トラウマ
003
「よし!早速やってもらおうか。まずは――」
善は急げとばかりに、彼は立ち上がって私を連れ、家にある道具の使い方やその場所について、丁寧に説明を始めた。何故ここまで丁寧に教えるのか訝しんでいる私であったが、彼はそれを察したみたいで、こうした方がかえって手間が減るし、早く仕事を覚えてもらった方がいいとのことであった。他に住んでいるものがいないから、ということもあるのだろうけれど普通は主人自ら奴隷に説明などそんなことはしない。昨日から思っていたことだけど彼は少々、いや大分変わっているみたいだ。
そんなこともあって特に困るようなこともなく次々と仕事内容を把握していった私であったが、一つ事件が発生した。それは、お昼前のことであった。
「あー。そろそろ昼か。ご飯にしようか」
「は......い」
「流石に料理はまだ任せられないから、貯蔵庫から足らない分の食材を持ってきてもらうことにしようか」
そうして私は彼からの指示を受けて貯蔵庫に向かった。ギィーと音を立てて重い鉄扉を開け、薄暗くひんやりとした貯蔵庫に入っていった。少し前の環境に似ていて思わず顔をしかめた私は、早くここから立ち去りたい気持ちになったので、目的のものをかき集め駆け足で調理場に向かうと、魔術を使って火を起こしている彼の姿があった。
ドクン――
不意に彼が火を扱う姿がいつかの私の故郷を焼き尽くした炎を操る王国兵の姿に重なって、脳内であのろときの映像がフラッシュバックする。
怖い怖い怖い怖い怖い――――
「ひゅっ......ううっ、おえっ」
ガチガチと歯の根が合わないほどの恐怖が不意に襲ってきて蹲り嘔吐した私に気付き、彼は血相を変えて駆け寄ってきたのが分かった。持っていられなくなった籠からは食材が零れる。
「おい!どうした!」
「ひッ、いぃ!」
救いで差し伸ばされた手も錯乱した私には暴力を振るわれるのかと恐怖の対象にしかならず、私の脳内は破裂する程、恐怖で埋め尽くされていく。
「や!ぐぅ......ぇ、ごほっ!」
「しっかりしろ!」
恐怖に耐えきれなくなった私の頭は否応がなしにブラックアウトしていくのであった。
◇◇◇
目を覚ますと私の隣に腰かけている彼の姿があった。どうやら私のベッドまで運び込まれたらしい。
「起きたか。ロル。調子はどうだ」
「だぃ......じょぶ......です。もう......しわけ――」
「そうか、まあいい気にするな。まずこれを飲め、ロルが寝ている間に喉用の魔法薬を作ったんだ。寝ている間にも治療魔術をかけていたから、これを飲めばきっとほぼ治る」
ありがたかったがとてもじゃないけど飲む気にはなれなかったのでかぶりを振ると、彼は笑みを深めて言った。
「罰だ。飲め」
彼は引いてくれる気がなさそうだったので、意を決して飲んでみると凄まじく不味かった。そこらに生えている雑草の苦味の部分だけを抽出したような味だった。
「うぐ、うぅ......えぇえ」
思わずえずいていると、彼はククッと楽しそうに笑った。
「良薬は口に苦し、といったところだ」
「うぅ......」
彼から水を貰い、痛む喉を潤わせる。すっと爽やかなミントの香りが鼻から抜けた。彼にグラスを返しつつ、ずっと気になっていることを聞くことにした。朝食のあとに話していたことはきっと嘘で、何か別の理由があるような気がしてならなかった。そうでなければこんな好待遇はあり得ない。そっとシーツを握り込み、少し震える声で彼に問うた。
「なんで、なんでそこまで、してくれ......るんですか」
「......」
「普通、こんなこと......しません」
「......」
「何故......ですか?」
「あー。まぁ、色々都合が良かったんだ、君が」
先ほどまでの楽し気な雰囲気から徐々に初めて会った頃のような感情をうかがうことのできない何処か作り物めいた顔になっていくのが分かったが私は質問を途中で辞めることができなかった。彼は今までの奴らとは決定的に違う。
「普通、でしたら......こんなの......買わないとは......思うのですが」
「ああ、そうだな」
「それは、一体d」
「そのことは君が知るべきではない」
「!......申し訳......ございませんでした」
「いい......何か食べるものをもってこよう、待っていろ」
彼は明らかに作り笑いと分かる笑みを浮かべて、私の部屋から出ていった。その後、今朝と変わらない様子で戻ってきた彼に少し安堵したが、先ほどのことが頭から離れなかった。
今日のお昼はなんだか少し苦く感じた。




