いだった。私は彼の言動や行動にいつも注意を傾けて、彼の望む行動を取ってきたことにより、私に課せられる仕事が増えてきた。私が完全に彼の信頼を勝ち取る日もそう遠くはないであろう、そう感じていたが、その一方で、ある問題を抱えていた。
兎に角、情報が集まらないのだ。
与えられた仕事をしつつ、私が買われた理由や祖国の情報などをこっそり調べていたが、家の中で私の動ける範囲に時事に関するものは置いていない。
近所から情報を得ようにも、彼の家が都市部から少し離れているせいもあって、人家は少なくあまり獣人に対していい感情を持っていないのであろう、世間話すらできない。
かといって外出では、必ず彼がついてくるのでダメであった。万が一離れられても、私が奴隷で、亜人という全くのアウェーだというせいで相手にして貰えず、情報収集すらもままならない。早々に頭打ちになっており、私は頭を抱えていた。
「もう無理はきかないから、強硬手段はダメ。あと探せていないのは彼の書斎だけ......でも」
この一か月の間、幾度となく彼の書斎に侵入してすることを試みていたが、どんなときであっても必ず失敗していた。彼は書斎に近づく私を見つけては、なにかと理由をつけて遠ざけるのだ。
一度奇跡的に侵入したとき、チラッと見た彼の書斎は、所狭しに本や書類の束が平積みにされ、何故かそれらの隙間を縫うようにして用途不明の魔道具や、ガラス器具などが置かれており、大分ごちゃごちゃしている。元来綺麗好きな私たちからしたら、到底許容できるものではないほどの汚さであったが、その分情報にも期待できるというものだ。
「ん?使用人としての大義名分を使えば......」
「ロル?なんでこんなところでボォーっとしてどうしたんだ?もう仕事は終わったのか」
「!」
仕事しながら書斎について考えていたせいか、彼の書斎に足を向けてしまったようだ。書斎から顔を出した彼が怪訝そうな顔でこちらを見ていた。間の悪いところを見られたが、丁度いいこれを利用しよう。私は腰に手を当てて、肘を張って言った。
「旦那様!前々から思っておりましたが、何故その書斎はそんなに散らかっておいでなのですか!毎回私をここから遠ざけてまで掃除させたくない理由でもあるのでしょうか!」
「いや、それは......」
「ないのでしたら私を書斎に入れて掃除させて下さい!これは旦那様の健康のためでもあるのです!」
「ダメだ。入れるわけにはいかない」
「そんな......ッ!私が信用ならないのですか!私は奴隷の身ではありますが、あの環境から救って下さった旦那様には感謝しておるのです!私はッ!私はただ、旦那様のお役に......立ちたいだけなのです......うううっ」
「いや、そういうわけではないのだがな......」
私が顔を覆って泣く素振りをすると、彼は困惑している様子であった。この調子なら何とか泣き落とせそうだ。私が次になんと言えばいいか模索していると、彼が続けて話を始めた。
「ほら......お前は小さいし、子供だろう?分からないかもしれないが、ここに置いてあるのはみな大切なものばかりなんだ。あと、ここには本や書類だけでなく、危ないものや魔道具も置いてあるからな。折角傷が治ってきたというのにまた怪我してはいけない。だからダメだ」
「............私はとっくに成人しているのですが」
「私の故郷ではまだまだ子供の年齢なんだがな」
「......身長が低いのは、種族的なものですので。決して子供であるからという訳ではありません。私はむしろ高い方です」
「でも、危ないだろう?」
「私はこれでも兎の獣人です。力は同年代の人族よりも上ですし、危機察知能力は他の種族よりも優れています」
「......はぁ」
私が1歩も引かない姿勢を全面に押し出すと、彼は負けだと言わんばかりに両手を上げた。
「やれやれ、私もあれはどうにかしなくてはと思っていたところではあったが......仕方ないな、くれぐれも壊したりくれるなよ」
「分かっております」
「そうと決まれば、ロル。まずは用具を取ってくるんだ」
「承知致しました。では失礼致します」
私はそう言ってお辞儀をすると、掃除用具を取りに行くために彼の書斎の前から立ち去った。これで今後堂々と書斎に入る理由が手に入った!と思い、ほくそ笑んで我を忘れていたわけではなく、いつものように彼に注意を向けていたことで、彼が漏らした独り言を聞くことができた。
まぁ、どうせあれらは俺以外読めんだろうからいいか、と
私がその言葉の本意を理解するのは、もう少し先の話になる。
ちょっと今回は遅れましたが、次は2日後ぐらいに投稿します。