外出1
005
「それで?寝過ごしたというわけか」
「はい......面目ありません」
「うーん、体力面を考えたら昨日は働かせすぎたか。まぁ、いいだろう。さぁ、朝食にしようか」
そういうと彼は、私の頭を一つ撫でると私を抱えあげようとしたが、それを固辞してダイニングルームまで彼についていった。もう完全に配膳まで済ませた後だったようで、少し高いテーブルの上からは、美味しそうな匂いが漂ってきた。
少し居心地の悪い朝食を終え、彼に食後のお茶を出していると、彼が無言で対面の椅子に座るように指示をした。なんだろうと思うつつも従った。彼は私が座ったのを見届けると話し始めた。
「今日の仕事だが、覚えることはない」
「......?はい」
「今日は外出だ」
◇◇◇
私たちは初めて来たときのように、乗合馬車に乗って王都に向かった。ほんの二日前のことだが、何日も留守にしていたかのような感覚だ。それもそうかと思い直した。王都に連れてこられてからというもの、私は殆どの時間を室内で過ごしていたからだ。奴隷商店では檻の中、買われた先では部屋に繋ぎとめられることが多かった。王都になじみがなくて当然だ。
「さあ着いたぞ。ロル」
王国に敵対する者全てに畏怖を与えるような威圧感を放つ正面門は今は開かれているため、かなりの開放感があり、次々に来訪者を飲み込んでいく。私は見上げると首が痛くなるほど高い門を睨みながら、その門をくぐった。門の表と裏には屈強そうな兵士が立っており、私たちが通過するときに私に露骨に怪訝な顔を向けられた。それだけでなく、道行く人の好奇と侮蔑の視線が刺さる。反吐が出る気持ちを紛らわせるために彼に話しかけた。
「旦那様。今日は、何を買いに、来たのですか......?」
「ん?お前用の日用品と暫く分の食料だ。言ってなかったか?」
「いえ、ですが......私は、もう十分に、頂いて、おりますが」
「食料は後にするとして、先ずはお前のものを買いに行こう」
一応健気さを演じるためにも遠慮したけれども、彼は取り合う様子はなく、何故だか少し嬉しそうであった。
◇◇◇
「あー、悪いねお客さん。うちは亜人はお断りなんだ」
「そうか、悪いな邪魔した」
「いいえ、どうぞまた御贔屓に」
そういう店主は全く悪びれた様子はなかったが、彼もそれを理解しているみたいで、気を悪くすることはなかった。
「旦那様......そう何軒も、回らなくても」
「いいのだ。これで」
「?......あと荷物なら、お持ちします、のに」
「いや持てんだろう、この量は。それに問題ないと言っているだろう」
「......ですが」
「あー、次はあそこだ」
「......」
彼は先ほどから亜人お断りのお店であろうがなかろうが、色んなお店に入ることを繰り返していた。勿論あからさまに避けられるところもあったが、亜人お断りのお店であっても多少取り合ってくれるところもあったのは少し意外であった。そんなことを繰り返しているうちに私用の品は着実に集まっていた。
「......ん、そろそろいい時間だな。一度どこかで休憩しようか。ロル」
「分かり、ました」
「なら、あそこで」
「!!......流石に、あそこは」
そういう彼が指さしたのは、今までの一般庶民が良く使うようなお店ではなく、庶民の中でも富裕層の人間や下手したら下流貴族までもが利用していそうな店であった。この王国では上に行くほど人種差別が激しいので、亜人連れで入れるとは到底思えなかった。
「問題ない、さあ行こうか」
そんな私の内心を知らずに、彼はお店に乗り込んでいった。私がそこに留まっているわけにもいかないので、仕方なくついていくことを決心した。
「いらっしゃいませお客様......すみませんが亜人は」
「ああ、ちょっと......」
想定通り店員に呼び止められたが、彼が店員に耳打ちをすると、先程とは打って変わって店員は店の奥へと案内をした。彼は一体何者なんだ。私は真相を知るべく彼に小声で言った。
「あの......何をされたのですか」
「秘密」
彼は悪戯っぽい笑みを浮かべて言うと、店員に案内された奥の部屋に入っていった。私は身震いをした。彼のことはただの物好きな変人で外れだと思っていたが、ひょっとして当たりを引いたのかもしれない。
「ふふッ」
お兄様、もう私は後に引けません。なんとしてもこの好機をものにしなくては。そのためにも――。
私は気持ちを入れ替え部屋に入る一歩を踏み出した。