戦いは犠牲と共に
025
(なんで彼がここにいるの!)
私が内心驚いていると、左前方からドサッと何かが落ちる音が聞こえた。そちらの方を見てみると、件の盗賊が倒れていたが、その様子はかなり悲惨だ。両腕はあらぬ方向に折れ曲がり、大分出血しているだろう、私と比べ物にならない程濃い血の匂いがその盗賊の方から漂ってくる。もう助からないどころか絶命しているかもしれない。
「てめェ! よくもやってくれたな!」
やっと他の盗賊たちが事態に気が付いたようで、彼に一番近かった奴らが剣を抜いて背後から襲いかかった。そのとき私は体の一部が失われたかのような絶望が襲い掛かってきた。彼に声を掛けようにも、私の喉からはかすれた息しか出すことしかできなかった。
しかし彼は盗賊が背中を狙って放った鋭い突きを、振り返って最小限の動きで避けると、そのままの勢いで右手の裏拳を入れた。メキョッという嫌な音を立てて私の真横を吹っ飛んでいった盗賊は、人形を勢いよく床に転がしたかのように地面を転がっていった。
早々に二人脱落して形勢不利とみたのか、他の盗賊達はお互い目配せをすると、何も言わずに即座に身を翻して、木々の隙間を縫うように散り散りになって逃げていった。
「旦那様ッ! お怪我は――」
「ロルッ! 大丈夫か!」
私が声を上げながらよろよろと立ち上がると、彼がものすごい勢いで近づくと私を支えた。勢いこそはあったが、その支える手は優しく、完全に私の体を労わるものだった。
「ッチ! 少し待ってろ、直ぐに手当てをしてやる」
彼はそう言うと、腰につけていたポーチから小振りな本を取り出し、複雑な図形や文字で埋め尽くされたページを開くと、王国で広く使われている魔導言語で何やら喋り出した。すると、魔術が行使されているときの淡い光が殴られた患部を覆った。患部を襲っていた突き刺さるような痛みは見る見るうちに和らいでいった。
「......も、もう大丈夫です」
「そうか。もう痛むところはないか?」
「はい、おかげ様で。問題ありません。ところで旦那様の方は痛まないのですか? あれだけの勢いで殴っていたのですから......」
「ああ、全然いッ――!」
右腕で力瘤を作るようにして大丈夫だとアピールしようとしたみたいだが、今頃痛みがこみ上げたみたいで、勢いよく仰向けに倒れて両足と右腕を天に掲げながら悶絶している。
「うがぁぁぁ......」
「ち、ちょっと待ってください! 今何とかしますから!」
私は彼の傍にしゃがんで足に手を当て、彼の前では使うことのなかった故郷で覚えた至極簡単な痛みを緩和させる魔術を行使した。必死に何度もかけていると徐々に効いてきたようで、順にもう片方の足と右腕にかけていった。
「ロルありがとう、本当に助かった。それにしてもお前、獣人族の魔術使えたんだな。知らなかったぞ」
「言わないでいたことは謝罪します。どんな処分も甘んじて受けるつもりはありますが、なんであのようなご無理をされたのですか! 私など放っておけば良かったのです!」
「そんなことできるわけがないだろうが! お前は大z......んんッ、兎に角! 俺にはそんなことはできないし、あの状況を打破するにはあれしかなかったんだよ」
顔を少し背けながらそう言い放つ彼に私は激怒した。
「なら! もっと違うやり方があったのではありませんか! 旦那様は医療魔術を扱える高等な魔術師なのですから、攻撃魔術の一つや二つ覚えてお出ででしょう!? 一体どういうわけなのかご説明下さい!」
私がそう捲し立てると、彼は少し悲しそうに目を伏せて渋々といった様子で説明し始めた。
「......詳しくは言えんが、ある制約があってな。一切の攻撃魔術を使えないんだ。だから俺が戦闘するときはさっきみたいになる。医療魔術の中に他者の体に魔力を通して体の様子を見るものがあるんだ。それを自分に適用して、体に魔力を通すことで故意的に体のリミッターを外すことができるんだよ」
私は彼の説明を聞いて絶句をした。思わず彼について新たなる情報が入ったのは喜ばしかったがそれどころではなかった。彼が戦闘しているときに聞こえた鈍い断裂音のようなものは、もしかして筋肉が衝撃に耐えられなくて千切れたときに鳴ったものではないか。直接殴った訳でもないのに怪我した足は、最初の急激な加速に体が耐えられなかったのだろう。長期戦をできるような戦い方ではない。あまりにも非効率なやり方だ。
しかし、私には戦い方だとか、効率だとかそんなことはどうでも良かった。
「だからといって! だからといって......こんな怪我を負う必要はないでしょう! 盗賊が引いたから良かったものの、増援を呼ばれたらどうするのです! ......うッ、うううううッ」
身を削ってまで私の為にしてくれた彼に申し訳なくて
そしてまた守られるだけの自分に腹が立って
あの日からちっとも成長していない自分が情けなくて、悔して
涙が溢れて止まらなかった。
「うッ......うううぇっ、貴方がやられるかと......こっ、殺されるかと......もう誰も、誰一人も失いたくはないんです。もうあんなことは、しないで下さい......」
彼は自分のお腹に蹲ったまま縋り付いて泣く私の頭をいつものようにするっと撫でた。
「分かった。俺が悪かったから、泣かないでくれロル、な?」
「......約束」
「分かった分かった。約束する。もうあんなことはしないから」
彼はそう言いながら私を優しく抱きしめた。私は泣きながら縋り付くことしかできなかった。
おちたな(確信)
短いですが、初めての戦闘シーンです。如何でしょうか。私の世界観ではチートは厳しく規制されるのでこのようになりました。




