ざれごと、たわごと、ほんとのこと
026
「取り乱してしまいました......申し訳ございません」
暫くして落ち着きを取り戻した私は、慌てて彼から離れて必死に頭を下げならがら謝った。勿論、謝罪の気持ちは十分にあったが、湯だったように赤い顔を彼に見せないようにするためであった。
彼は苦笑しながら私の頭を撫でた。しかしそれはいつもよりぎこちなかった。そこに包まれるような温かさはなく、まるで風に揺れる蝋燭の火のような不安定さがあった。だけど、それもまた彼の温かさに違いはなかった。私は思わず目を閉じて耳を寝かせた。
「ロル、謝ることなんてないんだ。寧ろよく耐えたな。怖かったろうに。そんな目をあって取り乱さないやつなんて、それこそ熟練の冒険者や騎士ぐらいのものだからさ」
と言って彼は私に優しく言い聞かせるように言った。私は咄嗟に否定しそうになったがそれを飲み込んで、「はい」とだけ返した。何故ならそれは私が不思議と恐れを感じていなかったからだ。
(盗賊が襲い掛かってきたとき私は何故......あっ、そういえば傷のことすっかり忘れてた)
彼が治療の途中で話し始めたので、私も釣られて話していたがまだ治療の途中であったことを思い出した。私は医療魔術にそこまで通じてなかったので、応急処置ぐらいにしかならない。彼の撫でる手がぎこちないのもまだ傷が痛むからかもしれない。穏やかな表情で私の頭を撫で続ける彼に少し戸惑いながらも声を掛けた。
「あの、旦那様。脚や腕の腫れの具合は如何でしょうか?」
「ん、そうだな。かなり痛みは抑えられているな。......ああ、もう使わんで大丈夫だ。根本的に治ってないからこれ以上は良くなりようがないから。まぁ、後で何とかするさ。......それより、さっきみたいにいつでも言葉を崩したっていいんだぞ? もっと楽にしていいんだから」
「な! そ、それは......」
私は顔が再び赤くなっていくのを感じた。さっきは咄嗟のことで素の口調が出てきてしまったが、本当はそんなつもりは一切なかった。しかし、落ち着いて考えてみるとこれから口調を崩して接するのも悪くは無いと思い始めた。
当初の頃は彼に忠実さをアピールするために、固い口調のまま精勤な使用人を演じていた。言葉を崩すことは魔導具で姿を偽って彼と外出する際に、周りに怪しまれないようにするときだけだ。ゆっくりと彼の信頼を勝ち取ってから復讐に移すつもりでいたが、あまり情報の入っていない今でも感じ取れる王都の亜人排除の不穏な状況を感じられる程だ。裏でどんなことが起きているのか想像がつかない。いち早く現状を把握するためにも、あまり悠長な手で甘んじているのもどうかとも思うのだ。
“×××。君は君の幸せを願っていいんだよ”
不意にお兄様の声が頭に響いた気がした。最近お兄様は夢に訪れたときこの言葉を残すようになったからだからろうか、私はその言葉にハッとした。私は思考の山に埋もれて私の気持ちを偽っているだけだと、お兄様に指摘されたような気がした。それを確かめるためにも私は彼の戯言に乗ってみることにした。
「そ、そうですね。確かに今まで少し余所余所しかったですよね。これからはもう少し楽にしたいと思います」
最後にユージン様。と、彼の名前をつけ足して言うと、最初彼は吃驚した様子だったが、すぐに目を細めると私の頭を再度撫で、まだ固いんじゃないか?と少しからかうように言った。私は咄嗟に謙虚な言葉が出るのを何とか押しとどめて、私の頭を撫でる彼の腕の一番腫れが酷かったところを押した。まだ痛みがあるようで彼は顔を歪ませた。
「そんなことを言うのならもう治療しませんよ?」
「これは手厳しいな」
私達はそんなことを言って笑い合った。それは久しぶりに心の底から出た楽しいという感情から出た笑いだった。これまで笑うような機会は多々あったが、それは作り笑いだったり、感情の伴わない笑いだったりした。楽しいことで笑えても、どこか半透明の薄膜越しのような、誰かに借りたような違和感のある感覚だった。
(あぁ、やっぱり私何処か無理してたのかな。こんな風に笑い合えただけなのに、こんなにも楽しいだなんて)
それから私達は他の乗客が起き出してくるまでずっと話していた。彼と話している私に復讐を誓い恨みを募らせる私はいなかった。
お久しぶりです。あまりクオリティに満足していませんが、全然投稿出来てなかったので取り敢えず上げることにしました。今週までにもう一本投稿出来てたらなって思ってます。




