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馬車に揺られて

019


 あの後、ずっと部屋でぼおっとベッドに腰かけていたが、メイドがやってきて彼がもう帰宅するとのことを告げた。それならば先に待ってようと表に向かった。門を出るといつも乗っているような乗合馬車よりも数段立派な馬車が鎮座していた。


「あの......これ」

「旦那様が昨日貸すっていってたみたいよ?もう荷物も積んであるそうよ」

「そ、それは......なんというか」


 唖然としてる私の隣で、メイドの彼女はサラッと言っていた。その言葉を聞いて二ノ口が継げられなかった。


(彼の昨日の言動といい、私の待遇といい、極めつけにこの館の貴族の対応といい、彼ら二人の関係は普通の”貴族と魔導具師”の関係って感じじゃ全然ない......やっぱり”友達”みたいな関係なんでしょうね。でも何故......)


 私が頬に手を当て考えを巡らせていると、不意に肩を叩かれた。


「ほら、ロルちゃん。来たみたいよ」


 そう言われ門の方に視線を向けると、彼と館の主らしき美丈夫がなにやら会話しながら門から出てくるところだった。館の主の姿を見たときなんだか見覚えのある気がした。


(ん?あれ......ああ、何時ぞやに家に押しかけて来たあの不作法者か......。それなりの家格はあるようね)


 この国の貴族について良く知らないが、この屋敷の規模から考えても中流の貴族はくだらないだろう。そうこう思っている間に彼らの話は終わったようだ。彼が馬車に乗り込んでいくのが分かった。私もそれに追従して馬車に乗り込んだ。外見だけでなく中もしっかりとしていて、最近購入したのかまだまだ真新しい。

 私が物色していると、彼は馬車から顔だけ外に出した。


「おう......フィンいいのか?こんなにいい荷馬車まで貸してもらって」

「ああ!些末なことだ、気にするな。次の依頼も遠からずやってくるだろうからな。そのときに早めにこなしてくれればいい」

「......これは選択ミスったかな」

「そういうなって。またいつでもこい、歓迎する」

「ああ、それじゃまた」


 そう彼が言い、御者に出発を促すと馬車はゆっくりと動き始めた。


◇◇◇


 馬車はガタガタと揺れながら王都の街路を進んでいた。私はいつも見ている風景と一味違う王都の街並みを楽しんでいた。道がしっかりと舗装されていることやこの馬車が上等なこともあって、いつもなら辟易するような振動も今日は眠気を誘うような心地の良いものである。

 ふと彼の方を見た。今朝起こしたときも分かってはいたが、昨日夜遅くまで起きていたのだろう。体調も悪そうだし、目元には薄っすらと隈が浮かんでいる。しかし余程私の前で眠りたくないのか、半開きの瞼から見える目はまだ死んでいない。だが、外に目を向けるだけの気力がないのか床をジッと見つめている。

 それだけ寝たくないのであれば、彼の気を紛らわしてあげようと話しかけた。


「旦那様。大分お疲れのようですね。昨日遅くまでお酒を召していらっしゃったのですか?」

「ん......ああ、そうだな。あいつに付き合って、な。そういえば、あの酒に何か入ってたのか?何だか普段よりなんだか体調が......」


 そう言いながら、膝に肘をついて片手で眉間を揉んでいる。


「いつもよりお召しになっただけなのではないですか?ご友人とご一緒に召し上がっていたのなら、そういったこともあるでしょう」

「そう......か?」


 次に彼は背凭れにだらりと凭れ掛かり、外を眺めながら顎を擦っている。暫く無言で外を見続けていた。何か考え事でもしてるのだろう。彼は何か考えているときや思い出そうとするときに、壁や窓の外などを見つめる癖がある、などと思っていると彼は急に此方に顔を向けた。


「ロルはよく休めたか?」

「えっ......ええ、はい」

「よかった。それならいいんだ」


 昨日から寝不足なのに更に夜更かしを重ねた彼の手前、自分だけしっかりと休息をとったのを白状するのはあまり気が進まず少し言い淀んでしまったが、彼はそんなことを気にしている様子もなく、その声音には私に対して妬むような様子は一切ない。その線は薄いとは思うだろうが一応聞いてみることにした。


「お疲れのようですから今寝ては如何でしょうか?家に着いたら起こしますので」

「いや......馬車で寝るのは......ほら、体が痛くなるんだよ」


 やはり人前で寝るのは抵抗があるのか、頑なに寝ようとはしない。横になったら今にもぐっすり眠りそうな顔をしているので全く説得力がない。たまに家の硬いソファでうつらうつらとしてる人がだ。


(そこまでして見られたくないのか......それなら私が寝る素振りを見せたら......)


「そう言うことなら......私が寝てもいいですか?あの......先程は休めたと言いましたが、やはり慣れないベッドだったので......」


 私は少し控えめに言ってみた。実際眠いのは嘘ではない。馬車に乗った最初こそは外などを見て楽しんでいたので眠くはなかったが、馬車の振動が眠気を促すようなリズムなので、段々寝たいと思う衝動が湧いてきた。


「ああ、いいぞ。ただそっちだと荷物が邪魔で寝にくいだろう。こっちにこい」

「!」


 心臓が跳ね上がった。

 私は思わず自分の耳を疑ったほどだ。昨日からの彼は何だかいつもと違う。部屋にずっと籠っていて、私を放置していたことでも気にしているのか?それとも――、そんなことをいくつも考えるばかりで動かず、まごまごしている私に痺れを切らしてか、彼は私をひょいと抱え上げて自分の席の隣に座らせた。そんな急な行動に固まっている私に彼は


「......どうした。眠いんじゃなかったのか」

「う......は、はい。それでは、失礼致します」


 そっと頭を寄せた彼の腕は思ったより筋肉があって、なにより温かだった。暫くは緊張感と身悶えしたくなるような様々な感情から私の頭は冴えわたっていた。しかし次第に眠くなっていき当初の考えもすっかり忘れて眠った。私の意識は爽やかな風の中にとけていくようであった。


◇◇◇


 時刻は昼前。この頃から段々と暖かくなってく頃合いだ。今日俺は旦那様のお客人を御宅まで馬車の御者をするよう言われていた。なにやらお客人は旦那様の友人様のようで粗相がないようにと言われていたが、とても感じのいいお人で心底安心した。王都を出るぐらいまではなにやら会話をしていたようだが、その後は口数も減りもうすぐ着くころには、全く喋らなくなっていた。少し気がかりだったが、もうお客人の御宅についてしまったのでそれを告げようと、馬を止め布でできたカーテンを恐る恐る捲った。


(険悪な雰囲気になってたら嫌だな......っと?)


 出発するときは対面に座っていた二人が、今は隣に座ってお互いに凭れ掛かり合いながら静かに寝息を立てていた。寝てしまっていたのなら静かなのも頷ける、安堵した俺は近くの男の方の肩を軽く叩いた。


「お客様。到着致しましたよ」

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